「山椒蕎花」

生徒会争乱物語:柏崎澪音・山椒蕎花
(第2章公開前キャラ紹介小話)






その長い黒髪を屋外の自動販売機の前で見た時、柏崎澪音ははぁとため息をついていた。
同時に、またか、と思っていた。

「蕎花さん……サボるなとは言わねえけど、せめて仕事がある時くらいはやってくれよ……」

声をかけると、長黒髪はぴくりと反応。
ぼんやりと見上げるその目は、澪音を見ているようで澪音を見ていないような、曖昧であやふやな物だった。
髪の面積に対して不釣合いな小顔。腰から足まで届くほどの黒髪は、それだけで何キロもありそうなほどにボリュームがある。
ハゲの人からすれば羨ましくも妬ましくもあるんだろうなぁ、と澪音は小さく笑った。

「仕事?」

長く黒い黒髪のせいで不気味に見える蕎花が、対照的に、不釣合いなほど高い声を出す。

「我がせねばならぬ仕事など、異見戦争の制覇くらいじゃ」
「その異見戦争をサボったのはどこのどいつだコラ」
「前回は反生徒会連合に若人が多く入ったと言うからの。我が出たら無味乾燥な戦闘と化すに違いないわ」
「もうちょっとまともな言い訳はねえのか」

だいたいここで何をやってるんだ、と蕎花の隣に腰を降ろす。
そうじゃな、と蕎花は視線を前へと向けた。
ここは体育館隅の自動販売機前。グラウンドは校舎に半分隠れて見え、建物の影となっているので日の当たりも悪い。

「日向ぼっこかの」
「へー、蕎花さんの言う日向ぼっこってのは日陰でやるもんなのか。知らなかったぜふざけんなボケ!」
「何をかっかとしておる。得手勝手もいい加減にせよ」
「テメエに言われたくねえよそれ!」

確かに自分は少しばかり勝手な性格だ、と澪音は自覚している。
だが、生徒会の仕事をほっぽり投げた挙句、日陰で日向ぼっこなどとふざけた発言をする蕎花にだけは言われたくないのだった。

「まあ落ち着け男娘」
「男娘ェ!? そりゃ俺のことか!」
「我のことを俺と言う時点で既に男娘じゃ。それよか、我に何の用じゃ」
「言ってんだろ。サボるなとまでは言わねえ。ただ、今は生徒会が忙しいんだ。協力してくれよ」

些か時代錯誤な部分がある蕎花だが、生徒会ではあらゆる面において戦力となる。
さっきの自己評価にあるように、異見戦争ではもしかしたら生徒会長以上の活躍をしているかもしれない。
事務的な仕事でも、こちらは他人と会話しながら十数枚の書類を片付けられる生徒会長には劣るものの、いるといないのでは遂行時間に大幅な差が出る。
故に、さっさと仕事を片付けて和菓子キャンペーン(商店街の新店舗開店にあたり、セールをやっている)へと赴きたい澪音としては、是が非でも協力してほしいものだが。

「ふむ。お主の頼みとならば承知せんこともない」
「ならさっさと――」
「だがな。我は眠たいんじゃ」
「だからなんだよ」
「気が利かんの。さすが男娘じゃ」
「それ俺の性格と関係あるか!? てか今ので何を要求されてるのか分かる人間がいたら連れてこい!」

理不尽だった。
ちなみに第三者から見た場合、柏崎澪音という少女は「誰にでも配慮できるいい人」という評価を受けている。

「分からん奴じゃな。珈琲を持ってこいということじゃ」
「つまりパシリかよ! 自分で買え!」
「ほう。我の協力がいらんということじゃな」
「〜〜っ! 分かったよ買えばいいんだろ買えば!」

悔しげに地団駄を踏む澪音は、それでも素直に自動販売機へと向かった。
その後ろ姿を見て、かかっと笑う蕎花。

「軽薄短小は損を生む、と言うからの。その点では、お主は実に堅実と言える。将来、得をする性質じゃな」
「ああそうかいありがとお。蕎花さんは将来、上司に嫌われるタイプだな」
「そのような傲慢無礼、力でねじ伏せるわ」
「怖いこと言ってんじゃねえぞ……ま、蕎花さんならできそうな気はするけどなぁ」

はぁ、とため息をつく澪音。そして、

(そんな人を敵に回さねえといけねえ反生徒会連合も、可哀想だよなぁ)

などと思う。
いい加減でざっくらばんで、味方としても戦力になりにくい――というより制御しにくいが、いざ戦闘となると一人で他を圧倒できる能力を持つ人だ。
能力指数も、澪音のそれを大幅に上回る。正直、一対一で勝負したら話にもならないだろう。
今の反生徒会連合で、どこまで抵抗できるか。
それを思うと、少なからず同情してしまう澪音だった。





「ああ、言い忘れておったが、我は黒珈琲(ブラックコーヒー)に目覚めたんじゃ。買いなおせ」
「ふざけんなボケ!!」



執筆年月:2011/02/13

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