「へん」

死神姫:鋭利快翔・草斬空・刈麻葵




「木へんの漢字をできる限り書き出せ、か・・・・・・」

ある平日。閉店後のヘヴンスカイで、快翔は学校の宿題に励んでいた。
今日は漢字の課題である。渡されたワークシートの最後に、そんな問題があった。

「漢字ですかー?」

そこへ、ウエイトレス服から私服に着替えた葵が、てくてくと近寄ってくる。

「うん、漢字」
「漢字ですねー」
「漢字だね」
「漢字なんですねー」
「漢字なんだよね」
「空さーん」

いつものやり取り・・・・・・しかし今回は、葵は逃げるように空の名を呼んだ。

向こうのテーブルで本を呼んでいた空が、面倒そうに顔をあげる。

「何よ」
「快翔さんの宿題を手伝ってほしいのです」
「自分でやりなさい」

既に宿題を終わらせている空は、そう言い捨てた。
が、葵はなおも食い下がる。

「いいじゃないですかー。困ってる人は、助けるべきです!」
「いや別に、僕は困ってないけど・・・・・・」

本人の意思を無視した葵の言葉に、快翔が困ったように笑う。が、誰もそれに構うことはなかった。

「それ、課題でしょ? それくらい自分でやりなさい」
「なんでそんなに冷たいんですかー」
「これくらいが普通でしょ」

確かにそうかもしれないがそれは何か違うだろ、と快翔は思うが、今度は何も言わなかった。

「空さんの普通は普通じゃないです」
「・・・・・・」
「ひとでなし、です」

おそらくは最近覚えたであろう言葉を葵が言うと、空がとても疲れたような顔になった。
そして、本に栞をはせ、快翔のいるテーブルへと近づいた。

「・・・・・・この前の課題ね」
「あ、いや僕は」
「木へんなら・・・・・・林、桐、校、杭、朴、梃、杵、」
「ち、ちょっと待って空さん!」

つらつらと漢字をあげていく空に、慌てて快翔がストップをかけた。

「なんでそんなに思いつくの!?」
「別に。普通よ」
「普通じゃないよ!」

さらりと空が言い、快翔は頭を抱える。
その直後、彼はある事に気付いた。

「ねえ空さん。空さんはこの課題、終わったんだよね」
「ええ」
「もしかして、そんなにたくさん書いたの?」

もしそうなら、さぞかし先生が驚くだろう。その未来は、決して快翔にとっても歓迎するものではない。
提出日はまだ先だから、今からなら説得できるか・・・・・・今のうち、とばかりに快翔はその言葉を考え、

「書いてないけど」

その一言に、がくりとなった。

「・・・・・・じゃあなんで、そんなに僕に漢字を教えるのさ」
「面白くなりそうだから」
「あの、僕、そんなに目立ちたくないんだけど・・・・・・」
「知ってる」

じゃあなんで、と快翔が聞く前に、空は既に本の元へと戻り、読書を再開していた。
相変わらず訳の分からない空の行動に、しかたないなあ、と快翔は聞こえないように、小さく笑った。
そして、とりあえず木へんの漢字は、適当に三つほど書き、そのプリントを鞄にしまった。



執筆年月:2010/04/06

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