「イージー・ワード」





前回のあらすじ! 北条加蓮と工藤忍が一緒に自主練やろうってことになった!


――設備付きレッスンスタジオ――
最初のうちは雑談混じりにクリアしていった耐久レッスンプログラム。しかし相変わらず私の身体はポンコツ極まれりといったところで、11番目に入ったあたりから既に息が荒かった。

「ぜぇー、ぜぇっ……よ、よしクリア。ちゃんと見てたでしょ、見てたよね!?」

ひたすら基礎ステップの練習を繰り返していた忍が、こちらを一瞥する。

「見てた見てた。お疲れ、加蓮。……ホントに体力は大丈夫?」
「だっ、大丈夫に見えるかこれが……!」
「あ、そういう意味じゃなくて。今が大丈夫かってことじゃなくて、そんなので普段のアイドル活動は大丈夫かってこと」
「余計なお世話よ……!」
「はいはいごめんごめん。あ、でも加蓮ってやる時にはすごい根性見せるよね」
「は?」
「いつだったっけー……ほら歌鈴ちゃんの時とか」
「……え、私が?」
「うん、加蓮が」
「根性を?」
「根性を。倒れてたまるか! って顔だったし……いや実際にそういうこと言ってなかった?」
「うっわぁ……」

荒れ狂う心臓へと手を遣る。あらゆる間接がモーターになった気分だった。動けと本能が伝え、汗ばんだ指先でプログラムの紙をめくる。
レッスン11番。先輩の歌を2曲選び1番の通しレッスンを行う。休憩は駄目。

「死ぬ」
「あ、これ懐かしい。アタシ、初めてやり始めた時に10番まで連続でやって、ここで1日空けたんだ」
「……初めてって、レッスンを初めてから?」
「うん。アタシは最初からこれだったから」
「…………」
「何さ」
「き、今日はこれだけやって帰る……!」
「加蓮……大人げないよ」
「忍には言われたくない!」
「アタシ別に自分を大人だって思ってないけど!?」
「嘘つけ盛り上がってない時は白い目で見てばっかりの癖に!」
「してないし! 加蓮じゃないんだから!」
「私だってしてないんだけど!?」

怒鳴り合って削る体力は、どこか別の場所に保管されているようだった。根性なんて冗談じゃあないけれど、意地なら別腹の如く貯蔵しているのだろう。
しぶしぶと言った具合に忍は自分の練習用CDをセットし、ラジカセのボタンを押す……ってことはつまり、今だけは忍が私の先輩ってことか。ムカつく。
反発心から無理矢理に身体を動かしてみた結果、開始20秒で足がもつれた。
すぐには立ち上がれなかった。

「はいスポドリ」
「ありがとゴクゴクゴクゴクゲホッ!」
「バカ」

とにかく今は余計なことを考えないで、目の前の課題――"やらなくてもいい課題"を1つ1つこなしていきたかった。
若干ばかり引いている忍を傍目に再び音楽を再生する。
10秒で身体が横薙ぎになった。

「……加蓮」
「ゲホッ……」

見上げた天井が少し高い。そういえば昔――本当に大昔、こうやって色鮮やかな天井を見上げては病院の色褪せた光景を思い浮かべ、あんなところに戻ってたまるかと奮起したことがあったような気がする。
寝返りを打つようにして立ち上がる。

「昔の忍と同点ってのがヤダ」
「……アタシと勝負がしたいの?」
「勝ちたくないんだけど負けたくない」
「…………。ハァ。アタシはどうしたらいいのさ」
「ゲホッ……知らないわよ、自分で考えてよ」
「ほんっと無責任だね加蓮って! ……ああもういいよ、アタシこっちでやってるから何かあったら呼ん」
「あ、スポドリ切れた。たすけて」
「……………………」
「……ご、ごめん」

忍の無表情が恐い。さすがに恐い。声を荒げないあたりが余計に。
目の周りの筋肉を痙攣させていた忍だけれど、やがて大きな大きな溜息と共にドリンクを取りに行ってくれた。
大の字でぶっ倒れる。ふと時計が目に入る。19時過ぎ――19時過ぎか。今日は遅く帰るって伝えてるけど、どれくらいなら許してもらえるだろう。
こんな私を見たら、柚は何て言うかな。

「……そういえば…………」

確か柚って、最初に私の"深夜の特訓"を見てるんだっけ。あれでアイドルを続けようと思ったとか何とか――

「ただいま……って」
「ぜぇ、ぜぇ、ほ、ほら、忍、見なさいよ。2曲目……ゲホッ、アンタのハイスピードな歌くらい、アタシにだって……!」
「……またどこにスイッチ入れたのさ。はいスポドリ」
「これが終わってから!」

けれど現実はそう甘くはない。思い通りにはいかない。
Bメロに入るちょっと前に視界が暗転した。たぶん10秒くらい意識を飛ばしていた。

「……ああもう!」

次に目を開けた時、忍は焦れったそうに私にドリンクを投げて渡し、私が起き上がるのを待って隣に並ぶ。

「一緒にやろうよ、加蓮。見てるだけなんてつまんないし!」
「……ネットでぶっ叩かれたこと忘れたの?」
「負けるもんかって思いたい時だけ思い出してる!」
「素敵な根性論を持ってるんだねぇ!」

もっとも、それはたぶん私も同じ。どれほど目を背けようとしても、私と忍ではどっかが似ているのだから。
曲が流れ始める。耳から入れるのではなく脳で受け止めるイメージで、覚えている振り付けを再現するのではなく舞台に新しい物を産み落とすつもりで。

「…………!!」

ブラックアウトの気配を感じる度に隣の小柄な姿を意識した。どこからか体力が戻ってくるように感じた。
そして、どうにか2曲目を演じ終える――もっともプログラム11番には「連続して2曲(の1番)を通すこと」って書いてあるから、これじゃクリアにならないけど。

「……じ、じゅってんご」
「じゃあアタシと同じだね」
「……まさか」
「加蓮と同じ感じで、1日目が終わった」
「…………また明日」
「うん。お疲れ、加蓮」

道具入れまで歩いて行った忍がタオルを投げて寄越してくれる。1枚じゃ足りなかったから、と顔を上げて口を開こうとしたらさらに3枚を投げつけられた。

「次はいつやる?」
「次は……明日と明後日がお仕事だから、明々後日で」
「うん。アタシもその日は……午後からならいけるよ」
「ってことは午前は」
「収録」
「うっわ、これで忍に負けたら本気で立ち直れないかも」
「立ち直れない加蓮ってのがアタシは想像できないんだけどねっ」

ぜんぶのタオルを使って、とりあえず人前に出られる有様くらいには整える。
身体のエンジンを切って、その時に初めて外が真っ暗だということに気がついた。ちょっと前までは19時でも街灯がついていなかったのに。

「じゃ、また明々後日に」
「うん」

少し危ないとは分かっていたけれど、私も忍も1人で事務所を出た。



□ ■ □ ■ □



次の日もそのまた次の日も不思議と身体が異常を訴えることはなく、朝はすっきり目覚め、夜はぐっすり眠り、そして約束の明々後日を迎えた。
体力が満タンからなら、2曲の1番だけを通すなんて造作にもない。
プログラム12番、13番とこなしつつ、思考の隙間さえあれば私たちは口を開いていた。

「忍、ちょっとリズム突っ走りだって。身体がハイスピードの歌に慣れすぎてない?」
「加蓮はテンポがバラバラだよ。どっちかでやればいいじゃん」
「あー……合わせないといけない周りがいろんなペースを持ってるからかな」
「もしかしたら前のLIVEで失敗したのってそういうところがあるからなのかも?」
「試しに私に合わせてみてよ」
「先に自分に合わせろって言う辺りが加蓮だよね」

プログラム14番。特定のリズムのメトロノームを用意し10分ほどステップを続ける。
――この耐久プログラムは誰かが監視役にならなければ成否判定ができない。通常ならプロデューサーやトレーナーが、今でならお互いが見張るべきなのだろうけれど、既にそんな発想は消えてなくなっていた。

「よしクリア! 次って何だっけ。ルームランナー20分耐久?」
「よく覚えてるね。……うげ、20分じゃなくて25分だ」
「あ、それ覚えてる。途中でPさんが電話で退席して、気付いたら1時間くらいやってたんだアタシ」
「……よし、1時間10分でやろう」
「そう言うと思ったよ!」

ルームランナーの、単純作業とも言えるトレーニングにも慣れてきた。この辺りから、目を動かさなくても会話することができるようになってきた。

「忍はさー!」
「何ー?」
「いっつもこういうことしてんのー? 地味……ううん、基本的なこと!」
「暇がある限りね!」
「面白いー?」
「面白いー!」

25分が過ぎたあたりで急激に身体が重たくなった。弱い心が表に出てこないように、言葉を流し続ける。

「1人でやってて飽きないー?」
「加蓮だってそういうとこあるでしょっ」
「そだけどさー!」
「今日は加蓮が話しかけてくるから1人になれないけど!」
「周りが見えないってよく言われないー!?」
「柚ちゃんに言われたばっかりー!」
「言われたくないことズバズバ言うよねあの子ー!」
「そだねー!」
「空気読まないよねー!」
「読まないねー!」
「ムカつくって言わないんだ!」
「言わない!」

45分が経過。汗と唾でルームランナーが誤動作を起こさないか不安になってきた。

「フリルドスクエア、楽しいー!?」
「楽しいよ! 加蓮は? そっちは楽しい?」
「楽しくなかったら、もっと暗い顔してるよ!」
「たまにはこっちに来てみてよー!」
「お断りしまーす!」

そしてきっかり1時間10分が経過し、私はまた大の字で寝転がった。
見下ろす忍もさすがに荒い息を吐いている。垂れ落ちた汗が頬にかかり死ぬほど気持ち悪かった。でも忍の目を見ると、不思議と笑いがこみ上げてきた。

「ぜーっ、ぜーっ……ねえ忍。こういうのも、悪くは、ないんだねっ」
「どういうの?」
「さあ?」
「分かんないよ」
「こういうのは、こういうの!」
「……分かんないってばっ」
「あははっ」

私にだって分からない。前回からずっと、気を抜けば何をやっているんだろうと理性が問いかけてくる。
でも、流されるのもいいかなと思う。
私のキャラじゃないことを全力でやってみる。相手に合わせてみる。……悪くないのかも。
もしかしたらこれが、忍や柚の言う「自分に近づいてほしい」ってことなのかな。

「よっし……次! プログラム15番、なんだっけ?」
「確か、その場にいる候補生と即興で歌の1番を演じる、じゃなかったっけ?」
「ホントに覚えてるんだね忍。……うわホントだ。え、なんで覚えてるの? すっご」
「なんとなく! それじゃやろうか、加蓮。アタシはまだまだ、やっとエンジンがかかった頃なんだよ!」
「……ほー。こっちもようやく自分がアイドルのレッスンをやってるって思い始めた頃なんだよね。簡単には負けないよ」

プログラム15番の意義はたぶん、他のアイドルと協力できるようにってことなんだと思う。
だからこれなんて、本当に、私と忍がやる必要はどこにもない。
……それなのに、やめたいなんて微塵も思わない。

「15番クリア!」
「ふふっ……って、そういえば忍。アンタだいぶ先までクリアしてるんでしょ? 今さら私に付き合う必要なんて――」
「慣れたことだよ。アタシこの辺のプログラムは何周もしてるもん。でも加蓮とやるとまた違った感じがするね!」
「……あははっ。だから覚えてるんだ、内容」
「かもね。次、行こうよ。16番は確か――」
「腹筋30回と背筋30回。基本中の基本だね!」
「よし、やろっか。……あー、私はちょっと時間かかりそうだけど……」
「じゃあその隣でアタシが加蓮の2倍をやるってことで」
「ふ、ふーん、そういうこと言う。そういうこと言う!」

時計の針が流れていく。タイミングを見失って、食事をとったのは午後4時だった。
お腹を休めている間には、身体に負担のかからないイメージトレーニングをやった。
やっぱり何をやっても復習みたいな物。延々と小学校のドリルを解いているような物。それだけのことが、不思議と楽しかった。

それからまた、数時間が経過して。

「――20番クリア! お疲れ、加蓮!」
「お疲れぇ……これで私も新人アイドル?」
「何言ってんのさ。で、今日はどうするの? 21番から先、やる?」
「うーん……今日はやめとく。また明日……って、明日は忍が撮影あるんだっけ」
「そだね。明後日は?」
「私がミニLIVE」
「その次は日は……アタシがフリルドスクエアでレッスンだ。じゃあ、予定が合いそうなら連絡するってことでっ」
「オッケー。またメールするね……ふふっ」
「あ……それ、アタシからしていい? もちろん無理な時は断ってもいいけどさ」
「忍、それはお互い様だよ」

最初に連絡先を交換した時なんて、お互いに連絡しないって突っぱねてた。よく覚えてる。
……何かが変わったなんて分からないけれど、でも、なんかこういうのっていいのかも。

「またやろうね、加蓮」
「ん。またやろっか、忍」

ただ、その言葉だけでいい。その言葉だけが、いい。


掲載日:2015年11月30日

 

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