「フラワーガールは怒ってた(後編)」





前回のあらすじ!
加蓮「アイドルって何だろ?」
夕美「迷ったら行動してみよう! 太陽の光をいっぱいに浴びて!」


――路上――
夕美「うん、この辺っ。よかった、ちゃんと覚えてて♪」

三方に道が伸び、川を背に円形の広場となっている場所で夕美は立ち止まった。

加蓮「何が……? さっきからぶらぶら歩いてたまに立ち止まって……散歩? それはそれでいいけど……」
歌鈴「やっぱり東京は人がいっぱいですねぇ……。あのっ、散歩するならもう少し静かなところはどうでしょうか! お寺とか、神社とか……」
夕美「あははっ、ごめんね歌鈴ちゃん。目的は散歩じゃあないんだ。あー……ゴホンっ」
加蓮「……!」

猛烈に嫌な予感がした。夕美を止めなければと思った。が、遅い。

夕美「みなさーん! 今から私、相葉夕美が、アイドル仲間と一緒にゲリラライブをしまーーーーっす!!」

……!?

加蓮「はあ!?」
夕美「言ったでしょっ。迷った時には身体を動かそう、って!」
加蓮「だからって予告なし、ガチのゲリラライブってどういうことよ!」
夕美「あははっ」

野次馬が一瞬だけ静まる。そして、どっ、と大騒ぎになった。
場が混沌としたのは最初の10秒くらい。「え、マジ……?」「ゲリラライブ……?」「夕美って、あの花のアイドルの……」「うっそ、私超ファンなんだけど!」「写メ写メ!」「ねえ、もしかして後ろにいる2人って……」「巫女アイドルだ!」「歌鈴ちゃんだ!」「あの巫女ツアーの?」「前に商店街でグルメレポしてたの見た!」「後ろにも加蓮ちゃんもいるぞ!」おいちょっと待て。私はオマケか。歌鈴のオマケか何かか。
やがて夕美を中心に半円を作って、次の行動を皆して心待ちにする。

歌鈴「え、え、ええええええええぇぇぇぇぇぇ!?!?」

群衆よりもパニクってるアイドルが後ろにいた。

加蓮「ちょ、夕美!? いきなり何言ってんのアンタ!?」
夕美「あははっ♪ 実はこの通り、プロもアマチュアもよくストリートライブしてるんだ。ゲリラライブだってしょっちゅうあるんだよ。ほら、こんなに騒ぎになってるのに誰も止めにこないでしょ?」」
加蓮「いやそうじゃなくて――」
夕美「私もPさんに拾われる前はよくお世話になってたなぁ……。さ、加蓮ちゃん、歌鈴ちゃん、準備準備! ファンのみんなを待たせちゃ駄目だよっ」

言うが否や、夕美は持ってきたカバンからテープを取り出し、ベンチの下に置いてあるラジカセやアンプ、マイクセットなんかを取り出して次々と準備を……って、

加蓮「え、……え? ちょっ、まさかあらかじめ準備――」
夕美「ううんっ。だから、ここではみんなよくライブしてるの。ご自由にお使いくださいってヤツだね♪」
加蓮「はああ!?」

尽く非常識で非理解の世界が広がっていた。
私が呆然とし、ついでに歌鈴が真っ白けに固まっている中、慣れた手つきで会場をセットする夕美。あっという間に3人分のマイクと(夕美の)新曲デモテープがセットされたラジカセが用意された。
あとは歌って踊るだけ。
……いや、……え?

夕美「私の新曲は分かってるよね? 加蓮ちゃんも歌鈴ちゃんも、一緒に練習してくれたもん♪」
加蓮「まあ……そりゃあ……あ、あのさ夕美。ホントに今から歌うの……? ここで……?」
夕美「もちろんっ。ほら、みんなの方を見て?」

言葉に従い群衆を見渡す。ざわめきが大きく、大声を出さないと夕美や歌鈴と会話できない程だったけれど、彼らは一様に私たちに"期待"の目を向けていた。
スマホを構えている人がいる。誰かに連絡を取っている人がいる。両手を握って驚きと笑みを混合させている少年がいる。
それから、目を輝かせている子供がいる。

加蓮「……アイドルを待つ、目」
夕美「うんっ。じゃあ、やることは1つしかないよね?」

もうここはアイドルのLIVE会場だった。歌い始める10秒前の雰囲気。
……そうと分かれば、頭が勝手に切り替わる。
ラフな格好は庶民派アイドルの衣装で、適当に降ろした髪は新たな一面。

加蓮「歌鈴」
歌鈴「は、はいっ。ええと、歌えばいいんですよね! ……やりますっ。いえ、やれます! 私だってアイドルですから!」

スイッチが入っている。彼女もまたアイドルなのだから。足ががくがく震えながら、でも夕美から手渡されたマイクは手放さない。
その意気だよ! と夕美が獰猛な笑みを見せた。その表情のままで、加蓮ちゃんも、と猛禽の目がこちらに向く。

アイドル。
私は、アイドルだ。
どんなアイドルか?
それは、やった後で考えよう。

加蓮「……うんっ」
夕美「加蓮ちゃんも気合十分だねっ♪ それじゃ……行きます! 今度発売する私の新曲、『Smile Smile Flower』! スペシャルバージョンでお届けするよ!」

ワアアアアアアアアアア――――――――ッッッ!!!!
と、怒号のような歓声が震え響いた。
夕美が、ラジカセの再生ボタンを押す。
最後にはっきりと見たのは、歌鈴の青くも決意に秘めた顔。
歌い出しが聞こえた瞬間、意識が輝白色に包まれる。

……。

…………。



――事務所――
当たり前のことだけど私と歌鈴はPさんから死ぬほど怒られた。夕美も、夕美の担当プロデューサーと揉めたようだ、
……ただ、一方的に怒られていた訳ではないらしい。小会議室の方からはしばらくの間、夕美と、彼女の担当のものであろう男性の怒号が響き渡っていた。
ビンタといいゲリラライブといい、夕美って何者?

加蓮「はー…………お疲れ、歌鈴」
歌鈴「は、はいっ! ……Pさんにいっぱい叱られてしまいましたね」エヘヘ
加蓮「なによ嬉しそーに。普段はPさんPさんって狗みたいなのにさ」
歌鈴「あはは……。でもPさんが最後に笑って許してくれたので、おあいこです!」
加蓮「そっかー」

歌鈴の言う通りだった。こってり絞られた後に、私たちの行動がどれほどの反響を呼び、またその場にいなかった人から羨望を向けられたかを語ってくれて、それから。
次にやる時は自分に相談してくれ、という条件だけつけられて、私達は許された。

歌鈴「あ、あのっ。私は加蓮ちゃんのお悩みはよく分かりませんけど……っ。藍子ちゃんと仲直りする為の何かは、見つけられたんですか!?」
加蓮「んー……」
歌鈴「あ……やっぱり1度で円満解決なんて難しいですよね!? ちょっと烏滸がましかったかも……」
加蓮「ううん。なんだか……なんだろ。見えてなかった物が見えてきたっていうか、忘れてた物を思い出したっていうかさ」
歌鈴「はぁ……。じゃあ、よかったってことですか?」
加蓮「うん、きっとね。それにありがとね歌鈴。ふふっ、歌鈴と一緒のLIVEでヒヤヒヤするの、けっこう好きだよ、私」
歌鈴「あーっ! そそ、それ、私がドジだってことですかーっ!?」
加蓮「だって自分でよく言ってるじゃん」
歌鈴「わっ、私だってドジは治してるつもりなんです! 今日だって3回しかミスってません!」
加蓮「いやいや、3回もミスれば十分にドジだって」
歌鈴「ううぅ……次、次こそは……っ!」
加蓮「……あははっ」

あと、次に期待するのが楽しみだ、なんて思ってみたり。

加蓮「じゃあね歌鈴。今日はすっごく楽しかったよっ」
歌鈴「はい! 私も楽しかったです! それでゃ!?」
加蓮「あ」
歌鈴「…………あうぅ……そ、それではまた、って言いたかったんです……!」
加蓮「し、締まらないなぁ、もう……。じゃあまたね、歌鈴」

事務所を出て、大きく息を吸って。星のいない空を見上げた。
東京の空は真っ黒だけれど、道筋が見えない程ではない。
こっちへ歩いていけばいい、って方向は、ちゃんと私の中にある。



掲載日:2015年10月2日

 

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