「長森凛」 生徒会争乱物語:長森凛 (第2章公開前キャラ紹介小話) 長森凛という少女にとって、水の中を泳ぐという行為は地上を歩くということと等しく、日常的なことだった。 細いながらしっかりと筋肉がついた手足がしなやかに動くたび、水の抵抗を感じていないのではないかというほど、綺麗に水中を進んでいく。 彼女は二十五メートルのプールのかなり深いところを泳いでいるため、水面に波紋をほとんど生み出さない。 プールの端までたどり着いた凛は、小さな音と共に水面へと顔を出した。 ゴーグルに覆われた小顔からは、彼女が何を考えているのか読むことはできない。 鼻呼吸で軽く息を整え、再び水中へと消えていく。 ここは彼女の家の近所にある、市が経営している公共のスポーツジム内にあるプール。 遊園地に付属しているような遊び場所というより、本格的に泳ぐための施設。 凛が昔から入浸っている、お気に入りでお馴染みの場所だった。 周りに人影は少ない。そのため、凛は何者に遮られることもなく泳ぎ続ける。 人気が少ないのは、今が四月下旬という、あまり泳ぐには適さない季節であることと――現在時刻が二十一時という、小さい子どもならそろそろ眠るような時間だから。 当然、外はとっくに暗幕が降りている。 建物内は静かで、見方を変えればちょっとしたホラースポットかもしれないが――凛はそんなことを気にすることもなく、周りを気にせず、ただ泳ぎ続ける。 凛はさらに六往復し、プールから出た。 その様子もまた、影から人が湧き出るかのごとく、音がないに等しい。 濡れた髪が肌に貼りつく。それを軽くはらいながら、凛はふぅと息を吐いた。 見上げた壁にかかっている時計は、閉館時間が迫っていることを伝える。 そろそろ帰り時だろうか。この施設は二十二時に閉館する。シャワーで体を流し、着替える時間を考えると、直前まで泳ぎ続けるわけにもいかない。 それに、あまりぎりぎりまでここにいると――帰宅する時間が遅くなると、家族に余計な心配を与えかねない。 そもそも女子高生がこんな時間まで泳いでいるということ自体、あまり歓迎されることではないかもしれないが、それに関してはお咎めを受けたことがなかった。 凛が昔から水泳好きだということは家族公認であり、当たり前のことなので、今さらあれこれ言うこともないのだ。 「……そろそろ、帰る」 誰に言うでもなく呟いた彼女は、最後に二十五メートルだけ泳ぎ、そして帰宅の路へとついた。 |
執筆年月:2011/02/13
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