「病院」

悠々荘の閑話:藤堂真一・月神楽瑞華




ぼーっとした様子に垂れた目。
いつも栄養不足を彷彿とさせる色白の顔に、今日は朱が入っている。
く、と丸まった体は、若干だが震えていた。

「……全く」

思わず口から出た悪態に、隣からすみませんとか細い声。
申しわけなさそうな視線も、弱々しい。

――面倒だが状況を説明しよう。
月神楽が風邪を引いた。仕方ないので病院に連れてきた。

以上。

「……」
「……」

無言。

他の人の名前が呼ばれる声、がちゃがちゃという音。
看護師の足音。
病院は意外とうるさい。

「……あの」

その中に、繊細な声が混じった。
目線だけで反応すると、月神楽の揺れる瞳が俺を見上げた。

「その……ごめんなさい。無駄な時間を使わせてしまって」
「別に構わん。放っておけば馬鹿が騒ぎ出す。その予防策だ」
「……っ」

……何故、月神楽はほのかな笑みを浮かべているのだろうか。
つつくと何が出るか分からない――おそらくは忌まわしいカタカナ4文字が出てくるだろう――ので、スルーしておく。

「まぁ、別に自分を責める必要もない」

とりあえずそう言っておく。
隣の馬鹿な後輩は、すぐに自分を責める癖があるから。

「風邪を引くのはよくある事だ。特に季節の変わり目である今にはな」
「……体調管理の甘さが原因です。だから私が――」
「気にするな。人間はある程度欠けている方がいい」

俺の言葉に、月神楽が目を瞬かせる。
どことなく庇護欲が湧く目。思わず視線を逸らせないでいると、月神楽は小さく口を開いた。

「……ありがとう、ございます」





名を呼ばれて立ち上がった月神楽のあとを歩きながら、聞こえないようにため息を吐く。
自分に謙虚なのはいいが、たまには先輩を頼ってほしいものだ――と、らしくない事を思う。
全く、面倒だ。



執筆年月:わすれた

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