「立っている者を使ってくれ」





――収録現場――
昔から、Pさんにはずっと迷惑をかけてきた。
だから、ワガママを言うのはかなり気が引けたけれど。

P「……お疲れ、加蓮。すぐ後に雑誌の取材があるけど、体力は大丈夫か?」
北条加蓮「お疲れ、Pさん。うん、いける。でもちょっと疲れちゃったから車の中で横にならせてね」
P「ああ。……あんまり無理はするなよ? 取材くらい1日2日延ばせるんだから」
加蓮「無理だよ。それは駄目」
P「……あまり無理は」
加蓮「ううん。明日や明後日に……ちゃんと出てこられるか、なんて、どこにも保障がないんだから」

小さい頃、明日の予定を考えることが苦痛で仕方がなかった。
アイドルになりたての頃、数日単位で予定を組まれることへの違和感が拭えなかった。
今は、ずっと先の出来事だって想像できる。
……いつもの、私なら。私1人なら。

P「加蓮」つスポドリ
加蓮「うん。……ありがと」ゴクゴク
P「……続きは車の中で話そうか。俺、ちょっと挨拶回りしてくるから、先に車で待ってろ」
加蓮「ううん、私もPさんについていくよ。……えー、何その顔。人当たりのいい顔をすればいいんでしょ? 大丈夫大丈夫。そういうのは得意なんだから、任せてよ」
P「それはそれでどうなんだよ……」
加蓮「仕方ないじゃん。そういう生き方をしてんだから」


――車内――
後部座席に横になる。古ぼけた毛布があったから手繰りよせて、剥き出しの足にかぶせてみた。
寒くも暖かくもないけれど、ちょっとだけ落ち着く。
……落ち着かない。
無意識のうちに指先でスマホの液晶画面をなぞっていた。連絡がないのは無事の便り、なんて言うけれど、あの子は何かあってもきっと連絡してこないだろうから。

P「……いいんだぞ? ちょっとの間くらいなら、つきっきりになっても」

運転手のPさんが、見咎めて言った。

加蓮「何のこと?」
P「さっきからずっとポケットの中を気にしてて、すっとぼけられると思うなよ」
加蓮「……あはっ。Pさん、どこ見てんのよー」
P「はいはい悪い悪い」
加蓮「いいの。私はアイドルなんだし、私を待ってくれるファンがいっぱいいる。LIVEでも、1つの取材だけでもね」
加蓮「それに、もし私までアイドルをやらなくなったら……自分のせいだ、なんて思われるかも」
P「……加蓮は優しいんだな」
加蓮「冗談はやめてよ。こんな奴」
P「そこまで言うなら無理にとは割り込めないけど……分かった。でも、加蓮。疲れている時くらい素直に休め。さっきも言ったけど、取材……というか、今の加蓮なら、仕事の1つや2つ、断ってもすぐ次を用意できるくらいなんだから」
加蓮「Pさんがとってきてくれたお仕事にそんな失礼なことできないよ。Pさんができるって言っても、私にはできない」
P「じゃあ俺の権限だ」
加蓮「……むぅ」
加蓮「っていうか、私、そんなに疲れてるように見える? 学校とアイドルはいつも通り……どころか、いつもよりちょっと減らしてもらってるのに」

軽い口調で言ったら、Pさんが愕然とした顔で固まった。
それから、くい、とバックミラーを顎で促される。
起き上がっても視界が少しぼやけていたので、鞄から手鏡を取り出した。
そこには……病的なまでに青白い顔が映っていた。
いやまあ、病弱系女子だもんね、私。
……なんて冗談を言えないくらいに。

加蓮「……なにこれ」
P「やっぱり気付いてなかったんだな。さっきの現場でも、結構な人が心配してたんだぞ? お前の身体が弱いってのはだいたい知られてるけど、にしても今日は酷いって」
加蓮「そっか……だからやけにお節介が多かったんだ」
P「親切って言ってやれ。どうする? 午後からの取材。今からでもキャンセルはできるが」
加蓮「ううん。取材。いつものファッション雑誌だよね……流行の予測をするヤツ。大丈夫、それくらいなら……考えなくても、答えられるから……」
P「…………」
加蓮「あの子の……柚の為にも、弱いとこは見せられないよ」

起き上がろうとして、身体に錘がついているような錯覚に陥った。
それでも上半身をバネにして、ちゃんとした格好で座る。
前に……柚が初めて私の「深夜の特訓」を見た時、柚が担当プロデューサーさんに話して、そこからPさんへと伝わったらしい。
それはつまり、Pさんの前で弱いところを見せていたら、それが柚の担当プロデューサーへ伝わり、柚が知ることになる可能性がある、ということ。
柚とその担当の回線は、今は潰していないのだし。

加蓮「……Pさんはすごいなぁ」
P「なんだよ急に。熱まで出たか」
加蓮「あ、それひどい。私が素直になったら熱っぽいってことー? Pさんまでそういうこと言うんだ、ふーん」
P「……で、何が凄いと? 俺はただのプロデューサーだよ」
加蓮「だって、いっつも私達の為に頑張ってくれるもん」
P「プロデューサーとして当たり前のことだ」
加蓮「当たり前なんかじゃない。今、身を持って思い知ってるよ。……人の為に生きることが、こんなにキツイことだったなんて」
P「そりゃ単に、加蓮が不慣れなことに挑戦してるだけだろ」
加蓮「もー。謙遜しすぎ」
P「悪かったな。お前じゃないがそういう人間だ。で? 疲れてるならやめろって言っても、お前はどうせやめないんだろ」
加蓮「もちろん」
P「…………」

彼は少し思案して――赤信号で車が止まっているのをいいことに、くるり、とこちらを振り向く。

P「なら、俺は加蓮のサポートをする。それがプロデューサーの役割ってもんだからな」
加蓮「ありがと」
P「今日の送迎だって……お前はすごく申し訳無さそうに頼んできたけど、もっとじゃんじゃん言ってくれ。取材が終わったら家まで送り届けるし、必要なら加蓮の家まで言って仕事場まで連れて行く」
P「なんなら学校への送迎もするぞ?」
加蓮「やめてよー……恥ずかしいじゃん。お母さんならともかく、クラスメイトに見られたらなんて言われるか」
P「それだけ心配だし、今のお前はヤバそうに見えるってことだよ」
加蓮「…………」
P「何かあったら聞くぞ? 大丈夫、他の人に漏らしたりはしないから」
加蓮「……もっと、叱ってくれてもいいのに」
P「うん?」
加蓮「アイドルの癖に何やってんだ、とか、人のことにかまけている場合か、とか」
P「いや、そんなこと言われてもな……加蓮が柚ちゃんのことを大切に思ってるのは、俺にも分かるしさ」
加蓮「…………」
P「なんだよその疑いの目は。……っと、青信号か」
P「あんなに心待ちにしてたバースデーLIVEの日に、駆け込むが否や頭を思いっきり下げてLIVEを中止にさせてくれって言って、話が通ったら即座に家に帰って」
P「んな姿を見て分からない奴の方がおかしいだろ。今の加蓮が、何の為に行動してるかって」
加蓮「…………」
P「っと、そろそろ指定されてるファミレスだな。どうだ。行けそうか、加蓮」
加蓮「……ん、もちろん。すぐにモード切り替えるからちょっとだけ待ってて」
P「ああ」
加蓮「それと――」

ぐるん、と脳の構造を入れ替える。今の私はアイドルだと、私に言い聞かせる。
見える光景が変わる、その直前に――まだ、私が北条加蓮という個人でいる間に。
こちらを真摯な目で見るPさんへと、1つだけ、伝えたいことがあった。

加蓮「ありがとう、Pさん」
P「……どーいたしまして」

車から降りたら、もう口元に笑みが生まれている。
青白い顔だけは隠しようがないけれど、それはまあ、少し具合が悪いということにさせてもらおう。
嘘ではないのだし。

けれど。
頭の構造を入れ替えても、取材を受けている間ずっと。
柚は大丈夫かな、という気持ちが、脳裏にこびりついて離れなかった。


掲載日:2015年9月13日

 

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