「天秤」 生徒会波乱物語:神野和樹、西山桜 (「小休憩」の続き) 長い長い高速道路も終わり、一般道に降りた時にはもう日が暮れていた。 ……いやもう、本当になんで俺ら、車を使おうとか思ったんだろう。 都合何キロ、だろうか。ああもう考えるだけでアホらしくなる。 「つっても、これはこれで楽しいんだろーけどなぁ……」 1年生の夏休み、みんなで旅行した時のことを思い出す。 あの時は新幹線だったが、あの時とはまた違った楽しさがあった。 ……はっきりと“どこが”なのか口にできなかったので、曖昧な言い方で留めてしまったけども。 夜の帳が降りつつある空を眺め、ほとんど残っていない缶コーヒーを軽く揺らした。 ここはコンビニエンスストア。一般道に降りるが否や、今日何度目になるか分からない休憩を取ったのだ。 さすがの神里さんも、長時間に渡る運転ですっかりへばってしまっているみたいで、店内に入ることもなく車内で休んでいる。 そう考えると、車が止まると同時に車外へと駆けていった有希と紅葉の、あの体力は何なんだろうと思う。 いや、有希は確か途中から寝ていたから、寝起きということもあってだろうけど。 体力バカは……。 うん、考えるだけ無駄か。 「で……」 その双子の姉は、どういう訳でとぼとぼとこちらへ歩いてきているんだろうか。 「どうしたんだ桜。なんかタイムセールの最後の一品を目の前で奪われたような顔になってんぞ」 「……たとえ、すっごく具体的」 「実体験だぜ。タイムセールの鬼と呼んでくれ」 「たいむせーるの……おとうさん?」 「オイコラ」 さらっとその単語を口にするとか、強くなったのか鈍くなったのか。 まあともかく桜は手に荷物も持たず、俺の隣までぽてぽてと歩いてきて、ぐてっ、と車に背を預けた。 奇しくも、数時間前の紅葉と同じ構図。 とはいっても、雰囲気は全然違うのだが。 「ねえ、和樹さん」 桜が顔を上げる。やはり長旅のせいか、さっきまで有希と寄りかかりあいながら寝ていたとはいえ、どこかやつれた表情だった。 「あのね。私って……太ってる?」 口にしたのは、メチャクチャ答えにくい質問だった。 「……神里さんにでも聞いてこい」 「奈々さん、疲れてるみたいだから、休ませてあげたい」 「それもそうか……。なぁ桜。もし俺が馬鹿正直に頷いたらお前どうすんの?」 「んっと、紅葉に言う」 「選択肢ねえじゃねえか!」 殺されるわ! 怒鳴った俺に一瞬だけ竦んだ桜は、えへへ、と取って付けたような笑みを浮かべた。 「じょうだん。私、そんなにいじわるじゃないよ」 「……、いーやお前ならやりかねん。むしろ俺がどう答えようと紅葉に告げ口しそうだ」 「ええっ」 「それで俺と紅葉の乱闘が始まるんだ。さて桜、お前ならどっちに賭ける?」 「ふぇぇ……」 思いついた精一杯の意地悪に、辺りをきょろきょろし始める気弱娘。ちょっぴり涙目なのが可愛い。 「えっと、和樹さんかな……」 ……ちゃんと答えてくれるあたり、律儀だなぁと思う。 そんでもって少しばかり嬉しい。 「サンキュ。……でよ。なんでお前、そんなこといきなり聞いてきたんだ」 「そんなこと、って?」 「太ったかどうかってこと」 「あ、うん。……えっとね、さっき、とっても美味しそうなプリンを見つけて……」 ぽそぽそと話す内容をまとめると。 なんか美味しいプリンを見つけた。 手が伸びた。 籠に入れようとした時、紅葉がその光景を見てふと言った。 「姉ってさー、最近ちょっとお腹出てきてない?」と。 「……あいつは1度、浴槽にでも沈める必要があると思うんだよなぁ」 「え、ええっ」 「いや真に受けなくていいって。俺は別に……」 視線を少し、下へ。まだ春先だというのに桜はやけに厚着で、その下がどうなっているのか分からない。 「……じ、じろじろ見られると、恥ずかしいよ」 彼女が顔を真っ赤にしているのが視界の端に映り、俺は慌てて顔を上げる。 「っと、悪い。いやまあ、俺は別に気にならねえけどなぁ。てか体重だけならあのアホの方が重いと思うぞ」 「そう、かな……。でも、ちょっと気になっちゃたから、その……あうぅ」 「はあ。まあ、食べ過ぎるよりはいいとは思うけどよ……」 正直、何キロ太ったとか何キロ痩せたとか、それで喜ぶ気持ちを俺は未だに理解していない。 それでもこの会話は、過去幾度となく――いやまあ覚えている範囲で1回2回くらいだけど――有希あたりとやったような気がする。 要は、気になるのだ。女の子は、そういうところが。 ここで無碍に扱うと再び焼殺コースへ突入する。下手すると有希あたりがプッツンする。 そうでなくても桜は真剣なのだから、テキトーに返すのはちょっとばかり失礼じゃないだろうか。 「あれだ。気になるなら、その分、体を動かせばいいんじゃねえか? それで相殺だろ」 「でも、車の中じゃ難しいよ」 「誰が車内でやれって言ったよ……。そうじゃなくてさ。例えば帰ってからとか、なんならホテルに着いてからでもいいや。風呂に入る前にストレッチをするとか、それだけでも結構変わるんじゃねえの?」 「……かも」 もっとも、お風呂前に汗をだくだく流すようなのは、うちに1人だけでいいけど。 「そういうやり方もあるんだからさ。落ち込むくらいなら、気にせずプリンでも何でも買ってこい」 頭をわしっと撫でる。くすぐったそうに目を細め身をよじり、桜はくすっと笑った。 「うん……。買ってくるね」 「おう。あ、そうだアレだったら2人分頼む。金は後で渡すから」 「え? 和樹さんも、食べたいの?」 「……俺は甘い物パス。っていうかなんか頼まなくても有希あたりが買ってきそうだから余計に」 「あぅ」 「そうじゃなくて、運転席で休息してる人の分だよ。な?」 横目でちらりと。車内の様子が微かに伺えただけで、運転席までは見えなかったけど。 こくり、と小さく頷いた桜は、ほんのちょっとだけ頬を膨らませた。 「和樹さんは、奈々さんに特別に優しい気がする……」 「え?」 「あと、有希ちゃんにも……」 「……気のせいだろ」 「私には、いじわるするのに」 「……なんかスマン」 そこまで態度の差を見せた覚えはないんだけどなぁ。約1名を除いて。 小走りに店へと戻る桜の後ろ姿を眺めつつ、コーヒーを軽く煽る。 態度に差がある、か。 方向性、と言えば綺麗に聞こえるかもしれないけど、ちょっとだけ気になることではあった。 |
執筆年月:2012/07/04
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