「小休憩」

生徒会波乱物語:神野和樹、西山紅葉、神里奈々
(「しりとり」の続き)




まー、いくら景気づけたって疲れるものは疲れる。
あれから何回も渋滞に捕まり、俺達はその度に山手線ゲームやら嘘ホントクイズ(「〇〇は〇〇である。嘘かホントか?」って奴。言うまでもなく神里さん圧勝)やらやっていたが、やがて疲労した有希が脱落。寝息を立て始めた。
ほどなくして、つられるように桜が夢の世界へ。
この辺で運転手の神里さんが限界を悟り、岡山県の吉備サービスエリアへと立ち寄ることになった。
まだ中国地方すら突っ切ってないこの状況。目的地は九州地方。今更ながら、なんで俺達は交通手段に車を選択したのだろうと後悔した。

それはともかく――
吉備サービスエリア。やたらと地元ゆかりのお土産やレストランメニューが並んでいる。
目的は休憩。そろそろ青空に朱色が混じり始めているが、空腹とまではいかない。軽くサンドイッチとコーヒー、それから眠っている2人用にジュースを買い、車へと戻った。

「もう休憩終わり?」

後部席のドア付近で、紅葉が脚を伸ばしていた。
助手席へと購入した物を投げ入れながら、睡眠を妨げないくらいの音量で答える。

「いや、そういう訳じゃねえけど」
「ふうん。神里さんは?」
「もうちょっとぶらっとしてるんだとさ」

一緒にのんびりしましょう、という誘いを断った理由は、大したものじゃない。外の空気を吸いたいから、というだけのこと。
……可哀想なことをしてしまっただろうか。
人一倍拗ねる彼女は、きっと不機嫌になって帰ってくるだろう。
といっても、今から店内に戻ろうという気にはならなかった。後で謝っておこう、うん。

「そういうお前は、飯とかいいのか? 結構色々売ってたぞ」
「いーよ。あん中、中途半端に暖かいじゃん。なんというか、もわっとするのってあんま好きじゃないのよね」
「そうでもないぜ。人もあんまいなかったし」
「連休なのに? ……ま、あたしはやめとく」

んー、と両手を組んで伸びをする紅葉。

「……ジロジロ見ないでよ」
「そういうのは見られるような体になってから言え」

乱闘開始。ただし車内に響かない程度に。

「ったく! あんたはそればっかりしかないのか!」
「なんつーかな、とりあえずそれ言っときゃいいんじゃね? みたいなのはある」
「今すぐやめてっ」
「2年の歴史って重いよなー」

それでも人の悪口を言っていい理由にはならない。軽口、ということできっと紅葉は許してくれるだろうけど。

「もー……」

どたばたやり始めてからおよそ1分。どこか諦めたように紅葉は息を吐いた。
空を仰ぎ額の汗を拭う彼女に、かける言葉が不意に途切れる。
歴史は重い、と言っておきながら、突然分からなくなった。俺と紅葉って、いっつもどんな会話をしていたっけ。
ふっ、と。
手元に留めておいたものが、零れ落ちる感覚。

「……っ」

それがひどく不愉快で、俺は思わず首を振った。不思議そうに向けられる双眸へと、なんでもねえよ、と嘘笑いを浮かべておく。
ふうん、と紅葉はしばし訝しげな表情を隠さなかったが、やがて顔を伏せてぽつりと言った。

「……、ねえ」
「ん?」
「逃げちゃわない?」
「……何言ってんだお前は」

突拍子のない発言はいつものことだ。でも、なんか違う。

「なんかさ……。ふっと思った。あたしとあんたでこっから逃げ出したら、どういうことになるかなって」
「そりゃお前……、……神里さんに捕まって終わりだろ」
「あたしだよ? もうそろそろあの人にも勝てるかもしれないよ。それにあんたもいる。いくら神里さんでも、2対1じゃキツイでしょ」

それは……どうなのだろうか。少なくともあの人は、例え俺や紅葉くらいの奴を10人並べても、一瞬でなぎ払いそうな気がするが。
紅葉はこんこんと車を軽く叩き、疲れた笑みを浮かべる。

「そっか……逃げちゃったら、有希や姉も敵に回るのか。3対2。うわ、……楽しそう」

楽しそう、なんて言うのが紅葉らしかった。
そして近づく、1つの影。夕暮れに浮かび上がるような、強烈な気配。

「ね? そういうのってどう――」
「……また少し目を離している間に、紅葉ちゃんははた迷惑なことを言ってるんですねぇ」

間延びしているのに剣呑な声だった。うわっ! と飛びのく紅葉に絡まれ、俺は尻もちをついてしまった。
相変わらず妙に重い体にのしかかられる様子を、想像以上に機嫌を損ねている神里さんが、冷たい目で見下ろす。

「ホント、何が『逃げちゃわない』ですか。……私を本気で敵に回したいんですか?」

これにはさすがに、紅葉も紅葉らしくはいられなかったようだ。慌てて立ち上がり、手と首を凄い勢いで横に振っている。

「ち、違う違うって! ちょっとした冗談! 言葉の綾っていうか言葉の刺っていうか」
「後者は聞いたことないですけど? ふうん……冗談、って言う割には随分、本気に見えましたけど?」
「それはあれよ、夕日のせいよ!」

照れ隠し以外でそんなセリフを聞くとは思わなかった。
逃げこむように後部座席へと入り込む紅葉を、悪いことをしたのに謝らない子どもを見送るようにため息をつき、神里さんはゆっくりと視線をこちらへ移す。
じわじわと降りてきた、夜の帳。瞳が鈍く、光っているように見えた。

「……、」
「逃げたりしませんよ、俺は」
「ええ」

それ以上の言葉はなかった。ゆっくりと運転席のドアを開ける神里さん。程無くして、車のエンジンがかかる。

「行きますよ?」

こうして――
小さな争いの火種は空気に傷痕を残して、なおも俺たちは西へと向かう。



執筆年月:2012/05/01

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