「立っている者は自分でも使え」





――病院の待合室――
心療内科への相談は、名刺をもらうだけに留めておいた。

北条加蓮「…………」
喜多見柚「…………加蓮サン、怖い顔してる」
加蓮「えっ? ああ、ごめんごめん。どうもここにはいい思い出がなくてねー。それに、そこら中に知り合いがいるものだから、つい気が尖っちゃって」
加蓮「ちっちゃい頃の自分を知られてる相手って、なんか会うの気まずくない?」
柚「わかんない」
加蓮「そっか。まあでも、縁の地だからこそスムーズに話が行ったっていうか、必要以上のことを突っ込まれなかったというか。ふふっ。柚、私に感謝しなさいよ?」
柚「うん。アリガト、加蓮サン」
加蓮「ふふふっ」

15歳の女の子が痣だらけで病院に行ったら、ちょっとした問題になりかねない。
怪我をしただけならまだしも、この年齢だとまだ、暴行事件のみならず虐待事件の可能性が疑われる。
話が内々で終了したのは、私の説明が役に立った、筈だ。
……私の過去が役に立った、筈だ。
さすがに嬉しくはない。

加蓮「傷、まだ痛い?」
柚「うん。ずきずきって。触ったら、何かがぶわってなって」
加蓮「そっか。そっとしとかないと駄目だよ。ほら、お医者さんはすぐ治るって言ってたじゃん。つんつんしてると逆に悪くなっちゃうよ〜?」
柚「じゃあ、つつかない」
加蓮「ん。……ところでさ、それ、暑くない?」

柚はフードをひどく目深にかぶっていた。隣に座る私からは、目と鼻くらいしか見えない。
口元が確認できないものだから、例え笑っていたとしても、それが本心なのか、作っているのか、わかりにくかった。

柚「これ、なんだか落ち着く」
加蓮「そう」
柚「ひきこもりになった気分カモ」
加蓮「柚には世界一似合わない言葉だね」
柚「ひきこもり系アイドルっ」
加蓮「それはよその事務所にいるでしょ? 他を狙いなさい他を」
柚「じゃあ、引きこもらない系アイドルっ」
加蓮「……もうそれでいいわよ」
柚「アタシ、まだアタシのことをアイドルって言っても大丈夫?」
加蓮「大丈夫大丈夫」
柚「そっか」

声色が優れない。ぼうっとカウンターの方を見ているだけで、何を考えているのかはよく分からない。
どれを気にしているのだろう。
私に叱られたこと? 藍子に怒鳴ったこと? フリルドスクエアのこと?

加蓮「……定期検診、最近やってもらってないなぁ」
柚「検診? 加蓮サンもお医者サンに見てもらうの?」
加蓮「まあね。ときどき。……私はいいって言うんだけど、お母さんとお父さんがホントうるさくて。あとPさんもね」
柚「加蓮サンは愛され者だ」
加蓮「ただのお節介でしょ」
柚「アタシがお医者さんのところに連れてってあげる。加蓮サンもお揃いで見てもらおっ」
加蓮「あ、馬鹿なことすんなっ。だいたいお揃いって何よ……ああもう」

止めようにも柚は私の腕を引っ張りながらずんずんと歩いて行って、そこら辺の看護師に話しかけようとして……。
つい、とそっぽを向いて、さっきとは違うベンチに腰掛けた。

加蓮「話しかけないの?」
柚「……やっぱやめ」
加蓮「くすっ。変なの」
柚「アタシは今は加蓮サンだけでいいやっ。ね、ね、加蓮サン、いっぱい話そ」
加蓮「はいはい」
柚「昨日の晩ご飯のこととかっ」
加蓮「同じものを食べたでしょ? しかも作りおきをレンジでチンした奴だから微妙に美味しくなかったし」
柚「アタシは好きだけどなー。加蓮サンの、お母、さ……のハンバーグ、超絶品!」
加蓮「本人に伝えてあげて。死ぬほど喜ぶから」
柚「はーい」
加蓮「……にしてもあとは精算だけなのに遅いわね。さっさと帰りたいのになぁ」
柚「加蓮サン、忙しいの?」
加蓮「別に。あんまりここが好きじゃないってだけで……だから柚。もう2度と、ここに用があるようなことはしないでよ?」
柚「……はーい」
加蓮「こら、こっち向けっ」ガシ
柚「…………」ササッ

両手で顔を掴みこんだら、柚はフードで目を隠した。
……そういえば昨日以来、柚の目をちゃんと見ていない気がする。
見られたくない本音と、見られたい本音。
今は、前者の方が勝っているということだろうか。

加蓮「お昼ごはん、どうする? 一応、お母さんがお弁当を作ってくれてたと思うけど……」
柚「じゃあまっすぐ帰ろう。加蓮サンと、一緒のテーブルで食べるんだ」
加蓮「そんなの当たり前――……そうだね。一緒のテーブルで食べようか」
柚「うん。あっ、アタシ加蓮サンの右ね! 右!」
加蓮「じゃあ今日は私の右の席に大きなぬいぐるみでも置いてっと」
柚「なんで!? それに加蓮サンぬいぐるみなんて持ってないっ」
加蓮「代わりに学校の鞄でも」
柚「うー。じゃあ左に座るもん」
加蓮「残念、私は一番左の席に座るから、左に椅子はないよ」
柚「なら加蓮サンの膝の上!」
加蓮「……それはさすがに無理がないかな」
柚「…………膝の上……」
加蓮「ん? ……ああ、藍子か。…………」

藍子。
膝の上。
……膝枕。

加蓮「…………」
柚「…………」ブルブルッ
柚「あれ……加蓮サン? ……おーい、加蓮サーン?」ブンブン

最後にしてもらったのはいつだったか。少なくとも、柚と一緒に見た藍子のLIVEの時よりも前だった筈だ。
そもそも、最後に藍子とちゃんと話したのって、いつだったっけ。
……ううん。
今は、柚のことが最優先だ。

加蓮「ごめん、ちょっと考え事。そうだね。お昼ごはんを食べ終わったら学校の勉強でもやろうかなって」
柚「べ、べんきょう!? 柚そんな言葉知らない!」
加蓮「徒然なるままに日暮し――」
柚「やめてー! その呪文はだめー!」
加蓮「ふふ。弱点、見ーつけたっ♪」
柚「ぅう……アタシ弱点だらけだもんっ。あんまりいじめないで!」ササッ
加蓮「ごめんごめん。お詫びじゃないけど、帰りに何かお菓子でも買ってあげよう」
柚「お菓子!」パアア
加蓮「単純だなオイ。お昼ごはんがあるから、軽めにね?」
柚「じゃあアタシ……でも、お店、行きたくない」
加蓮「いいの。私が買ってきてあげるんだから、柚はお店の外で待って――」
柚「やだ!」グイ

言葉を遮って、柚が私の腕にしがみついた。
ぎゅ、と顔を押し付けて、ぶるぶると震えている。
……少し、無責任な発言だったかもしれない。いや、そんなことは今更だけれど。
私は正しい知識を持った誠実な医者ではない、ただのひねくれ者で人をからかうのが大好きなアイドルなのだから。

加蓮「じゃあ、お菓子は家にある物を食べよっか。お昼ごはんの後に」
柚「……うん」
加蓮「よし。……あ、柚の名前が呼ばれたね。はいはい、今行きますっと」スタッ
柚「…………」ズルズル
加蓮「…………せめて自分で歩こ?」
柚「う、うんっ」

お金を支払って、柚と手を繋いで、病院から出て行く。
自動ドアをくぐって外に出た途端に、涼しい風が吹き込んできた。
すごく気持ちよかった。建物の中は空気が篭っているし、独特の臭いもするし。

加蓮「ん〜〜〜。涼しくなったなぁ。もう秋だ」
柚「…………秋になったら」
加蓮「ん?」
柚「みんなで、焼き芋するって約束してたんだ。……アタシ…………」
加蓮「約束は守らなきゃね。でも、焦っちゃうまくできなくなるよ。今はゆっくり休もうよ」
柚「……うん。ゆっくり、がんばる」
加蓮「頑張らなくていいってば」

帰ったらお弁当を食べて、そうしたらリビングでお昼寝でもしよう。
家の中に飽きたら、家具でも買いに行こう。
そうやって、ゆっくり、ゆっくりと。
……いつも焦ってばかりだから少しはゆっくりすればいい、とよく言われて生きてきた。
奇しくも、その人達の理想通りになっている今は。
端の端まで、皮肉まみれな状態だと思う。


掲載日:2015年9月12日

 

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