「一緒にやろう、と言うだけまでがひどく長かった話」





――レッスンスタジオ(朝)――
<ガチャ

北条加蓮「うん、やっぱりここにいた」
工藤忍「ん? ……あれ、加蓮?」
加蓮「やほ、忍」
忍「あ、うん、やほ……」

とりあえず言ってみた、って感じ。
ジャージ姿の忍はひどく戸惑った顔をしていた。ある筈のない物を見つけた時のような、どう扱えばいいのか分からない顔。

加蓮「…………」クスッ
加蓮「今まで徹底的に避けて来たのになんで今になって――とか?」
忍「いや……」
加蓮「遠ざけるなって言ったの、忍の方でしょ?」
加蓮「そうして欲しいって言ったのにそうしたら変な顔されるのって、ちょっと理不尽じゃないかな」
忍「……そういうの、加蓮にだけは言われたくないんだけど」
加蓮「……知ってて言ってる」
忍「え、でもホントに何? あ、もしかしてここに用――」
加蓮「ううん、今日は1日オフ。やりたいことができる日だよ。だから」

薄地のジャケットを脱ぐ。忍がますます、分からない、という顔をした。

加蓮「自主練。しに来ました」
忍「……邪魔なら出ていこうか?」
加蓮「ふふっ。私みたいなこと言ってる」
忍「…………」ウェ
加蓮「うわー、すっごい嫌そうな顔してるね……」
忍「冗談じゃないよ。前にも藍子ちゃんとか柚ちゃんに言われたことあるけど……ホントに、冗談じゃない」
加蓮「ホントにねー。私はまだ言われたことないから助かってるかな」
忍「似てるとか言ったら加蓮が嫌がること知ってて気遣われてるんじゃない?」
加蓮「……言ってくれるなぁ」
忍「加蓮、藍子ちゃんに説明しといてよ。アタシと加蓮はぜんぜん違うんだって」
加蓮「言っとく。でも柚は言っても聞いてくれないと思うよ」
忍「柚ちゃんは……もう諦めてるからいいや」
加蓮「あの子にデリカシーなんて期待するだけ無駄だよね」
忍「……諦めてるけど、加蓮から言われるとムカつく」
加蓮「えー、何それ。結局さ、忍だってそうやって私を遠ざけてんじゃん」
忍「は? 加蓮が遠ざかってるからそういう風に感じちゃうだけだよ」
忍「あのさ加蓮。ホントに何しに来たの? アタシのレッスン見に来てくれたの?」
加蓮「忍ってさー……」
忍「なにさ」
加蓮「ううん。ホントに、いろんな意味で正直だよね」
忍「加蓮みたいにはなりたくないからね」
加蓮「あははっ」
加蓮「実は忍のプロデューサーさんから頼まれてるんだ。それと柚からも。最近ちょっと無茶しているようだから、よければ前みたいに見てあげてほしいって」
忍「…………」
加蓮「っていう建前」
忍「……は?」
加蓮「今日はこれを持ってきたの」

持っていた冊子を広げて見せる。

加蓮「耐久レッスンプログラム。入りたてのアイドルが基礎体力をつけたりアイドルとしての自覚を持つ為に使う物だけど、忍も知ってるでしょ?」
忍「そりゃ知ってるけど」
加蓮「私、入ったばかりの頃はこれできなかったんだ。だってこれって――」パラパラ
加蓮「ひたすらランニングマシンとかひたすらジョギングとかひたすら特定の曲の振り付けとか、そんなんばっかりじゃん」
加蓮「根性論とかそういうキャラじゃない――以前に、これ、私にはできなかったの。体力がホントにからっけつだったから」
忍「加蓮らしいね……」
加蓮「そういえば忍はこのプログラム、何番までクリアしてる?」
忍「え? ちょっと貸して……ええと……プログラム92……93……うん、94番。94番まではやってる」
加蓮「凄! え、だってほら……90番とか『持ち歌を5曲用意し12時間連続でローテ練習(休憩は合算1時間まで認められる)』とかって、これもうギャグでしょ!」
忍「アハハ、さすがにそれはアタシもきつかったよ」
加蓮「忍でもキツイことってあるんだ……」
忍「誰も付き合ってくれそうにないから、アタシ1人でやったけどね」
加蓮「すっご……」
忍「Pさんはこれもう必要ないって言うし、付き合わせるのもちょっと申し訳なくて」
忍「アタシも事務所に入ったばっかりの頃、20番くらいまではやらされたよ。そこら辺でPさんに、もうオッケー、これは必要ないって言われて」
忍「普通は20番とか30番までやればだいたいの基礎は身につくから、それ以上やる人はあまりいないってPさん言ってたんだ」
加蓮「やっぱりそんなもんかー」
忍「そう言われたら、逆にやりたくならない?」
加蓮「…………」
忍「やっぱり加蓮は加蓮だね。アタシはやりたくなるの。だから、ちょっとずつ時間を見つけてやってたんだ」
加蓮「いや、だってこれって基礎力を身に付ける為の物でしょ? 正直、自分にはもう必要ないって思わなかったの?」
忍「そうだけどそういうんじゃなくってさ。やってないことをそのままにしておくのが嫌っていうか……」
加蓮「ああ、やっぱりそうなんだね」
忍「っていうか、じゃあなんで加蓮、これ借りてきたの?」
加蓮「……うん。必要ない物だって分かってるけど、少し忍の気持ちが知りたくて」
忍「アタシの気持ち……」
加蓮「私にとっても忍にとっても必要のない物だよね。この耐久レッスンプログラム。でも、忍ならたぶん、必要かどうかなんて考えてないって思った」
加蓮「ぶっちゃけ忍ならこれ、途中でやめたりしてないかなって思ったんだ。……いや、50番くらいまでやってるかなーって予想してたから、94番とか言われてびっくりしたけど……」
加蓮「そんなこと考えたら、私もちょっとやりたくなって」
忍「…………なんで?」
加蓮「忍っぽく言うなら、少し忍に近づいてみたかった。それだけだよ」
忍「……こっちに来ないでって言ったら?」
加蓮「その線引を変えて見せるって言ったの忍じゃん」
忍「そうだけどさ」
加蓮「…………」
忍「……虫のいい話だって思わなかった?」
加蓮「……正直、思う」
忍「人をさんざん避けておいて、こっちから話しかけても冷たくかわされて。すれ違っても話かけてくれなくて」
忍「今になってこっちに来たいとか……正直、訳分かんない」
加蓮「……だよね」
忍「…………よしっ」スクッ
加蓮「忍?」
忍「やろっか。耐久レッスンプログラム。最初の方なら今の加蓮でもできるでしょ? ほら、1番目。ランニングマシンの最低速度で10分走る。いくらなんでも、それくらいの体力はあるよね?」
忍「って、それならマシンがある方にいかなきゃいけないか……。じゃ、移動しよっか!」
加蓮「…………」
忍「行かないの?」
加蓮「いや……」
忍「……あのさ、加蓮。世の中、加蓮みたいにややこしい人ばっかりじゃないと思うんだ、アタシ」
忍「アタシも柚ちゃんも、それにあずきちゃんも。穂乃香ちゃんはいろいろ考えこむタイプだけど……」
忍「それにアタシ、モヤモヤしたことを引っ張るのって好きじゃないし」
忍「加蓮は……うん、そういうのよくやりそうだよね」
加蓮「……仰るとおりで」
忍「ふふ。じゃあアタシはそうしない。だってアタシ、加蓮みたいにはなりたくないし」
忍「それに今は、チャンスが降ってきたって気持ち。加蓮に努力の楽しさを伝えるチャンスがさ!」
加蓮「やっぱ覚えてたんだ、そのこと」
忍「忘れる訳ないよ。それだけインパクトあったからね」
忍「じゃ、移動しよっか。飲み物とかも持っていかないと」

――道に迷った時、がむしゃらに歩き続けるという方法は果たして良い物だろうか。
状況によるかもしれないけれど、でも、悪いとは限らない。
忍を見ていると、そう答えたくなる。

加蓮「忍」
忍「まだ何かあるの?」
加蓮「いや……ううん。今日はよろしくね」
忍「う……うんっ、こっちこそよろしく!」



掲載日:2015年11月29日

 

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