「インフルエンザ(1)」

悠々荘の閑話:藤堂真一と天沢杏奈




ゲホ、ゴホ、と咳が出た。
それだけで、乗客の目がこちらを向いた。

それでも咳は止まらず、さらに続けて2度3度と咳こむ。
周りの目が、心なしか冷たくなった気がする。それでもなお咳は止まらない。

「・・・・・・真一、大丈夫?」
「大丈夫といえば大丈夫だが・・・・・・」
「じゃあ、大丈夫じゃないかもしれないって事?」
「・・・・・・」

人の揚げ足を取るような事を言った天沢は、しかし不安そうな顔をしていた。
俺は軽く首を振る。その頃にはもう、咳は止まっていた。

「・・・・・・咳をするだけで冷たい目を向けられるのも心外な話だな」
「? 私、そんな顔であんた見てた?」
「お前じゃなくて、周り」
「・・・・・・あー、まあそうでしょ」

天沢がうんうんと頷く。

「新型インフルエンザなんてものが流行ってるからね、まだ。真一もマスクつけたら?」
「あれは息しにくくなるから嫌だ」
「それは分かるけどさ」

面倒ではなく、嫌なのだ。そう伝えると、天沢は渋々引き下がった。
そして周りの乗客を―――マスクをしている乗客を見て、天沢は肩を竦める。

「新型だからマスクが売れる、か」
「・・・・・・それがどうかしたか?」
「いや、真一は流行りものとか嫌いよね?」
「ああ」

即答すると、それを予想していたかのような笑顔が返ってきた。
なんだか腹立たしいので、俺は続けて言った。

「俺は嫌いだが、そういった流行り物に感化される考えが理解できなくもない」
「へ、マジ?」
「それも1つの商業だろ」
「・・・・・・あー、そういうこと」

納得、と天沢はうんうんと頷いた。
一体奴の中でいかなる想像の飛躍があったのかは、ある程度予測はできた。

それと同時に、俺はまた咳込む。天沢がまた肩を竦めた。

「とりあえず、今の真一は嫌でも流行に乗らないといけないみたいだね」
「・・・・・・それ以前にマスクは嫌だ」
「まーまー、些細なこだわりは気にしない」
「些細でもこだわりでもなくて、本気で嫌いなだけだ・・・・・・」



執筆年月:2010/02/14

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