「フラワーガールは怒ってた(前編)」





――事務所の談話室――
相葉夕美「えっと……ほ、ホントにいいのかな? その、思いっきりやっちゃって……」
北条加蓮「いいってば。ひとおもいにやっちゃってくれた方が私も楽だもん」
夕美「う、うぅ…………。……ごめんね?」
加蓮「うん。私こそ、ごめんなさい」
夕美「すうっ…………加蓮ちゃんの、ばかああああああああああああ――――っ!!」

バチーン!
と、強烈なビンタが炸裂した。

夕美「はーっ、はーっ……うんっ、スッキリした!」
加蓮「い、ったぁ……ホントに手加減なしだね……」
夕美「ありがとね加蓮ちゃん。……ご、ごめんね? 少しやりすぎちゃったかも」
加蓮「いいってば。藍子のこと傷つけたのは事実なんだし。むしろこれくらいやられた方が私もスッキリするよ。……ね、歌鈴」
道明寺歌鈴「」
加蓮「…………歌鈴?」
歌鈴「ひゃっ。び、びびびっくりしてましたあっ! ごめんなさいっ! その、夕美ちゃ、夕美ちゃんがビンタを……はわわわわわわ」
加蓮「やるって宣言してやったんだからそんな驚くもんじゃないでしょ……」
夕美「よしっ。あんまりネチネチ言うの私も好きじゃないし……これで、私は加蓮ちゃんを許しますっ」
加蓮「ん……」
夕美「できるだけ早く仲直りしてあげてね? 藍子ちゃんがまた、素敵な花を咲かせられるように♪」
加蓮「善処します」
歌鈴「はぁーっ……びっくりしたぁ……。あ、あの! 私も思いっきり、び、ビンタした方が……?」
加蓮「いや、やりたくないならやらなくていいっていうか……それで発散できるならそういうのもアリだよっていうかさ……」
夕美「そうそう♪ 無理にやることはないよ。私はただ、思いっきりスッキリしたかっただけだもん。加蓮ちゃんもいいって言ってくれたしさ」
歌鈴「はわー……。私は……振りかぶった瞬間に転んじゃいそうだし……あはは……」
加蓮「確かに、歌鈴ってここ一番で気合を入れたらヤバイことになるよね」
夕美「リラックスだよ、リラックス♪ 今度、花のハーブでもあげよっか?」
歌鈴「あ、ありがとうごじゃ!(噛んだ……!)」
加蓮「あーあー」
夕美「でもなんだか加蓮ちゃんらしいよね。一生懸命にやってて、周りを忘れちゃうなんて」
加蓮「……悪かったってば」
夕美「ああっ、違うよ違う、褒めてるんだよ! それってすごいことじゃない? 自分のやりたいことを一生懸命にやってる人、私は見るの好きだな♪」
加蓮「そう……それならきっと、夕美は歌鈴を好きになれるね」
歌鈴「ふぇっ? 私、ですか?」
夕美「もちろん歌鈴ちゃんもだよ! …………そうなの?」
加蓮「知らないのに言ったんだ……」
夕美「ついノリで」タハハ
夕美「ねえ歌鈴ちゃん。今度、一緒に自主レッスンしよっか! 私、歌鈴ちゃんがどんなレッスンやってるか気になるなっ♪」
歌鈴「わ、私のレッスンなんて……転ばないようにいっつも気をつけてるばっかりで、そ、そんなに面白くないかもしれませんよ!?」
夕美「いーからいーから」
歌鈴「はわわ…………」
加蓮「…………」

ベクトルは違うかもしれない。でも、夕美も歌鈴も一生懸命にアイドルをやっている。
2人と私。何が違うのだろう。どうして私は、捨ててはならない物を切り捨ててしまったのだろう。
……きっと、自分勝手なだけだ、私は。

夕美「加蓮ちゃんっ♪」ノゾキコミ
加蓮「わ。……何? びっくりした」
夕美「考え事してるみたいだったからっ。反応があと5秒遅かったら噛みつくところだったよ♪」
加蓮「噛み……?」
夕美「悩み事? そーいうのって、人に話した方がスッキリしない?」
歌鈴「あっ、それ分かります! 1人で悩んでもどうにもならないっていうか、みなさん頼りになるから私の悩みを聞いてくれて……!」
夕美「うんうんっ、だよね。さ、加蓮ちゃん」
歌鈴「な、なんでも話してください! 私だってお役に立ってみせます! …………きっと!」
加蓮「…………あはは」

藍子のことだけじゃない。
私の周りに、軽い人なんていない。
……もっともっと、叩きこまなきゃ。私が、私に。

加蓮「ねえ、夕美」
夕美「なに?」
加蓮「夕美にとって、アイドルって何?」
夕美「うーん……やっぱり、花を咲かせること、かな。自分だけのお花。私でも咲き誇れるんだって、Pさんに教えてもらったから♪」
加蓮「花、か……」
夕美「私ね、Pさんに会う前からストリートライブはやってたんだけど……ずっと、つぼみですらなかったんだ。太陽のない種みたいな?」
加蓮「ふうん」
夕美「だから、加蓮ちゃんの質問にはこう答えるよ。自分っていう花を咲かせること♪ 太陽があっても、花が咲こうと思わないと咲けないんだよ。まずは、自分から芽を出さなきゃ!」
加蓮「そっか。夕美らしいな」
夕美「そう?」
加蓮「うん。歌鈴は……ま、歌鈴は歌鈴か」
歌鈴「ふぇっ? あ、えと、夕美ちゃんはすごいなぁって思ってたので……えっと、アイドル、ですよね?」
加蓮「アイドル」
歌鈴「アイドル……アイドルは今、私は今、絶賛探し中です!」
加蓮「……あれ?」

思ってた答えとだいぶ違う。

夕美「探し中? それってどういうこと?」
歌鈴「ずっとPさんの為にって思ってましたけど……Pさんは、それだけじゃ駄目だって……。だから今、アイドル歌鈴はアイドルを探し中ですっ」
加蓮「…………」
歌鈴「転んでばっかりでも、いつか道を見つけてみせますから! その時になったらまた、Pさんにお願いしますって言うんです。歌鈴をお願いします、と!」
加蓮「……そっか」
夕美「わぁ、なんだかカッコイイかも! いい道が見つかるといいね、歌鈴ちゃんっ」
歌鈴「はは、はいっ!」

探し中、とは言うけれど、歌鈴の瞳に迷いはなかった。
……否が応でも、あの時のLIVEを思い出す。私と歌鈴で、藍子と夕美に挑んだ時のこと。
組む前は、ドジばっかりで藍子やPさんに甘えてばっかりの、うっとうしい奴としか思ってなかった。
即席でもユニットを組んで、人の為に生きる強さを知った。
そして今も。
だって……だってこの子、アレだもん。柚が延々悩んで苦しんでようやく見つけた道を、最初から見据えているみたいだから。

夕美「質問するってことは、加蓮ちゃんは迷子になってるってことかなっ?」
加蓮「まー、ちょっとね」
歌鈴「そうなんですか? だって昨日のレッスンだって絶好調で……私なんてトレーナーさんに呆れた目で見られちゃったんですよ? 加蓮ちゃんはあんなにうまいのにどうしてこっちは、って」
夕美「いや、そんなひどいことは考えてないと思うんだけどなあ……」
夕美「あ、そうだ。加蓮ちゃん。もしかしてそれって、藍子ちゃんの件と関係してる?」
加蓮「これまたちょっと」
夕美「そっかー。じゃあさ。迷ったら行動してみようっ♪」
加蓮「行動? でもレッスンスタジオは今空いてないっていうし……」

何を隠そう、フリルドスクエアの4人が使っている。
そりゃ一緒に使わせてもらうくらいはできるだろうけど、今、あの4人の前に私が姿を見せると……その、いろいろとね?

夕美「そうじゃなくて。外だよ、外!」
歌鈴「そ、外ですか??」
夕美「うんっ。太陽の光をいっぱい浴びて、思いっきり体を動かそう! ん〜〜〜っ! って感じで!」

思いっきり背伸びをしてみせる夕美。ジェスチャーはともかく、提案は悪くなかった。
部屋の中でグチグチと考えててもいい答えは出てこない。行き先がなくても動いた方がいい。
頷いて見せると、じゃあ出発〜♪ と、何の準備もなく夕美は先立って談話室を出て行った。
とりあえずついていくことにした。後ろでドジ巫女がよろけていたが放っておいても大丈夫だろう。きっと。

……この時は、「体を動かす」という言葉がそのままを意味しているとは想像もしていなかった。



掲載日:2015年10月1日

 

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