「いちばん最初のレバー」





――北条加蓮の家(夜)――
加蓮の母「加蓮、ちょっと」チョイチョイ


――加蓮の部屋――
加蓮「どうかした? 柚とアイス食べる約束してるから簡単にお願い。柚がレモン味で私がバニラミルク――」
母「あ、ごめんね加蓮。そのアイス、私が食べちゃった♪」
加蓮「…………!?」
母「昨日のほら、加蓮ちゃんがお仕事で夜遅くまで帰って来なかった時にね? 柚ちゃんがあまりに美味しそうに食べるからつい……ね? 柚ちゃんもすっごく嬉しそうで――あ、待って、待って加蓮ちゃん。ダンボールは振りかぶって殴る為の道具じゃないでしょ!? ほ、ほら、お母さんまた買ってきてあげるから!」
加蓮「はー、はー……」
母「もう、冗談冗談。1つは残してあるから。チョコ味のヤツ♪」
加蓮「それ私が柚に食べさせられて甘すぎてダウンしたのお母さんも見てたよね?」
母「…………」
加蓮「…………」
母「それで、話なんだけれど」
加蓮「ハァ……。何?」

母「柚ちゃんの母親って言う人から電話が来たわよ」

加蓮「…………、……!!?」ガタッ
母「今日のお昼頃。柚ちゃんも加蓮も学校に行ってた頃で、まだ柚ちゃんには話してな――」
加蓮「なに!? 柚のとこの家族……なんて!?」ガシッ
母「……落ち着きなさい加蓮。柚ちゃんのことであなたが興奮したら、誰が冷静に聞くの?」
加蓮「今になって柚のこと言うってんなら……ううんっ……でもそんなの冗談じゃ、」
母「えい」ペチ
加蓮「っ」
母「落ち着きなさいってば。聞くこと聞かないと判断なんてできないでしょ?」
加蓮「…………」(身を引いて座り直す)
母「柚ちゃんのお母さんって言う人はね、柚ちゃんはここにいるかって聞いてきた。これはマズイかもってお母さん思ったから、どうでしょうか、ってすっとぼけてみたの」
母「そうですか、って言われてガチャ切りされちゃった」
加蓮「…………」
母「…………」
加蓮「……それ以上は?」
母「なーんにも」ヤレヤレ
加蓮「…………返せ、とかは」
母「さっぱり」
加蓮「…………」
母「ねえ、加蓮」
母「加蓮が柚ちゃんを助けたいって言った時、お母さん、詳しいことは聞かないでおこうって決めたの」
母「すごい顔してたし、加蓮って一度決めたら大喧嘩してでも考えを曲げないでしょ? アイドルの話の時によーく実感したわよ」
母「今はどう?」
母「加蓮。お母さんを味方につけてみるつもり、ない?」
加蓮「……つまり、洗いざらい柚のことを話せと?」
母「もー加蓮ちゃんってば。そんな親の仇を見るような目でー。あっ、私がお母さんだったわね♪」
加蓮「…………」ジトー
母「あ、相変わらず加蓮ちゃんのジト目は心に突き刺さるよね……こう、良心が咎められると言うか……」
加蓮「……、ねえお母さん」
母「ふふっ、何?」
加蓮「私さ……柚がここに来た時、まず柚の心を癒やしてあげないとって思った」
加蓮「正しいことを見つけるんじゃなくて、柚の都合のいい世界を作ろうって。前を向く力を持ってから、それから向きあえばいいって思った」
加蓮「その考え、お母さんはどう思う?」
母「あら加蓮ちゃんらしくない。結果が出たんだから、加蓮ちゃんが正しかったんじゃないの?」
加蓮「!」
母「ふふっ。ねえ、加蓮」
母「そうねえ……加蓮っぽく言うなら、お母さん、加蓮に正しいことをして欲しいとは思わないなぁ」
母「もしそう思ってたら今でもアイドルやることに反対してるわよ♪」
加蓮「……確かにね」
母「もしかしたら加蓮がやってること、あんまりよくないことなのかもね。柚ちゃんは柚ちゃんの家に帰るべきなのかもしれない」
母「まだ15歳なんでしょ? ええと、誰だったっけ……しのぶ、ちゃん? って子みたいに親元を離れて上京したとかならともかく、そうじゃないもんね」
母「でも、加蓮はそうは考えてないんでしょ?」
母どうかしら。お母さんは、加蓮の味方にはなれないのかしら?」
加蓮「…………」
母「ふふっ。アイス、加蓮ちゃんの代わりに食べてあげよっかなー。柚ちゃんを待たせ続けたら可哀想だし♪」
加蓮「お母さん」
母「あら」
加蓮「2つだけ」
母「うんうん、なあに?」
加蓮「1つ。また私の部屋がぶっ壊されるかもしれないけど、柚を責めないであげて」
母「今度はもっと可愛らしいベッドを買っちゃおうかしら。もう1つは?」
加蓮「……もう1つは……」
加蓮「……もしも、ぜんぶ終わった時、柚がここにいたいって言ったら……お母さんとお父さんが、いいって言ってくれたら、だけど……」

加蓮「柚を、本当のうちの子にしてあげたい」

母「…………」
加蓮「…………」
加蓮「……分かってるわよ! 世間知らずの生意気な口だってこと! でも私、」
母「ふふっ。やっと言ってくれた」
加蓮「どうしても――って、……は?」
母「えー、だって普通、思いっきり傷ついてる子が家に帰りたくないって言ってたら最初にその選択肢を思いつかない? 加蓮だって最初から考えていたでしょ?」
加蓮「う」
母「ほらほらー、正直に言っちゃいなさい♪」
加蓮「……ちょっとだけ」
母「でしょう? うんうん、加蓮ちゃんは面倒見が良くて責任感が強くて優しい子だもんね、お母さんの負担になるかもしれないことは言えなかったのよね、うんうん♪」
加蓮「…………」ピキピキ
母「実はこんなこともあろうかと書類は揃えてるのよ。あとは書くだけ。でも柚ちゃんが書かないといけない場所もあるからね。それは分かってるわよね、加蓮」
加蓮「当然でしょ……」
母「ふふっ」
加蓮「ああもう話おしまいっ。私、下で柚とアイス食べてくるから!」スタッ
母「はぁい。あ、そうだ加蓮。1つだけ」
加蓮「何!」クルッ
母「うーん、これは私が言うべきじゃないのかなぁ……。加蓮ちゃん、とってもいいお友達に恵まれてるみたいだし♪」
加蓮「はぁ?」
母「でも、やっぱり親として言わせてね」
母「――加蓮は柚ちゃんじゃなくて、加蓮にも優しくしてあげること」
母「いい?」
加蓮「……はいはい。じゃあね……っていうかここ私の部屋なんだからさっさと出てってよ」
母「えー、つれないわねぇ。そうだ、加蓮ちゃんの日記を探して見ちゃお♪」
加蓮「ぜんぶ引き千切られたんだから残ってないわよ知ってるでしょ!?」
母「もうっ、せっかく可愛い加蓮ちゃんの記録を! ちょっと柚ちゃんをここに呼んできなさい!」
加蓮「嫌に決まってるでしょ馬鹿じゃないの!?」

<ギャーギャー
<ギャーギャー

――リビング――
喜多見柚「あっ、おかえり加蓮サ……お、おつかれ?」
加蓮「た、ただいまぁ……ちょっと親バカいやバカ親相手にねー……」ゼェハァ
柚「えーっ。加蓮サンって時々ケンカするよね。ママとか忍チャンとかと」
加蓮「いいでしょ、別に」
柚「うーん、悪くはないケド……」
加蓮「つっかれたー。さて、私もアイス食べよーっと…………」
柚「あっ」
加蓮「ん? …………」チラッ

(机の上に転がる空容器×2)

加蓮「おい」
柚「あ、え、ええっとですな、これはですな、そのですな」
加蓮「何その語尾」
柚「……加蓮サンが悪いんだよっ、なかなか降りてこないもん! テレビ退屈だしグループチャット誰もいないし!」
加蓮「あっコイツ私のせいにした。あのね、私が誰の為にあんなこと――!」
柚「??」
加蓮「……なんでもない。とにかく、私のアイス返せぇ!」
柚「や、やだっ! アタシは悪くない! 逃っげろー!」ダッシュ
加蓮「コラ待ちなさい! 待てこら、柚!」ダッシュ

<ドタドタ きゃーママ助けてー食べられるー!
<あらまあ
<ドタドタ そっ、そこどいてお母さん! 後ろの子のアイスを吐き出させて私が食べるんだ!
<え、何言ってるのかしらこの子、ちょっとこわいんだけど


掲載日:2015年10月19日

 

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