「お姉ちゃん、そしてプロデューサー」






――小会議室――
「俺さ、藍子に謝らないといけないことがあるんだ」

プロデューサーが、少し唐突に言った。北条加蓮はそれを聞いた。
高森藍子と一緒にやるLIVEを翌日に控えて、軽い打ち合わせが終わり、さて少し時間が余ったどうしよう、となった時に。

「今度は何をしたの? Pさん」
「おいおい、俺がなんかやらかしてばっかみたいに言うのやめろよ」
「えー、やらかしてばっかりだと思うけどな。ねえ藍子」

藍子は今日もお茶の当番だった。彼へ緑茶を運び、加蓮へ玄米茶を運び、そして加蓮の隣に座る。
腰を落ち着けたところで自分に話題が振られたことを思い出したのか、藍子は、むぅ、と唇を尖らせた。

「もう、加蓮ちゃんっ。そんなことないですよ。Pさんにはいつも助けてもらってますから」

藍子の正面で、彼は一笑して。

「はは……まあ、足りない所があったらいつでも言ってくれよ。努力するから」
「思いついたらね。で、Pさんは藍子に何をしたの?」
「したっていうか、言ったっていうか……なあ、藍子。最初に加蓮と共演した時に俺が言ったこと、覚えてるか?」
「最初に……ってことは、1stアニバーサリーの時ですよね」
「ああ」
「何でしょうか……? 分かりますか、加蓮ちゃん」
「いやアンタが言われたことでしょ。私が知ってる訳ないじゃん」
「あ、そっか」
「……なんか抜けてんな、大丈夫か?」
「私がついてるから大丈夫だよ」

……嫌味でもないし冗談でもないのに、プロデューサーはキョトンとしているだけ。
なんだその心の底から分かっていないという顔は。まだ子ども扱いか、なんて、そんなことは思いつきの憤り。

「1stアニバの頃さ、加蓮も藍子も、まだ見てて不安だったんだ」

彼は茶を啜ってから、思い出すように、あるいは険しくなった加蓮の眼光から逃げるように、宙へと目を遣る。

「1年もアイドルを続けてたのに?」
「いや、お前ら無茶ばっかりするだろ……」
「むぅ」
「ただ、どっちかって言ったら藍子の方がしっかりしているように思えたんだ。だから俺はその時、藍子に言ったんだ。加蓮のことをよろしく頼む、って」
「……あ」

成程、と加蓮は、腑に落ちた藍子の顔を見て腑に落ちた。
少しばかりのやっかみはあるが、彼の言うことは正論だった。
結果的に今は互いに面倒を見合っているような形だが、当時の自分を思い出せば、なるほど、物腰が柔らかく人当たりがよく、パッショングループをよくまとめ、某巫女の世話もしている藍子に任せたくなる気持ちも分かるだろう。
……あれ? 当時の自分って道明寺歌鈴と同じような立場だった?
なんてことを思い、舌で口の端を突かせたりもして。

「今にして思えば、藍子には無理ばっかりさせてたなってさ」
「そんなことありませんよ。加蓮ちゃんはすごく頑張り屋さんだから、いい刺激になっています」
「お、そうなのか」
「たまに私が振り回されるくらいにね」
「へえ。いいな、なんか」

まるで人事(ひとごと)だ。加蓮にはそれがちょっとだけ気に入らない。
ここのところ――藍子や安部菜々とよく話すようになってからだろうか。彼との距離が、ちょっとだけ遠のいた気がする。
もちろん彼への、好意のみならない想いは薄れていないのだけれど、なんだか、手を伸ばしてもそこにいないような――

「でもさ」

自分の予感を振り払うように、加蓮は少しだけ大きな声を出した。

「でさ……前に菜々さんが言ってたんだ。私と藍子が姉妹みたいだって」
「ほお」
「どっちが姉だと思う?」
「そりゃ加蓮、いや藍子か? ……え? どっちだ?」
「正解は"どっちも"。私も藍子も、お姉ちゃんで、妹」
「じゃあ、双子ってことか」
「プロフィール的にはそれも近いんだろうけどね。ちょっと違うかも」
「いつもは、加蓮ちゃんがお姉さんみたいなんです。でも、たまに――」
「甘えたくなる時ってあるよね。……誰かさんは避けてくれるし」
「いやお前の場合は許容したらアイドルらしからぬことしかしねえだろうが……」

口の中だけで笑みがこぼれ落ちていく。額に手をやる彼の姿が、なんだか愛おしい。

「あのな。お前らに魅力があるってことはよーく分かってるから、頼むから変なことしないでくれ。俺だってな……いや、なんでもない」
「……そーいうこと本人を前にして言うかな」
「ち、ちょっと照れちゃいますね、あはは……」
「しかし、加蓮と藍子が姉妹、双子か……」
「あ、ユニットとして売りだそうとか思ったでしょ」
「む」
「Pさんがやるって言うなら付き合うよ?」
「……まあ、検討だな。最近はユニットが乱立してるし」

ふと、加蓮はここが小会議室であることを思い出した。
きっとそれは、目の前の彼が仕事モードの表情になっているからだと思う。
そして同時に、自分の表情と感情も作り替えられていることに気がついた。
藍子の隣に座り、彼を正面から見据えていることに、違和感すら覚えた。
……隣に立ちたい。隣に座りたい。
けれど、ここで席を立ったら、その瞬間に一方を壊してしまうことになりそうで――
浮かしかけていた腰を、すとんと戻す。
椅子が、ぎい、と余計な音を立てた。藍子が「ひゃっ」と軽くと飛び上がり、恨めしげな目と訝しがる顔を加蓮の方へと向ける。

「い、いきなりどうしたんですか?」
「ううん、なんでもない。ねえPさん、あのさ」
「おう。何だ?」
「お姉ちゃんが妹の面倒を見るのって、Pさんが私達を――プロデューサーがアイドルの面倒を見るのに似てるかな」
「そりゃ……どうなんだろうな。……ああ、言われてみりゃ似てるかもしれん」
「あはっ」
「……おいなんだそのろくでもないことを思いついた顔」
「べっつにー? ただ、前にやった花嫁衣装の撮影のことを思い出しただけで」
「なんでこのタイミングで思い出――いややっぱりいいぞ言わなくて」
「プロデューサーとアイドルって、家族みたいな関係だと思わない?」
「言わなくていいってーの! それどうせ親子って意味じゃないんだろ!?」

想いは受け止めてくれているのだ。それだけでも、満足は満足だ。
少し足りないかもしれないけれど、加蓮の顔には本音からの笑みがちゃんと浮かんでいた。

「あ。それじゃあ私、プロデューサーみたいなものなんだ」
「次はなんだよ……」
「だって、お姉ちゃんが妹の面倒を見るのと、プロデューサーがアイドルの面倒を見るのって似てるんでしょ? じゃあ、私ってプロデューサーみたいな物じゃないかな」
「お前はまた訳の分からんこと……いや、待てよ? 加蓮がプロデューサーか。アリかもしれないな」
「スイッチ入ったね」
「じゃあ、私も加蓮ちゃんのプロデューサーさんですか?」
「Pさんと藍子にプロデュースしてもらえる人生か……ふふっ、幸せすぎて言葉も思いつかないよ」

パステルカラーのパレットは、多い方がいいにきまっている。
それに、藍子となら彼を共有できるという想いには、一切の偽りも誇張もない。
それに、自分が。
お姉ちゃんみたいなことをやっている自分が、同時にプロデューサーみたいだった、なんて。
彼と並んでいるみたいで、ちょっと、いや、すごく心が弾む。

「何ならリアルに企画でも立ててみる? 北条加蓮プロデュース! みたいに」
「ちょっとマジで検討してみるよ」
「最初は藍子が相手にしてね。知らない子だったら、ちょっと萎縮しちゃうかも」
「あ、そこは私からもお願いしたいです」
「じゃあ、それも合わせてだな」
「ふふっ。私がプロデューサーかぁ……。…………ねえ、Pさん」
「ん?」

「私のプロデュース、やってて大変?」

口に出して、少し、唇が震えた。一応、取り繕っているつもりだけれど、ちゃんと隠せているだろうか。
隣の藍子には、絶対に見抜かれているから。
正面に見据える彼にも、バレているかもしれない。
質問そのものと、バレているかどうか、二重に震える加蓮の気持ちを、察してか察さずか。
彼は、実に軽い気持ちで口にした。

「おう。大変だぞ」

「っ」
「でも、大変だからやり甲斐があるし、どんどん迷惑をかけてくれ。その方が俺は嬉しいから」
「……あ、あはは、落として上げるなんて、やるねPさん」
「え?」
「無自覚なんだ……どうしよう藍子。ちょっと私、体が震えてる」
「よしよし……大丈夫ですよ、加蓮ちゃん。Pさんは、ちゃんと見てくれていますから。……ねっ?」
「ああ。もちろん」
「……ああもう私ってば臆病だなぁ。知ってる癖に」
「加蓮ちゃん。知っていることと分かっていることは、違うんじゃないかって、私、思いますよ」
「なるほど……うん、もう大丈夫だよ、藍子」

心配気な眼差しは引っ込まなかったけれど、取り繕わず笑って見せたら、藍子は素直に身を引いてくれた。
口に出したら、むしろ平気になった。
吐き出す先があった方が、やっぱり楽……なのかもしれない。
場所を用意してくれる2人に心の中で十字を切って、それから。
それから、余裕が生まれた頭で思いついた、別のことを。

「Pさん。さっきの企画、ちょっとだけ訂正してもいい?」
「何だ?」
「最初のプロデュース相手が藍子ってところ。……あ、こら藍子、泣きそうな顔しないでよ。だいたい今だって藍子の面倒を見てるんだから、藍子をプロデュースしてるようなもんでしょ」
「誰か別に指導したい相手とかいるのか?」
「指導したいっていうか……プロデューサーになりたいっていうのかな。ううん、私の中でもよく分かってないんだけどね。私が面倒を見られるのって藍子にだけかもしれないし。でも、ちょっとやってみたいかなって、うん、それだけのことだよ」
「……イマイチ掴めないが、とりあえずそれって誰のことなんだ? 話は、それからまた考えよう」
「うん。それはね――」

そして出した名前に、彼は怪訝な顔をし、藍子は――例えるなら、殺人現場で手がかりを見つけたけれど事件の全貌は分かっていない刑事のような顔で、加蓮の服の袖を、くい、と掴んだ。
その時は藍子も手伝ってよ、なんて言いつつ。
さっきと同じで。
口に出したら臆病な気持ちがなくなったように。
口に出したら、やってみたいという気持ちが、膨れ上がる。

加蓮が口にした名前は、


掲載日:2015年6月15日

 

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