「私はここにいる」
――野外LIVE会場――
どこまでも突き抜けていく青空を仰いで、短く息を吐いた。 とうとうこの日が来た――なんて仰々しくは言えない。気づいたら迎えていた10月25日。 会場は前のアイドルグループによる熱気が冷めやらない中で次は次はと待ち構えていた。 「やーっ、今のグループもすごかったですねぇ。歌もダンスもレベルが高い! ナナ、思わず口の端を引き攣らせちゃいそうですよ」 言葉とは裏腹にどこか楽しそうな声だった。いつものウサミミはなく、メイド服っぽく改造した制服の菜々さんがきゃいきゃいとはしゃいでいる。 「特に2曲目の! どうですかね加蓮ちゃん。ナナ達もあんなことできると思います?」 「どうだろうねー……やろうって思ったこともないようなパフォーマンスだったからね」 逆隣では、帽子を目深にかぶりいつもとは違うスカイカラーのコートに身を包んだ藍子が少し周りを気にしていた。 「……加蓮ちゃん」 「ん、なに藍子」 「その……来ているんですか? 柚ちゃんのご両親って……」 「……分かんない。父親の方は1回だけ見たことあるけど今日は見つからなかったし、人が多すぎるもん」 「そうですか……でも、柚ちゃんからなら見つけられますよね」 舞台の方を見て言う。確かにあそこからなら、どこかにいると分かれば探せるかもしれない。 「あっ、始まるみたいですよ!」 菜々さんの声が、皮切りのように響いた。 ワアアアアアアアア――――!! と多くの歓声に迎え入れられながら、少女達が舞台に姿を見せる。 綾瀬穂乃香、工藤忍、桃井あずき。今日はパッションカラーの3人組……あれ? 柚は? 興奮の中で多くの人が疑問に思ったそのタイミングだった。 「いやっほーうっ! みんな、元気してるカナーっ!!」 主役の登場。お揃いの衣装に少しだけスカーレットのアレンジを含めた柚が飛び出て、掻っ攫うようにマイクを掴む。 ヒュー! とどこかで口笛が鳴った。周りにはほっとしているファンもいるようだった。私も、つい胸を撫で下ろしてしまった。 「今日の主役はアタシだよ! 今日もびしっとLIVEタイム!」 正面見据えて、指差して。 「えっと、勢いと、ノリと、あとは……やれるだけやってみよっ♪」 1つ、2つと指折りで数えて。 「楽しく行くよ、ついてきてーっ!」 いえーい! と右手を投げ出す動作に、いえーい! と野太い声が応えた。 上手いことやってるじゃん、柚。ほくそ笑んだ時、ふと目が合った。笑顔の上から太陽色が塗りたくられる。喜色の笑みで口を開き――あ、ちょっと待て、あの子また余計なことを! 「実は今日はー、あはっ、これは後のお楽しみ!」 えええ――っ! と観客がいい具合に釣られる。 つい胸に手を置いてほっとしてしまった。なんとなく左を見ると藍子と視線がぶつかった。すごい勢いで顔を背けられた。 笑いを堪えて肩を震わせてるのがムカついて軽くどついてやった。痛いですよ〜、とまた楽しそうに言われる。スポンジを叩いているみたいだった。 「まあまあそんなことより! 1曲目行こうよっ! 忍チャン穂乃香チャンあずきチャン準備オッケー? じゃあいってみよー♪ 柚ソング!」 いやアタシ達の歌だよ!? と忍がマイクに拾われないように突っ込んでいたのが少し印象的だった。 とんっ、と柚が小さく跳ねて、立ち位置を直す。流れてきたアップテンポのイントロに身体が動き始めて、そして彼女達の舞台が始まる。 □ ■ □ ■ □ 圧倒される舞台だった。 柚をセンターに残り3人がバックダンサー。かといって柚だけが印象に残る構成ではない。時に忍がスタイリッシュな、時に穂乃香ちゃんが華美なダンスを披露し、Bメロのちょっと目立ちにくいパートではあずきちゃんが一緒にボーカルに入る。サビに入れば今度は柚が徹底的に目立つように前に出る。ライトの使い方、明暗の調節も計算されている。歌声の力強さと楽しさもまた一段と増し、比例して歓声が爆発していく。 フォーメーションは穂乃香ちゃんで舞台構成が忍、で演出構成があずきちゃんだろうか。各々の分担が透けて見える。つまりそれは、それぞれが得意な分野で惜しみ無く実力を発揮しているということ。 ふと左右の2人が気になった。私たちはできているだろうか。個性を活かせる舞台を作れているだろうか。 『きっともっと輝く明日は♪ ぼやぼやしててもやってくるっ♪』 目まぐるしく動き続ける舞台に視界が4つあればいいと思った。 前に聞いたことがあるけど、フリルドスクエアのLIVEのDVDはいつも凄まじい売上を叩き出すらしい。気持ちも分かる。1度きりの興奮だけでは物足りない。何度も何度も見たいだけの魅力がある。多彩な色がある。それでいて、LIVEに客席から参加しているだけで楽しい。嫌なこととかモヤモヤしていることなんてぜんぶ吹き飛ばしてくれる。 「すっご……」 「ホントっ、すっごく楽しいです!」 「はいっ、はいっ、はいっ、はいっ! いえ〜〜〜い! ……ゲホッ」 2番のサビが終わりバックダンサーの3人が前に出てきた辺りで断続的な視線を感じた。ハイテンポなダンスから少し落ち着いた動きへと移行していた柚がちらりちらりとこちらを見ている。気がした。LIVE前の様子からして私のことには気づいているだろうけれどこちらをずっと見ている訳ではない。何かを探したまに私を見る――何かを探し、 ……ああ、そういうことか。 『だからもっと遠く見てみよう♪ ……そしてずっと楽しい日々にっ♪』 サビに入った。1種類の楽器で構成される、いわゆる「タメ」のサビ前半。柚が歌い上げる。少女らしいソプラノボイスに艶色を混ぜて。 子供らしさが目立つ柚だけれど、その気になればこんな姿だって魅せられるのだ。柚は「あずきチャンにぜんぜん勝てないけど」と言うけど、そんなことはないと思う。柚には柚の、あずきちゃんにはあずきちゃんの"色"がある。比べる物ではない。今だって、客席が酔いしれているのは他ならない柚の声なのだから。 「(小声)加蓮ちゃん。もしかして、柚ちゃん」 「(小声)うん。だと思う……」 藍子が耳打ちした。この子も柚の視線移動に気付いたらしい。LIVE前のやりとりと合わせて、気付く人は気付く頃だろうか――余計な勘ぐりが入る前に目的を果たして欲しいと思う。それに、的を見つけなければ弓を引けないのと同じで、見据えるべきものがなければ柚だって集中できないだろうから。 『だからもっと遠く見てみよう! ぼやぼやしててもやってくるっ♪』 サビの後半、また盛り上がり重視のパートに入り、柚は再び弾けた。探すのは後でと判断したのだろうか。しっかりと聞いてあげたかったけれど隣でコールに興じるウサミンがうっさくて聞こえづらかった。頭をはたこうと思ったら直前に菜々さんがこっちを向いてほらほらっ加蓮ちゃんも! と手を取る。そうですよっ! と左手を藍子が握る。 ――アタシ、加蓮サンのコールがあったらもっと頑張れるなーちらっちらっ 昨日の電話を思い出した。ちらっちらっとか自分で言うかフツー。ああでもそれが柚か。言ってなお伝わらないと不安に思うのだから何だって言いたくなる。 「フリルドスクエア、ら〜〜〜〜ぶっっ!!!」 サビが終わるのに合わせて、声の限りを上げてみた。柚が明らかな反応を見せた(あと周囲の人たち数名がこっちを振り向いた。あ、ヤバイ)。歌い終わると同時にバックダンサー役の3人が横並びになるべく前に出て柚がさらに3歩くらい前に出て、あ、ちょっと、後ろの面々が揃って慌てた顔してる。でも構わず柚はぎゅいぎゅいぐるぐる回りだした。そして―― 曲が終わると同時にズッコけた。 いい具合に音楽が完全沈黙して、しん……と舞台が静まり返る。誰も動かなかったのはだいたい5秒くらいだろうか。柚が少しの間、――少しの間、目を見開いて、それからこわごわと客席を見上げた。無数の目に晒された自分の失敗。唇が震えているのが遠目でも分かる。思わず――駆け寄りたくなった。駆け寄って抱き起こしたくなった。柚の後ろに柚を助けてくれる子が3人もいるのを知ってなお。 でも柚は。 「――アハハっ、やっちゃったっ。てへへっ♪」 取り繕いを含めつつも笑顔になって、起き上がった。 続く「1曲目お〜わりっ♪」という声をきっかけに、割れんばかりの拍手と声援があがる。がんばれーっ、どんまいーっ、という優しい言葉。こっちは女性によるものが多かった(ウサミンも叫んでいた)。 照れ笑いを浮かべながら柚は頭の後ろを掻く。後ろの3人――特に忍が今にもへたりこみそうな程に安心した表情で息を吐き出していた。 それから改めて、4人が横並びになって。1曲目でした〜! と、事前の台本通りに声を揃える。 「よかった……」 「いや、なんで藍子が泣きそうな顔してんの」 「だって……つい、あの時のことを思い出しちゃって」 「……ああ」 あの時のこと。柚が転んで、藍子が手を差し伸べて、それから。 「…………!!」 その瞬間だった。 十人十色の反応を見せる客席を見渡し照れくささに頬を染める柚がある一点を見て固まった。あ、と目を見開いて口を小さく開ける。じっと見据えるのは客席のだいぶ後ろの方。角度的に、たぶん出入り口の方。 観客はまだ気付いていない。拍手を続けている。気付いたのは……私と、あっち側は誰だ。忍が怪訝な顔をしていて穂乃香ちゃんが横目に見ている。あずきちゃんは歓声に手を振って応えてい柚の方を見ていない。 今回の舞台のうち、柚に関することは曖昧なまま組まれていた。 もし柚が"見つけた"ら? そこで固まったら? まして叫んだりしてしまったら? そんなの誰も予定していないだろう。フリルドスクエアはアドリブに強いタイプだとは思うけれど、どちらにしてもここからは予想されていながら台本に組み込まれていない話になる。 顔が強張るのが分かった。柚は強い子だ。大丈夫だと言ってくれた。でも―― 「――――――――アタシ、今日、言いたいことがあるんだっ」 興奮に満ちた会場へと、柚が想いの引き金を投下した。 シン、と静まり返るファン達。ややあって小さなざわめきが起きる。アイドルファン慣れしているらしい人達が、まさか……と言い出す。 そのタイミングを見計らうように、柚が言葉を続けた。 「あのね。エトっ……アタシ、じゃなかったアタシ達、LIVEをやっててすっごく楽しいんだ」 ざわめきが種類を変える。何の話題か分からない話に、菜々さんや藍子も瞳を揺らしていた。 「なんていうのかな……アハハ、アタシこういうの苦手だっ……。えとねっ。アタシ達は楽しくて、それが……伝わるっていうのかな……伝えられてるかっ、ちょっと自信なくてっ」 心臓が高鳴るのが分かった。つっかえる姿に、たどたどしく続ける様に強烈な不安を覚えた。 プライベートでの会話ならどこで途絶えようともいい。曖昧に終わってもいい。でも今はLIVEのMCパートだ。始めたことは締めなければならない。 柚は。 そういうのが、ものすごく苦手だから。 「だから……ええと、なんて言うんだろ。えっとね……えっと…………」 声がだんだん細くなっていく。がんばれー! という熱く温かい声が届いていない。 横並びの3人は――意外にも、フォローを出そうとはしなかった。致命的になるまで手出ししないと決めているのかもしれない。見守ることにしたのかもしれない。 私もそうしたいのに、心臓が煩くて仕方がない。私が喋っている訳でもないのに呼吸が荒くなる。立っているのがどうしようもないほど、身体が震えて、 「……大丈夫」 「っ!」 「大丈夫ですから。ほら、さっきだって大丈夫だったんですから……!」 藍子が、手を握ってくれていた。 昨日と同じように流れこんでくる温かさが、すうっと緊張を解していく。 藍子だって――私を諭す言葉だって芯が細くて不安を隠しきれていないのに、不安げに舞台上を見つめているのに。 それなのに、すごく心強い。 ――同じ痛みを味わうなら、共有じゃなくても同じ立場にあるだけでいい。一緒の想いを持つ人がいれば頑張れる。 それと、同じことなのかもしれない。 「えっと…………だから、その…………あ、アタシはっ! アタシは――」 言葉を探し、次のやり方を探し、柚は顔を上げ直す。明らかにある一点を意識して、それから―― マイクを、すっ、と横にどけた。……え? あー、あー、と柚が発声する。当然、声はほとんど聞こえない。最前列の人も捉えきれていないんじゃないかって程に。 それから。 それからだった。 「……アタシはっ!」 それから柚は、大きく大きく息を吸って――ほんの一瞬だけ私を見て――すぐに言うべき相手を正面から見て。 それから。 「――アタシは、ここにいるからああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!」 「ちゃんとアタシを見て、一緒に楽しんでいってーーーーーーーーっっ!!!」 咆吼した。 水を打ったように静まり返った空間は。 次の瞬間に膨張して爆発した。 わあああああああああああああああああああああああああ!!! と。 応える。 「……あの子…………!」 ――あたし、面白いからってアイドルになっただけなんだ ――何も持ってないんだ ――すっごく楽しいんだ。みんなでLIVEすること、すっごく楽しいから! ――加蓮サン達のLIVE見てさっ。あの、思いっきり叫ぶヤツ! すっごく楽しそうだと思って! アタシもやってみたいっ ――……ん、だけど。やっぱり言うことが見つからないんだ 不安な顔と寂しそうな顔が、思い浮かんで、情景がバラバラになる。 荒い息を吐く柚と目が合った。ニカッ、と笑ってくれた。私も、たぶん笑っていた。 やっと……やっと見つけられたんだね、柚。あなたのやりたいこと、あなたが持っていること。 「アタシは、ここにいるんだあああああああああああーーーーーーっっっ!!!!」 ――今、あの子は。 自分を見つけた。一緒に楽しみたいと思っている自分を、見つけることができたんだ。 「柚ちゃん……ふふっ♪ ……あ、あれ? 加蓮ちゃん? え、どうして泣いて……!?」 「ミンっ!? どどどうしたんですか!? いや柚ちゃんに感動したのはナナもですけど、え、そんなに!?」 「え、ぁ、……だって、その、柚が、柚が……!」 「よ、よーしよーし。そうですよね、泣きたい時はありますよね加蓮ちゃんにだって!」 「……よかったですね、加蓮ちゃん!」 「うんっ……!!」 案内人をやっていてよかった。ずっと見続けていてよかった。手を差し伸べられてよかった。 傷ついてでも進み続ける覚悟を持って、よかった。 ちゃんと行き着くところまで行ってくれて、本当によかった。 ようやく。 ようやく舞台の上の4人は、本当の意味で横一列に並んだんだ。 やっと柚が、胸を張ってそこに立っていられるようになったんだ。 「マイクマイクっ。ううっ、ちょっと喉が痛いかも。え、えとっ、とにかくアタシはそれで……に、2曲目行こっ。このままじゃ先に進まない〜っ」 未だ拍手が続く客席に、そうさせた側の柚が慌ててマイクを掴み直した。すると直後に次の歌のイントロが流れだし、今度は呆けつつもどこか嬉しそうだった3人があたふたと定位置につく。 さっきより少し抑えめのスローテンポな歌は、けれどさっきの1曲目より柚の存在を強調していた。 私はここにいる、と。 □ ■ □ ■ □ ――LIVE終了後・楽屋裏―― 「あっ、ごめんねみんな。ちょっと待っててっ」 ぱたぱたと柚が駆けてくる。行ってらっしゃい、と後ろで穂乃香ちゃんが手を振っていた。 「加蓮サンっ」 「……お疲れ様、柚。ずっと見てたよ。ずっと……あ……ごめんちょっと待って」 「え、ええええ!? 加蓮サンいきなり何っ。いきなり泣き出しちゃった!? え、えとっ、ええええっ!?」 「あ、あはは……実はさっきからずっとこうで。あの、柚ちゃん達のLIVEに感動しちゃったみたいで……」 傍らの藍子が苦笑いで付け加えた。こっちを不思議そうな目で見る面々の元へは菜々さんが「お疲れ様でした! いやあ若い子のパワーってすごハッまあナナも同い年ですけど!」と殴りこみに行って3人をまとめてポカーンとさせていた。 「そ、そうなの!? それはすっごく嬉しいけど、あ、でも加蓮サン泣き止んで。アタシどうしていいか分かんなくなっちゃうっ」 「ふふっ、ごめんね……。うん、大丈夫。お疲れ様、柚」 「うんっ。アタシ、ちゃんと言えたよ。ちゃんとできた! 叫びたかったこと叫んで……言いたかったこと、ぜんぶ言えた!」 「うんうん。ぜんぶ言えたよね。ぜんぶ言えたんだよね……っ…………!!」 「わ〜っ! また泣き出してる!?」 「もう、加蓮ちゃんったら……あははっ」 「……へへっ♪」 思い出す度に緩んだ涙腺から感情が溢れ出してしまう。もう我慢ならなくて柚に抱きついた。わ、わ!? と柚がますます慌てる。 「え、えへへ……。え、エト、こんな加蓮サン見たことないからちょっとびっくり。ね、加蓮サンっ」 「ひくっ……な、なに?」 「ありがとね。アタシをずっと見ててくれて。アタシが見つけられたの、加蓮サンのお陰だ」 「〜〜〜〜っ! ゆ、柚っ。今それ言うの反則…………!!」 「わわっ。ごめんなさい! えとっ、あ、藍子サンっこれどしたらいいカナ!?」 「ど、どうしましょう……。でも今は、泣かせてあげてほしいかな?」 「分かった! 今日は加蓮サンが甘えん坊サンになる番ですな〜。しょうがない、この柚が胸を貸してあげようっ。加蓮サン加蓮サン、アタシの胸でいっぱい泣いていいよ! ぎゅってしてあげるから!」 「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 おかしな絵だ。普通は逆なのに。 でもいいや。 よかった。 昨日、藍子が言ってた通りだ。私はずっと私の為に生き続け、私の為にアイドルをやっていた。だから……周りの誰かのことで、こんなにも心が突き動かされることなんて。 「柚っ……」 「なになに?」 「ううんっ……ありがとね、柚……! 私の方こそ、ありがと……!」 「えーっ。お礼を言うのアタシの方! でも加蓮サンにありがとって言われたらなんだか嬉しいな♪ だからアタシも、ありがとっ♪」 「うんっ……!」 やがて他のみんながぱたぱたとやってくる。大泣きしている私に目を丸くしたり、菜々さんがまるで親の如く私を撫で始めて忍が謎の尊敬の念を見せたりして、私は、私はずっと柚の胸の中で泣き続けていた。 「えとっ、よしっ。みんなで打ち上げだーっ! 加蓮サン達もついてきてーっ」 「……こんなになる加蓮ちゃんなんて珍しいですねぇ。それはともかく、じゃあナナもお言葉に甘えて参加しちゃいましょう!」 「よろしければ、私も……♪」 「忍チャン穂乃香チャン! いっぱい人が入れる場所ってどこがいいかなっ。……え? ファミレス? うーん、それでもいいけどこのままじゃ加蓮サンが目立っちゃいそう……もういっそ事務所にしちゃおうか! 事務所で打ち上げパーティー大作戦っ。へへっ、あずきチャンの真似っ」 これで――柚のことは、ぜんぶ片付いた。 柚がやるべきことは、あますところなく片付いた。 ほったらかしにしていたことと向い合って、柚らしく伝えた。 「ほらっ。加蓮サンも、一緒に行こ?」 「……ぐすっ……うん。パーティー、いっぱいお祝いしちゃおっか!」 「うんっ!」 喜多見柚はいつだってここにいる。 楽しくアイドルをやる為に。楽しいんだと言う為に。 |
掲載日:2015年10月25日