「色」 死神姫:鋭利快翔・木野稜子 それは、快翔が本を借りるためにスマイルハットを訪れた時のこと。 例によってあの作り笑顔を浮かべた稜子は、本の貸し出し作業を済ませ、その流れで聞いた。 「快翔さんって、何色が好きですか?」 「……へ?」 「好きな色ってあります? ほら、例えば空色とか」 その言葉の裏にはどんな意味が隠されているか。 この質問は何の隠喩だろうか。 それは、鈍い快翔にも判断できた。だから苦笑いで、それは違うよ、と返す。 「空さんは空色とは違うと思うよ」 「あら、私は空さんのこととは一言も口にしてませんよ」 「言われるかな、って予想してみた」 「ふふっ、快翔さんもやりますね」 破顔。決して作られた物ではない、稜子の素面の笑顔。 「では、何色が好きですか?」 「うーん……緑色とか、かなぁ。落ち着くっていうか」 「落ち着く色だったら、灰色とか群青色とか、他にも色々あると思いますよ?」 「でも、なんとなく緑色が好き……かな」 元々、色に対してそこまでのこだわりはない。快翔にとって唐突な質問だけあって、明確な理由は説明できなかった。 しどろもどろになってしまう彼に、稜子は心底面白そうに笑う。 「ふふふっ。緑色ですか。私に似ていますね」 「似てる? じゃあ、稜子さんも緑色が好きなの? あ、もしかして黄緑色とか」 「いいえ。私が好きなのは自然色ですよ」 なるほど、と快翔は納得する。 稜子の使用する霊術、その属性は“自然”で統一されている。 故に、その色が好きになってもおかしくない―― だがすぐに、快翔はちょっとした違和感に気がついた。 「え、自然色って……自然色?」 「おかしなことを言いますね。自然色ですよ」 「でも、自然色なんて僕、聞いたことないよ?」 「ああ、そうですね。一般的に自然色なんて言われませんけど――これは、私の考えなんです」 「考え?」 「オンリーワン。自然には自然の色がある、って」 少し発展した考えに、快翔は首をかしげる。 「自然には自然の……」 「ええ。他にも――さっき言った空色もですが、空色って水色に似ていますよね」 「うん、そうだね」 「だけど空色は空色で、水色じゃないんです。全然、違う物――水色は水にしか使えない言葉で、空色は空にしか使えない言葉」 「……な、なんだかややこしいね」 「そうでもないですよ。――風の色は風色、雲の色は雲色。それぞれが、それぞれでしか表せないんです」 ややこしい、とどうしても思ってしまう。 それでも、快翔はうっすらと笑った。稜子が何を言いたいのか分かり、そして―― 先日、空にひどく叱られた快翔を、慰めているということも。 「快翔さんは、快翔さんの色。そう考えると、少しは落ち着きませんか?」 「うん……そうかも。ありがとうね、稜子さん」 「いえいえ。このお礼は是非、喫茶店のコーヒー一杯で」 「う……それはちょっときついかも……タダじゃ駄目?」 「それが私の色ですから」 「な、なんだか誤魔化しに使ってない?」 「気のせいです」 |
執筆年月:2010/10/29
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