「温」

悠々荘の閑話:藤堂真一と月神楽瑞華





「あちぃ……」

天気予報によると、今日の最高気温は36度。
もう色々と終わっている。

「あちぃ……」

同じ事を再度言ったところで、涼しくなりはしない。下手すると、体感気温がさらに上がったような気さえする。

夏休みで学校が休みだからまだいいものの、部屋にいてもやることもない。
だから俺は、とりあえず今部活に行ってるハリケーン女こと杏奈が帰って来るまで、昼寝でもしようと思ったのだが……暑くて眠れない。

「さすがにここまで来ると、もはや殺人級だな……」

呟きながら、テレビの電源を入れる。
ちょうどローカルニュースをやっていた。内容は、観測史上最高気温を叩きだした場所の特集。

反射的にテレビを切った。ごろりと転がる。外からは寿命1週間の風物詩が喧しく存在を主張している。そんなことしなくても誰も気にしないから少し黙れ。

「……暑い」

ちなみにクーラーならこの前、死亡した。予め備えられていたものを使っていたのだが、そのために寿命はそう長くはなかったらしい。
新しいものなら昨日に注文したが、届くまで数日かかるらしい。
働け電気屋。

「……」

天井を見上げ、額に汗を拭い……ふと、暑さで蕩けた脳が、ある名案を作り出した。

クーラーがないなら、クーラーがある場所に行けばいい。





「……それで、ここに来たんですか」
「そういう事だ。まずかったか? まずいと言っても出ていく気はないが」
「なんですかその一択は」「あの部屋にいたら溶ける。それを回避するためには、多少強引になっても罰は当たらないたろう」

訪れたのは月神楽の部屋。薄着の主は少し眉をひそめたものの、出ていけとは言わない。正直、助かる。

「しかし、それなら図書館にでも行ったらどうですか? ちょうど暇も潰せるでしょう」
「暇を潰せるならいい、という問題でもない」

確かにそれは俺も考えた。だが、それではいけない理由がある。いや、理由と呼べるものでもないかもしれない。そうでなければ、という訳でもないのだから。

「図書館はつまらん」
「……真一先輩がつまらないと思わない場所、ってありますか?」
「お前は俺をどんな目で見ているんだ」
「怠け者の先輩」
「なら俺から見たお前は、年功序列という概念を知らないガキだな」
「あんな組織を腐らせるシステム、私は嫌いです」
「……まあ、俺もあまり好きではないな」

互いに毒を吐く俺達。
そう、これだ。
図書館にはない会話。ここに来ないと味わうことができない、心地よい毒沼。

「ともかく、俺は来たくてここに来ているだけだ。気にするな」
「……じゃあ、素直にそう受け取ることにします」

月神楽は立ち上がる。ほどなくして、茶を出してくれた。

「……落ち着く」
「なぜここでそうなるんですか」
「だから俺はここに来ている。案外、こういった事が好きなのかもな」
「……」

冷たい茶を啜りながら、息を吐く。
まあ……安らぎ、だな。
俺が本当にほしかった物。涼ではなく、暑くない程度の温かさ。




執筆年月:2010/08/04

←33話「小休憩」へ 35話「ひざ」へ→

 
inserted by FC2 system