「寒暖」

悠々荘の閑話:藤堂真一・天沢杏奈





「さむっ! ホントさむっ、マジさむっ!」

土曜日の夕方。そろそろ飯を作ろうとしている時、杏奈が両手で肩を抱きしめながら乱入してきた。

「あーもう寒い寒すぎ! 真一、どうなってんのよこれ!」
「……俺に言ったところで何かの解決になるのか、それ?」
「ならないけどっ! ならないけど言わざるを得ない! 大人が酒飲んで愚痴るみたいに!」

メチャクチャな例えでひどい偏見だった。

「真一、なんか温まる物ない!?」
「ないな」
「熱いお茶!」
「茶葉を購入していない。日曜に買い物に行こう、と言ったのはお前だろう」
「あ! ……っつ、じゃあシャワー貸して!」
「お前の部屋で浴びてればいいだろう――」

と、呆れながら言ったところで。
既に、杏奈の姿は消えていた。驚いていると、風呂場の方からぽいぽいと服が投げ出される。
俺の視界が半分ほどなくなった――つまり半眼になりつつあると、次いで下着までも。

……なんなんだあれは。一体、ここを何だと思っているのだろう。
まあ、杏奈にとってはわが部屋と同じような扱いなのだ。
そんな横暴、今に始まった話ではない。俺はため息をつきながらも、投げ出された服を畳んで洗濯籠に放り込んだ。




「うわ、真一の服ぶかぶか」
「……迂闊だった……よく考えれば、着替えを失えばこうなることくらい、想像できていた筈だ……」
「ん? なに沈み込んでるの真一、なんかあった?」
「……今目の前でお前がやっているな」
「あ、シャワーありがとね。暖まった。ふーっ」

皮肉なんてもの、相変わらず通じる相手ではない。
ため息をついていると、「お茶ちょーだいお茶」とせがんでいた。
ここで反抗すると噛み付かれるか蹴り飛ばされるだけなので、俺は大人しく作り置きの茶をコップに入れて出した。

一気に飲み干した杏奈は、それにしても、と眉をしかめる。

「でもさー。なんか最近、急に寒くなったよね」
「……そうだな。この前、雨が降ってからだ。降雨後は気温が下がることが多いが、今回は異常だな」
「でしょ。今日も陸上部だったんだけど、帰りがメチャクチャ寒くて。凍え死ぬかと思った」
「そのままぶっ倒れておけ」
「あ! 今度から、真一に送り迎えを頼もっかな〜。上着持ってきて、とかさ」
「前言撤回。今すぐこの場で凍死しろ」
「私の部屋に入らせてあげるからさ〜。女の子の部屋、漁り放題! これはもうやるしかないね!」
「お前の部屋なら飽きるほど見ているんだが」

どの位置に何があるかも暗唱できる。さすがに、所有している衣類や小道具などは不可能だが。

「むー。……まあいっか。でもさ、電話した時は来てよ?」
「全ての用事に対し優先順位を最低にしたところで、可能ならな」
「えーっと……ありがと?」
「つまり、夕食の料理をする時間と被った場合、俺は躊躇なくお前を見捨てる」
「私ご飯以下!? そんなの外食にすればいいじゃん!」
「何が悲しくて、お前1人のために金銭を消費しなければならない」
「どうせ真一ってお金使わないじゃん……」

まったくもー、と膨れる杏奈。所詮は自己中心的思考なので、それについては触れず。

「……だが、最近の寒さは狂っているな」
「でしょでしょ。だからさ、こういう時こそ、ほら、助け合い!」
「……は?」
「困った杏奈ちゃんを真一が助ける! どうよ」
「お前が言ったのは“助け合い”だったな。相互扶助と言うのなら、お前からそれ相応の礼を請求しなければならないのだが」
「だからさほら、私の部屋への招待状」
「価値がない」
「ちぇ」

杏奈は悔しそうに舌打ちをしながらも――微かに笑った。

「でもさ。困ったら助けてよね」
「……気が向いたらな」



執筆年月:2010/10/29

←36話「ショートケーキ」へ 38話「色」へ→

 
inserted by FC2 system