「共存願望」
――北条加蓮の家(夕方)――
学校を休もうか、と提案したら、柚が全力で首を横に振った。 自分のせいでってなったら辛いから、って。 ここまでなったなら、むしろ、どこまで迷惑をかけてもらえるか興味深いくらいなのに。 北条加蓮「ただいまー」 喜多見柚「加蓮サンっ。お帰り!」 加蓮「ん。学校ってやっぱりダルいねー」 柚「加蓮サンは学校が嫌いなの?」 加蓮「っていうよりめんどくさい。それよりアイドルをやっていたいよ……ああ違う違う。今はそれよりやりたいことがあるんだから。ね?」 加蓮「鞄をぽいっと。ちょっと着替えさせてね。……ってこらっ、じーって見んなっ。いつもは柚がこっち見るなって言う癖に!」 柚「加蓮サンって肌きれーだよね」 加蓮「柚。部屋から出てけ」ゴゴゴ... 柚「わわっごめんなさい! えっと、えっと、……とりあえず加蓮サンに抱きついてみるっ」ギュー 加蓮「きゃっ」 柚は、だいぶ元気になった。傍目から見れば、いつもと変わらないくらい。 それでも時折、何かに反応しては目元を曇らせる。 本当に、とことんまでに私みたいだ。 いろいろなところに地雷が埋まっていて、ネガティブな言葉にはぜんぶに反応してしまって。 柚「いたいっ。加蓮サンらんぼー!」 加蓮「ったくもう。……ふーっ。着替え終わりっと。ああスッキリした」バサッ 柚「柚もベッドにだーいぶっ。ここで寝るのもだいぶ慣れてきたカモ!」 加蓮「それはよかった」 柚「こうしてお布団に入ると、加蓮サンのにおいがするんだっ。なんだかあったかくて、安心でき――えーっ、布団をひっぺがさないでー!」 加蓮「何を微妙に危険なこと言ってんのよアンタは藍子か!」 柚「…………藍子サン」 加蓮「え、藍子の名前にも反応するのアンタ……?」 柚「ううんっ。あ、あのっ、加蓮サン! ぜんぜんスマホ触ってないみたいだけど……藍子サン、大丈夫……なの?」 加蓮「ん……」 柚「…………謝らなきゃ。ごめんなさい、って言わなきゃ」 加蓮「それは後でいいよ。もっと落ち着いてからにしよ。……ね?」 柚「うん」 起き上がりかけた柚を手で制して、頭をゆっくりと撫でてあげて。また布団の中に縮こまる彼女に、ほっと胸をなでおろす。 バレていない……と、思いたい。 バレてほしくない。まさか、今の今まで藍子のことを完全に忘れていたなんて。 加蓮「ね、柚」 柚「……ぅゆ」 加蓮「喉、乾かない? ちょっと台所まで行こうよ。きっとジュースがあるよ」 柚「…………」 加蓮「ほらっ、行こうよ!」スッ 柚「……も、もー。しょうがありませんなー加蓮サンは。付き合ってあげるっ」バッ 加蓮「ふふっ。ありがと」 暗い気持ちが漏れ出そうとした時に、柚はいつも笑って誤魔化していた。 今も、その時みたいに無理に笑っている。 できれば……その造り物の笑顔が、私への気遣いなんかの為じゃなくて。 自分自身に嘘をつくことで、ちょっとでも心が軽くなりますように。 ――台所―― 加蓮「あった。メロンの炭酸だって。はい」スッ 柚「やったっ」プシュ 柚「ぐびぐび」 柚「すっぱい!」 加蓮「炭酸だもん。すっぱいよ。……って、1つしか用意してないし! お母さんめ!」 柚「ふふふー。加蓮サン加蓮さん。ここに加蓮サンがすーっごく欲しがってるメロンジュースがあるんだけどナー?」 加蓮「おのれ柚ごときが私を手玉に取ろうなど。百年早いわ」 柚「100年経ったらアタシも加蓮サンもおばあちゃんだ!」 ――リビング―― 加蓮「よいしょ。テレビでも見る? ……ううん、やめとこっか。面白い映画でもあればよかったんだけどなぁ」 柚「えーっ。じゃあゲームとか!」 加蓮「ごめん、今ほとんど事……その、ね?」 事務所、という単語なんて、地雷以外の何物でもない。 加蓮「ふふっ。次の機会までに用意しとくね」 柚「そ、そしたらアタシと加蓮サンでお泊りパーティーうぃずゲームだ! 寝かさないぞーっ!」 加蓮「むしろ柚が先に寝るんじゃない?」 柚「なにおう! こう見えても合宿の時なんてアタシが最後まで――」 加蓮(あ) 柚「…………起きてた、んだもん」 加蓮「……そっか」 加蓮(…………ちょっとした一言がトリガーになって……か。普段の私も、こう見えちゃうのかな?) 加蓮「ふふっ。ごめんごめん。そっかー。柚は大人だね」ナデナデ 柚「うゅ…………ねえ、加蓮サン。みんな、どうしてた?」 加蓮「みんな?」 柚「フリルドスクエアのみんな」 加蓮「みんなか。忍は早く戻ってこいって言ってたよ。私から柚を取り返したいんだってさ」 柚「…………」 加蓮「あとの2人とは会ってないや。ごめんね。……ほら、次に会う時までのお楽しみってことで!」 柚「…………アタシ、次のLIVE、お休み?」 加蓮「ズル休み」 柚「悪い子になっちゃった」 加蓮「新鮮じゃん」 柚「…………ねえ、加蓮サン」 加蓮「ん?」 柚「何がしたいかも分からなくて、なんにもなくて。誰にも見られたくないって思ってて」 柚「でも、フリルドスクエア。あたし、すっごく楽しかったんだ」 加蓮「うん」 柚「自分にも何かあればいいのにって思ってた。忍ちゃんとも、穂乃香ちゃんとも、あずきちゃんとも、誰と一緒にいても大丈夫なように、何かあればいいのに、って」 柚「もしも……もしも、だよ」 柚「もしもあたしが加蓮さんとずっといっしょにいたら、何か見つけることができたのかな」 加蓮「……もしかしたら、そうかもね」 柚「あの時、見てるだけじゃなくて、あたしも! って、乱入したらよかったのかな……」 加蓮「…………」 柚「…………」 加蓮「…………ん? ちょっと待って。それ何の話? 見るだけじゃなくて、って……」 柚「あっ! いいい今のナシ、ナシ!」 加蓮「柚」 柚「そうだ加蓮サンっ、加蓮サンの部屋で遊ぼうよ! アタシ加蓮サンの持ってるマンガだいたい読んだから必殺技ごっこやろう必殺技ごっ、」 加蓮「それ、自分で何かありますって言ってるようなもんだよ?」 柚「なーにーもーなーいー! Pサンとの秘密なんてない!」 加蓮「なるほど。つまり柚のプロデューサーさんを問い詰めればいい訳か」 柚「ぎゃー! さらに墓穴掘っちゃった!?」 加蓮「これ以上スコップを振り下ろしたくなければ……分かるわよね、柚?」 柚「こここ来ないで! こっち来ないで! そんな目で見たら夜に眠れなくなるーっ!」 加蓮「え? 見られたくないって建前でいいつつホントは見てほしいんでしょ? ならいいじゃん」<●><●> 柚「話が別! ホント、ホントに怖いから!」 ――20分後―― 柚「」チーン 加蓮「事務所に入ったばっかりの頃に、私の秘密の特訓を見てた……か。そうなんだ。ああ、だから私のレッスンを見たことがあるって」 柚「」ヨヨヨヨ 加蓮「なるほどね。なーんか変にひっついてくるなーって思ってたけど、それがあってか。ふふっ、変なの。あんなの、やらないといけないからやっただけなのに」 柚「……で、でも、あれほんとにスゴくて、その、あれ見てなかったらアタシたぶんアイドルやってなかったっ……」 加蓮「そう……」 加蓮「……そっか」 柚「あうううぅぅぅ……」 加蓮(……今、何か答えがあった気がする。でも……何を言えばいいのかは、まだ分からない) 加蓮「いいよ。柚から聞いたってこと、忘れてあげるから」 柚「ホント! ……やっぱダメ! アタシのこと忘れちゃダメーっ」 加蓮「はぁ? いや、いやいや、別に柚のことを忘れるって訳じゃなくて」 柚「ちゃんと覚えてて! そんで忘れて!」 加蓮「無茶を言うなぁ、もう。……ふふっ」 |
掲載日:2015年9月9日