「烏龍茶」

悠々荘の閑話:藤堂真一・天沢杏奈





特に理由はなかった。
悠々荘に帰るべく校門を出たところで、後ろから聞き飽きた声が聞こえたのは、ただの偶然だった。

「お、真一じゃん。今帰り?」
「ああ。お前は・・・・・・聞くまでもないな」
「うん。部活」

両手を腰に当てて不敵に笑う天沢は、確かに制服姿ではなく、スポーツウェアだった。

「そうか。なら、ここでのんびりしていていいのか?」
「いいのいいの。今休憩時間だから。あ、真一、今暇?」
「帰る」
「まあ待ってよ」

即座に嫌な予感がして踵を返そうとしたが、汗っぽい手で腕を掴まれた。

「・・・・・・何か用か」
「ちょっと頼み事。今休憩時間なんだけどさ、飲み物が足りないのよ」
「それを買ってこいと?」
「さすが真一、話が早い! お金は悠々荘に帰ったら渡すからさ、お願いっ!」

両手を合わされ頼みこまれる。こちらはまだ何も言ってないのだが。

「あ、そうそう真一」
「・・・・・・」
「あのさ、飲み物が1人分足りないんだけどさ」
「それは聞いた」
「その1人だけを放っておく訳にはいかないから、今みんな何も飲んでないのよ」
「・・・・・・」
「私が学校の自販で買ってきてもいいんだけど、持ち合わせがないのよ。他のみんなに部室まで戻って取ってこい、なんて事は言えない」
「・・・・・・」
「だからホント、お願い」

いつにない低いテンションで、天沢は普段あまり見せないしおらしさを露にする。
それを見て・・・・・・とりあえず、こいつが適当な気持ちで言っている訳ではないことを知った。
・・・・・・面倒だけど。そんな義理はないけど。

「・・・・・・分かった。ちょっと待ってろ」
「! って事は・・・・・・!」
「学校の自販で烏龍茶でも買えばいいのだろう。5分もかからん。そこで待っていろ」
「わ、分かった! ありがとね、真一!」
「ったく、今回限りだ」

それだけを言い残し、俺はさっと走り出した。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・全く。



執筆年月:2010/04/07

←15話「へん」へ 17話「女装」へ→

 
inserted by FC2 system