「プールV(3)」

生徒会恋乱物語:神野椿、長森凛、桜坂桃子、柏崎澪音




「次はいつプールに行く?」

その一言で、生徒会室は凍りついた。

さらっと言った凛は――むしろ固まった面々に対して「どうしてそんな反応を見せるの?」と言いたげに小首を傾げた。
理解していないのは彼女だけなのだ。正面の椿は口の端を、まるで自身の黒歴史が晒されたかのように引き攣らせ、残り二名――すなわち生徒会業務をこなしていた傍観者、桃子と澪音は揃って目を丸くした。
いきなり訪問してきたと思ったら、対応した椿への開口一番。
場所とか、時間とか、状況とか。
水と氷が入り混じったような目を凝視しても、そういったことを一切配慮しているようには見えなかった。

「ど――」

ガタッ! と椅子が大きな音を立てる。
桃色の髪を振り乱しながら立ち上がった桃子は、素っ頓狂な声を上げた。

「泥棒猫は帰れですっ!!」
「ええっ!?」

思わず椿は振り返った。昼ドラでしか聞きそうにない単語が、どうしてこの場で出てくるのか。
続けて澪音が床を蹴りながら立ち上がり、凛と椿の間に割って入る。

「よしオッケーあれだな夏でやられたんだな暑いしな。一回冷静になってみようぜ落ち着いて深呼吸だ」
「……一番落ち着かないといけないのは、柏崎先輩と桜坂さんだと思うんですけど」
「私もそう思う」
「なあ凛……だっけか。オメー、夢と現実をごっちゃにしてねえか? 思い出してみようぜしっかりと」

椿と凛の緩やかなツッコミを完全に無視し、澪音は凛を睨む。
気の弱い者が見れば竦み上がる威圧にも眉すら動かすことなく、凛は椿をちらりと見て、首を軽く振った。

「現実。私ともやしは三日前、一緒にプールに行った」
「なんだと……っ!?」

仰け反る澪音。
……正しくは「たまたま椿がプールに行ったら凛がいた」というだけの話であり、曲解表現もいいところだ。心なしか、やりきったと言わんばかりに胸を張っているように見える凛に、冷や汗が浮き上がってしまう。
違う、と言おうとして。

「敵はこんなところにいやがったんですね!」

桃子が吼えていた。椿が口にした弁解の第一歩は、誰にも受け止められず消滅。一体どうしろと、と誰でもない人物像を心に描いてみる。
もちろん、何の解決にもならない。
澪音の隣へと桃子が陣取る。ぐるる、と忠犬が主人の友達を敵だと誤認してしまったかの如く、凛へと威嚇する。

「というかあなたはどこの誰なんですか! 部外者の分際で、神野さんを――師匠の弟さんを奪おうとか言うなら戦争です、戦争っ!」
「……少なくとも、私は反生徒会連合じゃない。前に所属してたこともなかった」
「関係ありません! 例えあなたが生徒会役員とかだったとしても私はこうしてます!」
「桃子はなぁ、もうちょっと落ち着いてくれると助かるぜ。俺も師匠も。……いや、今回ばかりは俺もオメーと同意見だけどな」
「言っときますけど柏崎先輩。あなたとも、近い内にやりあわないといけないって思ってますので」
「うおい! ちょっち待てどうして俺が出てくる!」

まあ、そうだろう。
もし。
万が一。
――なんて前置きするほど椿は鈍感では“いられない”のだが、もしもこの喧騒が「椿を巡るあれこれ」だったとしたならば、どんな過程を辿ったとしても、どこかで澪音が巻き込まれるビジョンしか見えない。
ずりずりとさりげなく後退しながら、椿は澪音を一瞥して、こっそり同情の息を吐いた。

「……あなたたち、喧嘩するなら他の場所でやって。もやしが困るから」
「ん? おいおいなんだオメー、椿の保護者ヅラか? 知ってっとは思うけど今、こいつは」ぐい、と腕を引かれる。逃走失敗。「俺たちが庇護してやってんだ。桃子の言葉じゃねえが、盗っていこうってんなら容赦はできねえな」

とりあえずモノ扱いを止めてほしい――いや、喧騒を収めてくれるなら、椿としては何でもいいのだけれど。

「全くです! いいですか名前も知らない人」
「私は長森凛」
「名前なんてどうでもいいんですっ!」

理不尽だ。

「とにかく、神野さんは今、師匠と一緒にがんばってるんです! ……悔しいけど柏崎先輩と仲が良いのも認めてあげます」
「相変わらずエラソーだよなぁオメー……」
「そこをひょいっと奪っていこうとするなんて、許しません。師匠のためなら人一人埋めることくらい!」
「やめろ馬鹿」
「……、」

ひょい、と澪音が暴走気味な桃子の首根っこを掴んでいる間に、凛が何事かを呟いていた。
それに気付いたのは椿だけで、しかし彼女と少し離れた場所にいるため、声までは拾い上げることはできない。
ただ、なんとなく何を言っているのか、椿には理解できた。
理解できて、いやいやいやいや、と真っ先に止めに入った。

曰く。
また戦うべきかしら、と。

「凛さん、戦わない主義はどうしちゃったんですか……」
「もやしのためなら」

嬉しいような、嬉しくないような。

「で、もやし。プールにはいつ行くの?」

そして話は元に戻る。桃子が「話を聞けです!」と吼える。澪音が「オメーちょっち表出ろ、白黒はっきりつけようぜ」と喧嘩腰になる。
そんな、スタートして間もない夏休みの一日。
首の後ろと胸のあたりがちょっぴりむず痒いような、はじめての感覚だった。





……結果として、四日後の月曜日、プールに行く約束を取り付けられてしまったのだが。
そして澪音と桃子が同行することが、彼女らによって確定した。

せめて、四日後まで頭を痛めることなく日々を過ごせたらいいなぁ、と思う椿だった。



執筆年月:2012/07/04

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