「ひざ」

悠々荘の閑話・5人(主に月神楽瑞華)




悠々荘の面々は、時々ファミレスに集まる。
発案は常に杏奈だ。

「私は定食A。真一は?」
「牛丼」
「あ、じゃあうちもそれで〜」

白石さんがにへらと笑う。ここ最近、白石さんはこうやって俺と同じ物を頼む事が多い。

「わたしはスパゲティにするね。瑞華ちゃんは?」
「ポテトサラダにします」
「それだけじゃお腹減らない?」
「杏奈先輩ほど食べませんから」

全員のメニューが決まり、杏奈がまとめて注文する。
程なくして料理が運ばれ、俺達はそれを口へと運ぶ。
最初に食べ終わったのは、俺の隣に座る瑞華だった。

「……真一先輩、食べるの遅いです」
「5分で食うお前が早すぎるんだよ」

文句を言われる筋合いもないだろう。

「遅いです」
「……」
「あ、えっと、瑞華ちゃん、食べる速さは人それぞれじゃないかなぁ」

彩音が慌ててフォローする。が、月神楽は唇をキツツキのように尖らせているばかりだった。

「瑞華ちゃん、どうしたの〜? 不機嫌だね〜?」
「……」

月神楽の正面の白石さんがなだめるように言うが、やはり反応はない。

「真一がなんかしたの?」
「別に何もしてませんが」

杏奈までも気を使うが、やはり首をふるふると振るばかり。
もっとも、俺にも記憶がないので肯定されても困るのだが。

全員が首をかしげる中、月神楽はしばしぼーっと空皿を覗き込み、ぼそりと呟いた。

「……血のつながっていない姉妹というのは、どういうものなのでしょう」
「瑞華ちゃん?」
「彩音ちゃん」

やがて何かを疑問に思っている占い師見習いは、顔を上げる。

「彩音ちゃんは、真一先輩と杏奈先輩の妹なんですよね」
「うん……わたしはそう思ってるけど、それがどうしたの?」
「妹というのは、どういうものを指すのでしょう」

え? と彩音が首をかしげる。
どゆこと? と杏奈も疑問の声を漏らす。

「血のつながっている兄妹なら、家族である、と定義できます。けど、血のつながっていない兄妹というのは、どういう物を指すのでしょう」
「えっと……わたしはよく考えたことがないな」
「同じく。ってか妹って言ったら妹なんじゃない?」

そうですね、と月神楽は素直に杏奈の言葉を認める。
が、まだ話は終わっていなかった。

「でも、何かありませんか? 家族みたいなエピソードとか」
「うーん……杏奈お姉ちゃん、何かある?」
「いや私もねぇ。彩音が妹で真一がこ――」
「黙れ馬鹿」
「……まだ言ってないじゃん。まあ、私と真一は別として、別に深く考えなくていいんじゃない?」

ですが、と月神楽はまだ食い下がる。

「なにか納得できません」
「じゃあ、瑞華ちゃんはどういうのが家族だと思う〜?」
「そうですね……」

白石さんの問いに、杏奈が何か口を開こうとするが、それは白石さん自身が目で制した。
今は月神楽に聞いているのだ、と。
しばしの沈黙を挟み、月神楽はこんどは反対側に首を傾けた。

「……わからないです」
「難しいね〜。じゃあ、瑞華ちゃんが家族だって思うことをやってみたら〜?」
「家族と思うことですか……」
「家族のコミュニケーションかな〜。どんなのがある?」
「……真一先輩」
「勝手にしろ」
「ひざ」

月神楽は即答した。……ひざ? 膝?

「貸してください」
「……んん? 瑞華ちゃん、なんか私に喧嘩売ってたりしたりしなかったり?」
「そうですか?」
「ま、まあいいや。えっと、なんだっけ。ああそうそう、膝? 瑞華ちゃん、なんで膝?」
「なんとなく思いついたからです」

小さな望みみたいなものです、という声は、おそらく対面には聞こえていない。
あの日、占い師として認めてもらうために日々奔走していた頃と同じ席順で、彼女の隣にいる俺だけが聞き取ることができた。

「……そうか」
「いいですか?」
「勝手にしろ」

まだ俺は食い終わっていないが、別にかまわないと思った。
とん、と月神楽が身体を崩す。
ぽすっ、と間抜けな音を少しだけたて、月神楽の白い顔が眼下に――

「……なんか微妙な光景よね……お、おし、ご飯ご飯」
「お、杏奈ちゃん、妬いてる〜?」
「そ、そんなんじゃないって!」
「うん、真一お兄ちゃんと瑞華ちゃん、兄妹だね〜」
「……そ、そうよね、兄妹よね兄妹」



執筆年月:2010/09/03

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