「人間の利用価値」





――事務所――
北条加蓮「おはようございまーす」

<シーン...

加蓮「え、あれ? 誰もいない。そういえば鍵もかかってたし……出払ってるのかな」
加蓮「Pさーん? 藍子ー? 菜々さーん? 誰かいるー?」
加蓮「……いないっか」
加蓮「こうしてると、占拠してるみたいだね……。ふふっ、今ならお菓子も食べ放題っ」
加蓮「…………」
加蓮「いっつもそっか。…………ん?」

ホワイトボード < チョットミテヨ

加蓮「んー……」

<8月14日〜8月16日 お盆休み <しっかり休みなさい! <はーいっ

加蓮「…………」
加蓮「げぇ…………そういえばそうだったっけ……」
加蓮「うあー……私アホだ。ってかもともと今日って予定なかったじゃん……なんで来たんだろ……」
加蓮「どうしよ。暑くなる前に帰ろっかな。ああでもちょっとしんどい……」クーラーオン
加蓮「……」センプウキオン
加蓮「……ぁふ……」

高森藍子「おはようございまーす……」

加蓮「お、アホがもう1人」
藍子「え?」
加蓮「藍子。今日はお盆休みだよ」
藍子「へ!? …………あ」ポン
加蓮「ふふっ。家じゃ退屈だった?」
藍子「あうぅ……学校が夏休みの間は、起きたらここに来るって習慣になってて……」
加蓮「私と同じだ」
藍子「加蓮ちゃんもですかっ? あはっ、お揃いですね!」
加蓮「ねー」
藍子「クーラーと扇風機……使っても、大丈夫なのでしょうか」
加蓮「休みだけど自主レッスンしに来たっていうことにしとけばいいんじゃない?」
藍子「でも、そこのホワイトボード、しっかり休みなさいって……」
加蓮「フリルドんとこのプロデューサーさんの字だよね。……ま、なんとかなるって!」
藍子「……ですねっ」
藍子「今日はどうしましょう。どこか、遊びに行きますか?」
加蓮「そうしたいんだけど……ほら、外って暑いし、歩いて来るだけでもうクタクタ。ちょっと休んでいい?」
藍子「はいっ。じゃあ、お茶を持ってきますね」テクテク
加蓮「おねが〜い」

藍子「ごくごく……」
加蓮「ごくごく……」
藍子「アイドル事務所でも、お盆はお休みなんですね……」
加蓮「うちの事務所、そんなにドタドタしてないし……だから藍子と温泉なんて行ける訳だけどね」
加蓮「それでいてしっかりお仕事はあるんだから、なんだろ。なんか贅沢って言えば贅沢だよねー」
藍子「私は、今くらいの方が……ううん、今でもけっこう、いっぱいいっぱいかも……」
加蓮「そっか」
藍子「加蓮ちゃんは……また、新しい企画に参加されるそうですね」
加蓮「旅行企画ー。いろんなところを歩き回れるんだよ。今から楽しみだね」
藍子「すてきなお話ですね。……でも、体には気をつけてくださいよ?」
加蓮「あー、藍子までそれ言う! もうっ、どいつもこいつもちょっと口を開けば体力体力って!」
藍子「ごめんなさい。でもきっと、スタッフさんも配慮してくれますよ」
加蓮「もう、そういう気遣いとかいいのにな……」
藍子「きっと皆さん、加蓮ちゃんのことを大切に思ってくださってますから」
加蓮「だといーんだけどね。陰で厄介者扱いされてないことを祈るよ」
加蓮「……ふう。藍子のお茶はいつも美味しいね」
藍子「えへへ……ありがとうございます」
加蓮「私こそありがとー」
藍子「えへっ……」
加蓮「…………」
加蓮「…………なんかさー」
藍子「?」ゴクゴク
加蓮「藍子も……それに、菜々さんもPさんも。いっつも私を心配してばっかりだ」
加蓮「分かるんだけどね、心配されないといけない立場っていうのは」
藍子「…………」コト
加蓮「やだな。そういうのに対して、気遣いなんていらないのに、って考えばっかり出てくる」
藍子「……それは、加蓮ちゃんが加蓮ちゃんである限り、仕方のないことだと思います」
加蓮「うん。知ってるんだよ。……知っててさ、それでも、って。意味のないことを何回も考えて、そうして自分が嫌になる」
藍子「じゃあ、どうしたら自分のことを好きになってくれますか?」
加蓮「分かんない。ね、藍子」
藍子「はいっ」
加蓮「藍子はさ、私のこと、好き?」
藍子「好きですよ。大好きです。加蓮ちゃんは、私のこと好きですか?」
加蓮「嫌い」
藍子「……もー。こういう時くらい、素直になってくださいよぅ」
加蓮「捻くれてないと死んじゃうんだよ、私」
藍子「……じゃあ、仕方ないですけどー……」
加蓮「っていう冗談」
藍子「…………」プクー
加蓮「ごめん。ごめんってば。……そっか、藍子は私のこと、好きなんだ」
藍子「それが、どうかしたんですか?」
加蓮「すごいね。それが当たり前って言えることが。私はさー」
加蓮「……自分が利用されているって思っちゃって、しょうがないんだよね」
藍子「利用されてる……?」
加蓮「ほら、私って体力ないし、病弱だし。優しくしてたら良いように見られるじゃん。利用価値はあると思うんだ」
加蓮「……なんてばっかり考えてたら、Pさんも、藍子も、そういう風に私を見てるのかもしれない、なんて」
加蓮「ふふっ。サイテーだよね。そんな訳ないのに」
藍子「…………利用なんて、していませんよ」
加蓮「……ごめん」
藍子「ばか」
加蓮「ごめん」
藍子「…………」
加蓮「…………」
藍子「加蓮ちゃんが……私と一緒にいて、つらいことを考えちゃうなら」
藍子「……私、どこか遠くに行った方がいいですか?」
加蓮「藍子」
藍子「……」
加蓮「そういうこと……泣きそうな顔で言わないの」
藍子「…………」グスッ
加蓮「私は大丈夫だから。ふふっ、辛いことも苦しいことも慣れっこだよ。付き合っていかないとね、そんな自分と」
加蓮「……大丈夫。ここにいて、心地いいって気持ちは忘れてないから」
藍子「……はいっ」
藍子「ゆっくり、自分のことを好きになっていきましょう。ね?」
加蓮「ん」
藍子「それに、その…………できれば、私のことも、もうちょっとだけ……なんて」
加蓮「……。難しい相談だね」
藍子「なんでですかー!」

加蓮「はー。変な空気にさせちゃった。ごめんね?」
藍子「いえ……。膝、使いますか?」
加蓮「今日はいいや。にしても静かだねー、ここ」
藍子「いつもは誰かがお話しているから……ち、ちょっとだけ不気味ですね、えへへ……」
加蓮「実は物陰に誰かが潜んでい」
藍子「ひゃー! やめて、やめてくださいよ加蓮ちゃん!」
加蓮「ふふっ。……ねえ、藍子。明日、ちょっと時間ある?」
藍子「明日ですか? えーっと……うんっ、大丈夫です」
加蓮「そっか。あのさ……ちょっと行きたいとこあるんだ。よければ……」
藍子「分かりましたっ。私で良ければ、ついていっちゃいますっ」
加蓮「ありがと。じゃあ朝の9時に駅に――」

P「おはようございまーす。お、加蓮に藍子。今日はオフじゃなかったっけ?」

加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「ぷっ」
藍子「あははっ」
P「え、何……? なんか顔についてるか……?」
加蓮「違う違う。もう、Pさん。どこまで仕事馬鹿なのっ」
藍子「Pさん。今日は、お盆休みで、事務所ごとお休みですよ?」
P「は? ……げー! そうだった! クソッ、忘れてた!」
加蓮「あはははははっ」
藍子「う、うくくっ……ごめんなさいPさん、でも、あの……あははははははっ……」
P「お、お前らぁ…………ってか、でもお前らがここにいるってことは……?」
P「……お前らだって忘れてたんじゃねえか!」
加蓮「えー何言ってんのPさん。私はここにお菓子を食べに来たんだよ」
藍子「私は、加蓮ちゃんに膝枕をしてあげるために来ましたっ」
P「嘘つけぇ!」


掲載日:2015年8月14日

 

第90話「X≠X Y」へ 第92話「還らない子へ」へ

二次創作ページトップへ戻る

サイトトップに戻る

inserted by FC2 system