「子供は教えたくて教えたくてしょうがない」





――北条加蓮の家(夕方)――
北条加蓮「ただいまー……」
喜多見柚「お帰りなさい加蓮サンっ! あのねあのね!」

帰宅するとアホの子がアホの顔をしていた。

柚「今日LIVEがあったんだ! それでねっ、メインは穂乃香ちゃんだったんだけど穂乃香チャン凄いんだよ! もう体がこうどんだけ曲がるんだ〜ってくらいにぐね〜ってなって! 忍チャンが真似しようとしてたら転んじゃって来てくれてたみんなに笑われちゃってた! そしたら忍チャンがムキになってね、それで次の歌の時に穂乃香チャンとバトルするようにとりゃー! って感じですごい歌ってて、」
加蓮「ちょ、ちょっと待ちなさい柚。LIVEがあったことは知ってるけど、いきなりまくし立てられても訳分かんないから……」
柚「そ、そっか。えとね、とにかく今日LIVEがあったの! 晩ご飯の時に話すねっ。ママにも聞いて欲しいんだ!」
加蓮「うん、そうしなさい。お母さんも聞いてくれるよ。でも、話す時は落ち着いて話しなさいよ?」
柚「いえっさー!」
加蓮「それと、LIVE……見に行けなくてごめんね」
柚「いーのいーの。次の柚のLIVEには来ること! アタシからの命令っ」
加蓮「はいはい、しょーちしました」
柚「……やっぱりお願い! 命令なんて偉そうなのアタシやだ!」
加蓮「ふふっ」
柚「ご飯まだかな、ご飯まだかな! 加蓮サンっご飯まだ!?」
加蓮「私が作るんじゃないんだから……。いいよ柚。私の部屋に行こ? 晩ご飯にならなくても、私が話を聞いてあげるから」
柚「やたっ! あ、でも、ママにも話したいな……」シュン
加蓮「……ご飯の時間まで私に話して、ご飯の時にも話せば?」
柚「いいの!?」
加蓮「いいよ。柚の話は何度聞いても面白いし」
柚「ホント!?」
加蓮「ホント」
柚「ありがとう加蓮サンっ。大好き!」ギュー
加蓮「わ、ちょ!」

押し倒す勢いで抱きついてくる。
鬱陶しいけれど、鬱陶しいのが柚だ。
鬱陶しいくらい素直なのが、見ていて楽しい柚だ。


――加蓮の部屋(夜)――
柚「それでね、穂乃香チャンがあのブサイクの話を始めちゃって。あずきチャンが割り込もうとするけどマイクが入ってなかったんだ! そしたら忍チャンが、はいっ、って渡してあげてた! これで終わるのかなーって思ったらあずきチャンまで穂乃香チャンに乗っかっちゃって! もー大変だったんだよっ。アタシがビシッ! と止めてなかったら、今日のLIVEはぴにゃこら太祭りだったよっ! あ、でもそれも面白そう? ……ギャー! アタシまで穂乃香チャンに乗せられてる!?」
加蓮「穂乃香ちゃん、あの緑色が好きだもんね」
柚「そうそう! でも穂乃香チャンのお陰でブサイクのグッズがいっぱい出てるんだよ! アタシ達のLIVEでも売ってて、売り切れになってた! ……でも柚的にはビミョーなんだよね。だってブサイクだもん。それよりアタシ達のグッズ買ってよ! で、でもっ、それも照れちゃうカモっ。あんまり見ないで……ううんっ、えと、でも、やっぱり見てっ」
加蓮「どっちよ、もー」

ご飯を食べるまで1時間30分。ご飯の時間が30分。お風呂の時間が1時間。上がってから1時間。
ずーっと柚が喋りっぱなしで、でも退屈はしない。
なんだか同じ話を2回も3回も聞いている筈なのに、その度に口調も言い方も違ってて、身振り手振りも変わってて。
冗談抜きに、飽きない。

柚「――そんなワケでいろいろあったケド、でも楽しかった! みんなで、わーっ! ってなったとことかもう最高っ! 次もみんなで楽しくやろうねって約束しちゃった! 約束しちゃおう大作戦! なーんて、あずきチャンの真似っ」
加蓮「そっか。お疲れ、柚。柚が楽しそうにしてたこと、すっごくよく分かったよ」
柚「分かってくれる!? ふっふっふ〜、加蓮サンはきっと見に来れなかったことをすごく後悔する筈だ〜」
加蓮「うんうん。後悔してる」
柚「へへっ♪ 実は忍チャンとの作戦だったんだ。加蓮サンに胸を張って伝えられるようなLIVEにしよう、って!」
加蓮「胸を張るならプロデューサーさんとかにしときなさいよ」
柚「Pサンにもだよ。でも加蓮サンにも!」

……柚の話を聞いて気付いたことが、1つある。
私は思い上がっていた。柚の問題と向かい合っていた時、私が関わるのはおかしいと違和感を抱いていたこと。
柚はそんなこと、ぜんぜん気にしてなかった。
たぶん他のみんなもだろう。
……忍は悔しそうにしていたけれど、あれは意地っ張りだってことにしておけば。

柚「あ……アタシ喋り過ぎちゃったカモ? ゴメンね加蓮サン」
加蓮「謝ることなんてないよ。楽しいのはホントだもん」
柚「えへっ。楽しいことを楽しいって言えるのって、すっごく楽しいね!」
加蓮「うん? どゆこと」
柚「えっとね……アタシ、こうやってLIVEのこと誰かに話すの、やってみたかったんだっ」
加蓮「……そか」
柚「みんなとは作戦会議って感じだし! 家に帰って、LIVEあったよーって言って、いっぱいお話したくて」
柚「だから次のLIVEもゆる〜く頑張って、加蓮サンにいっぱい話すんだ!」
柚「……あっ! これ、アタシの目標になるかも! わわっ……なんだか、うわーっ! って感じがする!」
柚「ゆる〜くじゃなくてすっごい頑張ろうって気持ちになる! えと、ありがとね加蓮サン!」
加蓮「いや私は何もやってないよ……」
柚「でもありがと!」
加蓮「……はいはい。どういたしまして」

アイドルになった理由。アイドルをやる目的。
柚はずっと曖昧なまま、なんとなく楽しいからって理由で続けていた。
何か指針が見つかるのならば……まあ、私も役に立ったのかな……?

加蓮「でもあんまり興奮したら眠れなくなるよ? ほら、そのやる気は明日まで覚えておきなさい」
柚「えーっ。うぅ、それはちょっと難しいカモ……。アタシ、寝たらいろんなこと忘れちゃうから」
加蓮「それなら私が覚えておいてあげるから。ほら、もう23時だよ……私、もう寝たいんだけど」
柚「はーい。加蓮サンって意外と早寝早起きだよね。もちょっと夜更かしとかしてるのかと思ってたケド」
加蓮「規則正しい生活に慣れきっちゃってるからね。寝ないなら寝ないでいいけど静かにしてよ? 間違ってもCDとかかけないようにね」
柚「はーいっ。……ウズウズ……ウズウズ……」
加蓮「ああ、駄目だこれ、やるなって言ったらやりたくなる奴だ……」
柚「(・ω<)」
加蓮「もー」
柚「やっぱり柚も一緒に寝る! 加蓮サンとなり空けて〜」
加蓮「はいはい」

布団に入る、というより、布団を掘る勢いで入り込んできた柚は、私が隣に並んで寝転がるのを見て、えへへ、と笑った。

柚「加蓮サン、今日もあったかい」
加蓮「…………電気消すよ」
柚「はーい。ぎゅー」
加蓮「まったく。甘えん坊」
柚「うん。あまえんぼでいいんだ。素直にあまえるって決めたんだ……甘えるアタシもヘンじゃないって、加蓮サンが言ってくれるから……」
柚「ねえ、加蓮サン」
加蓮「ん?」
柚「アタシ、もっともっとアイドルやって、もっともっと見つけて……」
柚「いっぱい、たのしいこと……」
柚「…………グー」
加蓮「…………」

耳にマシンガントークが残っている間に寝息が聞こえてくる。ちょっと変な感じ。
苦笑しつつ、私も目を瞑る。
やりたいことがなくても、目標がなくても、でも柚はずっと、楽しそうに頑張っていた。
楽しく頑張ろうとし続けていた。
見ている私まで、頬が綻んでしまう程に。

腕の中の小さな少女が、無性に愛おしくなった。
頭を優しく撫でてあげたら、ふみゅ、と心地よい寝息と、えへぇ、という無邪気な笑顔を返してくれた。


掲載日:2015年10月3日

 

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