「一欠片の楔」
――事務所への道――
喜多見柚の担当プロデューサーとの約束――5日経ったら、状況を報告すること。 期限が来た。 かなり悩んだけれど、私は柚を事務所に連れて行くことにした。 まだ、アイドルとして復帰するのではなくて。 あくまで話をするというだけのことで。 「久々の事務所だっ。みんな元気にしてるカナ……?」 決め手は、柚の笑顔がどうも作られた物ではなくなりつつあるということ。 今だって――家を出る頃は、どうやって謝るかってずっとブツブツ言っていたけれど、靴を履いた途端に元気になった。 この子はたぶん、やり始めるまでが長く、やり始めてからは早いタイプだ。 ……ホントに、私に似てる。 北条加蓮が鏡を見たらそこに柚が映ったりするんじゃないだろうか。それほどまでに。 「言っとくけどね。まだ他のみんなと会わせる許可は出せないよ」 「加蓮サン柚を心配しすぎ! アタシだって謝る時にはちゃんと謝れるもんっ」 「そうは思えないから言ってる」 それほどまでに……似ているから。 柚の異変に気付かなかったのかもしれない。 鏡に自分が映ることに疑問を抱く人間が果たしているのだろうか。 それと同じことだ。 「むむ。大丈夫だよ。アタシは加蓮サンがいたら大丈夫」 「……そ」 「だから加蓮サン、ちゃんと、アタシのこと見ててね。……もし何かやったら、こらーっ、柚ーっ! って感じで言っちゃってっ。あ、でも柔らかめにね! あんまりぐさってやると柚傷ついちゃうっ」 考えるよりも口を先に動かしている。そんな印象を受ける。 柚の担当プロデューサーさんには予め連絡をし、かなり限定的な状況を設けてもらった。 まず、忍を始めたとしたフリルドスクエアの面々とは会わせない。 あずきちゃんはいいかもしれないけれど、他の2人が今の柚にはキツイ。いくらフリルドスクエアが健全に喧嘩できる環境だと言っても、お互いが十全の状態でなければ、相手の心を、容赦なく、必要以上に傷めつけてしまうだろうから。 だから、あの元気で楽しいユニットが復活するのは、さらに後の話だ。 「ねねっ。事務所に行ったら、お菓子ってあるかな」 「あるんじゃない? 柚のプロデューサーさんなら、きっと用意してくれるよ」 「へへっ。加蓮サンがいろんなお菓子を教えてくれたからねーっ。アタシもそのうちもってくっ」 「そのうち、ね」 面会相手は限定的、今の精神状態では無理だからという判断。ヤブ医者にでもなった気分だ。 あまり良い気持ちではない。私にとって医者とは良くも悪くも絶対的な存在だった。医者が病院から出るなと言うだけで、私は自由を失っていた。 生殺与奪を握られ続けた相手を好く人間なんてそうそういない。 今の私は、それと同じような立ち位置に立っている。 それも、正式な医療知識なんて持っていない。まさに口先だけのヤブ医者。 それでも構わない、と思った。 判断を誤って綱を切らすくらいなら、私の地獄なんていくらでも活かしてやる。 「…………」 「どしたの? ……ああ」 柚が立ち止まった。急に口を閉じたからか、かちん、という、歯の鳴り合う音がした。 目線を追って納得する。見慣れた建物。私たちの事務所。 今からそこに入って、逃げ続けた現実と対峙しなければならない。 「…………加蓮さん、あたし……」 「……大丈夫。私がついてるから。私が、ずっと見てあげるからね。もし逃げたくなったらすぐに言って。怒鳴ってもいいよ。大丈夫。どんなことがあっても、今の私は柚の味方だ」 「…………」 「それとも……今日はキツイ?」 「……ちょっぴり」 「じゃあ帰っちゃおうか。ふふっ、柚のプロデューサーさんには後でテキトーに言い訳しとくよ」 実際のところ、ここで「柚はあなたに会うことができません」と伝えると、些か取り返しのつかないことになりかねないのだが―― 1日か2日だけでも伸ばしてもらうか、それかいっそ……。 ぎち、と脳幹が痛むのを無視して今後のことを考えていると、ううん、と柚が首を横に振った。 真っ青な顔をしているけれど、目はずっと前を向いていた。 「行こ、加蓮サン。大丈夫。大丈夫っ!」 「……ん、分かった」 ぐぐぐ、と震える手を握ってあげる。 大丈夫と繰り返し言う人ほど拒絶するべき相手はいない、とよく言う。最も分かりやすい強がりだ。なまじ弱音を言わないだけタチが悪い。自分に言い聞かせている場合と、自分の状態を本気で自覚できていない場合があるから―― という話は、どこで聞いたんだったか。 柚の場合、少なくとも自覚はある筈だ。その上で、彼女は大丈夫と言い張る道を選んだ。 待ったをかけるのは、大人だけでいい。 私は、ただ隣に立つ、あるいは後ろから見守る、あるいは遠くで帰りを待つ――必要な立ち位置から柚を見守り続けよう。 大丈夫、と言うだけのエネルギーがあるのなら。 それだけの意志があるのなら。 私は、背を押してあげたい。 応援してあげたい。 ――事務所―― エレベーターの中でも歯がガチガチと五月蝿かった。 事務所に入る前には、柚を応援してあげる、なんて思った私だけれど――それでも正直、何度か考えを変えようとした。 無理やりにでも引っ張って、家に帰らせようとも思った。 その度に、お前はそうされることが嫌だったんじゃないか、と私が声を張り上げて。 半分くらいは惰性の意味も孕んだまま、やがて見慣れた小会議室へと到着した。 「……………………」 重たい扉を前に、柚の顔は青から白へと代わり、足は異常な病気と思えるほどに震えていたけれど、けれど彼女は、意を決してノックした。 どうぞ、と室内から声が聞こえる。 ノブを持つ手に、私の手を重ねる。ぐぐ、と押した扉の向こうからは、何か暗い雰囲気のような物が漂ってきていた。 「…………久しぶり、柚」 柚の担当プロデューサーが、長机を挟んだ反対側に座り、腕を組んで口角を上げる。 「……………………ひさしぶり、Pサン」 「元気そう……じゃあないっか。体は元気そうかな。おねーさんずっと心配してたんだぞ? それにありがとね加蓮ちゃん。厄介を押し付けられたのに、面倒を見てくれて」 「別に……私よりは手がかからない子だって、お母さんも楽しそうにしてたよ」 プロデューサーがあまりにもいつも通りの口調だったから、私もいつも通り悪態を吐き出した。 長机のこちら側には椅子が2つ用意されているけれど、柚は出入口の扉を背に踏みだそうとはしなかった。 私もそれに倣って、木製の感触に背を預ける。 「…………」 沈黙。 こうして、柚担当プロデューサーの顔をまじまじと見たことはない。私なりに説明をするならば――たぶん、同性から好かれる相手で、そんな顔立ちと雰囲気もまたプロデューサーとしての成功の基となっているのだろう。目は少し垂れ気味で、けれど気の抜けた様子は見られない。かといって分かりやすく人を寄せ付けない鋭さがある訳ではない。 今も浮かべているうっすらとした笑みは、奥に抱えた物はともかくとして、パッとみた限り人畜無害以外の何物でもない。この人なら安心できる、という温かみがあった。 自分のことを、よく"おねーさん"と称する。その通りに、みんなのお姉さん的存在なのだろう。 「……別に、私はただ、外側の人間としていただけだよ」 今にして思えば――いや、元々の発端は、柚が爆発し、そして私の家に転がり込んだことであって、さらに言えば柚がそういった行動に出た理由――逃げ先に私の家を選んだのは、柚がかつての私の自主レッスンを見ていたという物だ。そこに私の意志は含まれていない。しかも、自主レッスンの件を知ったのはつい昨日のことだ。 だから、今にして思えば私は酷く傲慢だったのかもしれない、と思うのは甚だ勘違いで、それこそが思い上がりなのかもしれないけれど。 それでも、思う。 柚のことは担当プロデューサーに任せておけばよかったのではないか、と。 「で、プロデューサーさん。約束通り5日が経過して、約束通りに柚を連れてきたよ」 もちろんそれは――私の思い込みの1つは、柚と柚の問題を放棄していい理由にはならない。 すっ、と横に逸れ、手のひらで後は任せたと示す。リレーで言うところのバトンタッチのような物だ。もっとも、体育の授業なんてまともに参加していなかったから、実際にバトンを手渡したことなんてないのだけれど――もしかしたら憧れていたかもしれない動作がこんな形で叶うのは、皮肉か本望か。 柚が、一歩、前に出る。 一歩だけ、前に出る。 震える唇を、舌でこじ開けて。 力でこじ開けて。 「あたしっ……ごめんなさい! Pさんにも、フリルドスクエアのみんなにも、いっぱい迷惑かけちゃって……加蓮さんにも……!」 お腹の中から出すような声で、そう叫んだ。 「だから、ごめんなさいっ……!」 「柚――」 「でも! でも……アイドルとか、Pさんが嫌になったんじゃなくて……あたしはあたしが嫌なだけで……何にもないだけのあたしが嫌だった。ずっと、誰にも見てもらえなかったあたしが嫌だっただけ! Pさんは悪くないんだよ!」 「…………柚がそうなってしまった理由ではあるでしょ、おねーさんは」 「でもPさんは……そんなあたしでもアイドルにしてくれて、プロデューサーでいてくれて!」 気付けば柚は長机の前にまで踏み出ていた。プロデューサーさんが立って、神妙な面持ちで、けれど一言一句を聞き逃さないように顔を引き締めている。 「何もないあたしでごめんなさいっ……!」 「……いいの、柚」 首を横に振って。泣きじゃくる柚へと、困った顔を向けて。 ――扱いに困った顔を向けて。 頭を撫でるか、抱きしめるか。そうでなくとも何か一言だけでも、と思うのは、やっぱり、私が外野の人間だからだ。 もし私が柚だったとして。 ――違う。 もし私が、昔の私だとして、柚と同じことが起きたとして。 何も持っていない自分が嫌で、Pさんから逃げ出してしまって。迷惑をかけていると――例え思い込みだとしても――知ってしまったら。 ごめんなさい、以外の言葉はない。 そして私がそうなったら、Pさんもきっと困った顔をするだろう。ううん、私のPさんは柚のプロデューサーさんよりも直線的で直情的だから、そんなことはない! と声を張り上げるかもしれない。 柚のプロデューサーさんは、もっと考えてしまうタイプだから。 工藤忍の担当をしながら、忍の行く先を不安に思い、杞憂を抱き、忍の舞台を見るまで安心できない人だから。 言葉に詰まり、行動に困るのだろう。 「いいの。自分をそういう風に言わないで。おねーさんも困っちゃうよ」 「…………ひくっ……」 「柚。もう少しお休みしなさい。おねーさんが許すから。LIVEは……また次に頑張りましょ? 柚が何かを見つけた時、それをファンの皆にいっぱい教えてあげよう」 「……あたし…………なんにも持ってないよ…………?」 「見つけられる。ここにはいっぱいあるからね。ほら、おねーさんも、それに加蓮ちゃんだっているもの。もちろん、フリルドスクエアの皆もね」 目配せに私は瞑目で応えた。今の私もまた、言葉を持ちあわせていなかったから。 「……ごめんなさい……もっと、いっぱい持ってる子ならよかったのに。あたしが、……あたしが……加蓮さんみたいに、もっと持ってる子なら、Pさんだって」 「だめ。柚は、柚なんだから。そうだ。柚が何も持っていないっていうなら、おねーさんが持ってきてあげる。その中からどれを手に取るか選びなさい。もちろん、柚が元気になった後でね」 「……ごめんなさい……っ……」 「うんうん。大丈夫だから」 涙をボロボロと零す柚を、プロデューサーはそっと抱きしめた――長机を回りこんで、ちゃんと柚の前に立ってあげて。 それから、柚の肩越しに私を見る。お願いします、と口だけが動いた。 私は小さく頷いた。 ――単なる、5日間の約束。 プロデューサーとしての最大譲歩と、柚を見守り続けた彼女としての最悪譲歩。 今度は、日付を指定されなかった。 あなたが考えなさい、ということなのか。 それとも――例えばいつか人々がフリルドスクエアという名前から喜多見柚という少女のことを忘れてしまっても、柚なら復活するだけで記憶を呼び戻せると信頼しているからだろうか。 そもそも、なぜ私に任せてくれるのだろう。 私には分からなかった。 分からなかったから、都合の良い事を信じることにした。 ずっと、そうやって生きてきたのだから。 「ぅぇぇえええん…………」 「よしよし」 「ぅぅぅううううう〜〜〜…………」 「よしよし」 ……話は、おしまい。 重苦しい扉を開けて私は退室した。部屋から出るなり、廊下の無機質な空気が毛穴を貫通していく。肩に伸し掛かった圧力がスッと消え失せ、代わりにへたり込みそうになるほどごっそりと体力を持っていかれた。ため息をついて、壁に手を当てて、意識的に笑みを作って。 まだまだ、続く話だ。 柚は、完全回復した訳でも復活を遂げた訳でもない。 もう少し、私の役割は続く。 でも大丈夫。 種は撒かれた。 誰かが水をやって、誰かが成長を観てあげていれば、そのうち花は咲く。 ――安堵の息を吐いたのが間違いだった。 柚の中に渦巻く黒々しいモノは、観察のみで片付くほど薄まってなどいなかった。 いや、むしろ、プロデューサーに謝ってしまったせいで。 ――事務所の廊下―― 泣きつかれた柚は弱々しく歩いていた。私の肩を借りて、いつもより何倍も遅く。 それが少しだけ可笑しかった。いつもなら私が誰かの肩を借りる側なのに。 「へへっ……いっぱい泣いちゃった」 口調は意外にも軽い。密着しているせいでいつもの人懐っこい笑みが極端に近く感じられる。自然と口元が緩んでしまうほどに、近くで。 私も見てたけどねー、とからかうように言ったら、柚は少し恥ずかしそうに目を背けた。 「……アタシがPサンに甘えてたら、やっぱりヘンだよねっ」 でも、と仕切りなおして。 「でも、いいやってなった。なんか、そんなこと、どうでもいいかもっ」 どうだろうね、と私は言った。 どうだろうね。 何もない自分を見るな――と叫んだように、それでいて、誰も見てくれる人がいなかったが故の注目願望を潜在的に持っていて、けれどプロデューサーはちゃんと見ていてくれて。 それと同じように、柚は周囲からの見られ方を気にしすぎているのかもしれない。 現代っ子だし。 ……というのは、さほど関係ないか。 「エト……加蓮さんっ」 「んー?」 「も、もうちょっとだけ、柚のこと、お願いしちゃってもいい……カナ?」 「捨て猫を拾うだけ拾ってちょっと元気になったからポイ捨てするのは嫌かなあ」 「柚、猫になっちゃった!?」 にゃーにゃー、とおどけながら寄りかかってくる。鬱陶しい。鬱陶しいけど、鬱陶しいのが柚だ。 鬱陶しいって4回くらい言いたくなっちゃうのが柚だ。 廊下を進み、私のPさんと柚の担当プロデューサーが使っている仕事部屋へと到達する。 あとは玄関へと向かえば事務所から出られる。 柚はまた、しばらくは、殻に篭って、都合の良い物だけを見て回復することができる。 その筈だったのに。 ――先に述べておこう。この事態は、私の失念が呼び起こした物だと。 「――――加蓮ちゃん?」 毛穴を通る空気が一瞬にして極氷となった。っ、と喉の奥が変な音を立てた。 振り返る前に体感体温が零になる。感情よりも早く脳が現状を認識し、それに引きずられるようにして後悔の念が全身へと疾走る。 ――私は事務所に来る前、柚の担当プロデューサーに連絡をして、忍ら3人がいない状況を狙った。 私が操作した状況はそこまでだ。 どうして。 どうして私は忘れていたのだろう。 ここは柚の家じゃないし柚の担当プロデューサーの家でもない。アイドル事務所だ。アイドル事務所だからフリルドスクエア以外のアイドルも所属し活動している。 そう、例えば。 「それに、柚ちゃんも……。あの……えっと、お疲れ様です」 高森藍子とか。 安部菜々とか。 最初に。柚担当プロデューサーと対峙した時には、出会うことのないようにと祈った相手(結局は藍子と出くわして私が逃げたけれど)。 今は、もう。 出会うことのないように、とも。 出会わないように配慮して、とも。 何も思うこともなく。 存在すら忘れて、ここに来た。 北条加蓮は、高森藍子と安部菜々を、記憶から削ぎ落としていた。 「藍子…………!?」 「ええと…………元気にやって……は、ないですよね……。その……でも、加蓮ちゃん、大丈夫そうですね。よかった……ずっと、会ってなかったから、私、ずっと心配しちゃってて」 奇しくも、皮肉にも、柚のプロデューサーと同じようなことを言う。 だから分かる。藍子は私のことを本気で心配してくれていたのだと。 私に――忘れ去られることなんて、露とも思わず。 ずっと、私のことを待ってくれていたのだと。 「ええっと……あっ、そうだ、菜々さんも心配していましたよ。あ、でも、菜々さんは、加蓮ちゃんとお仕事できないことが不満そうで……菜々さん、加蓮ちゃんとLIVEや収録がやりたいって言ってたから」 「…………」 「その……もう少し、かかりそうですか? 柚ちゃんのこと」 「…………」 「分かりましたっ。私、ゆっくりと待っていますね。そうだ。加蓮ちゃんの分まで私がお仕事しちゃいますっ。加蓮ちゃんが、早く戻ってきたいって思えるように。そうしたら、きっと、何かいい方法も見つかると思いますよっ。えへへ……私、加蓮ちゃんを、焦らせちゃいますっ」 痛い。 痛々しい。 藍子の笑顔も。 私の心も。 逃げろ、と感情が伝える。 逃げるな、と身体が逆らう。 唇を噛み締めて、涙が溢れないようにするだけが、限界だった。 ――ずっと、自分のことだけだった。 だから。 だから、体温を失ったのが私だけではないと、私は気づくことができなかった。 柚が、私の身体から離れて、藍子の方へと踏み出す。 謝る――のだろうか? あの時、藍子をぶっ叩いた件。そういえばまだ柚は何も言っていなかったし、謝りたいって言っていた。 大泣きしながら頭を下げる様は見ていて辛いけれど、辛いことがあるから理想を作れるのだとしたら、必要な通過儀礼だ。 とことんまでに切り刻まれよう。 回り道なんて許されない。 ぐ、と握りこぶしを作った。藍子が、柚の様子に気付いて視線を移した。 ――柚は。 「……仲良しサンだよね、加蓮サンと、藍子サン」 呟くように言ってから。 「……どうして……」 それから。 絞りだすように、ずたずたになった言葉を吐き出した。 「どうして藍子さんなんだろう……っ……! なんで藍子さんなんだろう……っ! 加蓮さんの隣にいるのが、なんで藍子さんなの……!」 「え――――」 「なんで藍子さんなの! あたしだって……あたしだって、加蓮さんの隣にいたら、ずっといたら、何かを見つけられてた筈なのに!」 なんであたしじゃなくて藍子さんなの! と。 柚は、叫んで。 ハッ、と顔を上げた。 後ろ姿だったから表情は分からなかったけれど、藍子が「ひっ」と酷く怯えへたり込んでいたから、凄まじい形相だったのだろう。 柚は、私を見る。 藍子を見る。 事務所を見渡して、自分のやったことに気づき。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っつっっううううっぅっっぅっつっっつ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」 何も判別できない金切り声を上げて、事務所を飛び出していった。 ……。 …………何が起きた? 私も、藍子も。柚が何を言って、何が爆発したのか。把握するまでだいぶ時間がかかった。 その間に、まず柚のプロデューサーが駆け寄ってくる。 すぐに事態を判断して、外に飛び出していく。 それから、休憩室の方から。 もう1人の忘れてしまった仲間、安部菜々がやってきて。 何事ですかぁ? と――転寝でもしていたのか、やや間延びした声で見渡し、私を見るなり途端に厳しい表情になって。 決して。 断じて。 それから逃げ出す為に、ではなく。 私は背を向けた。 柚だ。 柚が、また爆発させてしまった。 いくつも埋め込まれている地雷が連鎖的に爆裂して、どこかに消えてしまった。 だからまた見つけて、裂傷を癒やさなければならない。 事務所の扉に手をかける。 ぶわっ! と。 背からの圧力が急激に増した。 振り返るまでもない。安部菜々によるものだ。 全身全霊を尽くして。 私は、事務所の扉を体当たりで開けて、外へと飛び出した。 ――結局。 冷えた頭で母親に連絡してみれば、またしてもうちに駆け込んで私の部屋で丸くなっていると言われたので、さっさと帰って、あとプロデューサーに連絡して。 元の木阿弥。 さらにややこしいことにはなったのだろうが、結果だけ見れば振り出しに戻っただけのことだった。 むしろ――傷つかなければ、解決しないお話なのだから。 問題点がちゃんと浮き彫りになって、「問題解決したけど実はまだその後のことがありました☆」という事態を回避できただけマシなのだろう。 結果だけを見るならば。 あるいは、柚だけを見るならば。 同じことの繰り返しで、解決方法も遠いとはいえ見えているかもしれない。 喜多見柚の問題は、解決まで秒読みだ。ただし、巨大なタイムウォッチを使っての、だが。 ――ぱきん、と、何かが折れた音がした。 |
掲載日:2015年9月10日