「煌月」
――事務所の談話室(夜)――
フリルドスクエアのLIVEを控えた、前の日。 今日、柚は私の隣にいない。ユニットのみんなと朝を迎えて、そのまま一緒に現地へ入るそうだ。 聞けばLIVEの時はいつもそうしているらしい。だったら私が無粋なことをする訳にはいかない。 ……と判断したんだけどこれが結果としてちょっと失敗だった。 北条加蓮「はー……」 高森藍子「落ち着かないなら、柚ちゃん達の方に行けばよかったのに……」 加蓮「やだよ、邪魔したくないもん」 ふんわりとした私服で、使い慣れた布団へと寝転がる。 夕方からレッスンがあった。どうにも落ち着かなくて身体を動かしたいからと少し延長。気づけば結構な時間になっていて、私は今日ここに泊まることにしていた。 藍子が自分も付き添うと言ってくれて、今に至る。 藍子「ハーブティー……は、飲まない方がいいですよね。もう30分もしたら11時だから。加蓮ちゃん、いつもそれくらいに寝ているんですよね」 加蓮「……柚情報か」 藍子「はいっ」 加蓮「もー、何でもかんでも喋って……」 藍子「でも柚ちゃんのお話、すっごく楽しいですよ。加蓮ちゃんのお話だからってだけじゃなくて、柚ちゃん、すっごく楽しそうにお話するから!」 加蓮「……ラジオに呼ぶの、楽しみ?」 藍子「はい、とっても♪」 レースのカーテンの向こうに朧月が見える。でも明日は晴れるって言ってた。 藍子「柚ちゃんのお話を聞いていて……ああ、加蓮ちゃんと柚ちゃん、すごく仲良しなんだなっていつも思うんです」 加蓮「うん。私なんかを好きってあんなに言ってくれる子、久々に見たよ」 藍子「久々に、ですか?」 加蓮「藍子とPさん以来。菜々さんは……ちょっと違う感じだし。ケンカしたからとかじゃなくてね。なんか、好きの違いっていうかさ」 ゆっくりと起き上がって、藍子の顔を正面から見て。……少し、熱い。 加蓮「……って改めて言うと照れるなぁ」 藍子「ふふっ。……加蓮ちゃん」 加蓮「なに?」 藍子「いえ。……その、ちょっとだけ、いいですか?」 加蓮「うん? うん、いいけど……わ」 首を縦に振ると藍子は、すっ、と私に近寄ってきた。 いきなり抱きついてくるってことはない。そっと、体重を預けてくるだけ。 藍子「……あは……私ちょっと変ですよね。加蓮ちゃんと柚ちゃんが仲良しでも、別に加蓮ちゃんがどこかに行ってしまう訳じゃないのに」 温かさが、どこか懐かしかった。 藍子「でも……なんだか、急にこうしたくなっちゃって。あはは、ごめんなさいっ」 加蓮「ううん。こっちこそごめんね」 藍子「いえっ。あれはもう、終わったお話ですから」 藍子と菜々さんをほったらかしにして、柚につきっきりだった件。 決着は完全についた。でもそれで傷がすぐに癒える訳ではない。アイテムを使って全回復なんてゲームの世界じゃないんだから。 2人で、静かな時間を過ごす。 前はこれがとても心地よかった。喋らなくてもそこにいてくれる。温かみがあって安心できる。 今も――いやでも、今は。 加蓮「……落ち着かない……!」 藍子「それ、もう40回目ですよ?」 加蓮「いちいちカウントしてたの?」 藍子「途中から楽しくなっちゃって」 ごろん、と寝転がって、藍子の顔を下から見てみた。すごく楽しそうに笑っている。 加蓮「何笑ってんのよー」 藍子「えー、だめですか?」 加蓮「いいけどー」 藍子「ふふっ」 加蓮「……ねえ、藍子」 藍子「なんですか?」 加蓮「LIVEの前に緊張しなくなったのって、いつ頃から?」 藍子「うーん……って私、今でもけっこう緊張しますよ? どんな大きさのLIVEでも、失敗するのは怖いですし、楽しんでもらえるかなって不安に思っちゃいますし」 加蓮「あ、そっか」 藍子「加蓮ちゃんや菜々さんと一緒なら、少し和らぐんですけれどね。あっ、あと夕美さんや歌鈴ちゃんと一緒の時も!」 加蓮「浮気性めー」 藍子「えーっ。加蓮ちゃんはどうなんですか?」 加蓮「実は私もまだ緊張する」 藍子「同じじゃないですか〜」 加蓮「うん。でもあれだ。人のLIVEでこんなに緊張するのは初めてかも」 藍子「人のLIVEで?」 加蓮「人がやるLIVEで」 藍子「それは……加蓮ちゃんがこれまでずっと、加蓮ちゃんの為にアイドルをやってきたからじゃないでしょうか」 加蓮「私の為に?」 藍子「ほらっ。今は、柚ちゃんのお姉さんですから♪」 加蓮「そうなのかなー……」 手の内でスマホをくるりと回す。 連絡はしないと決めている。それこそ私のLIVEの話じゃないんだ。私にできることはすべてやった。 加蓮「変な感じ」 藍子「柚ちゃんのことで緊張することが、ですか?」 加蓮「うん。すっごく変な感じ。うーそわそわするー……」ジタバタ 藍子「ふふっ」 加蓮「……あの子、ちゃんとできるかな」 ただのLIVEってだけならお節介だ。でも今回は少し違う。今回のLIVEには、別の意味が込められているから。 加蓮「正直さ。綿密な計画なんて決まってない。行き当たりばったりなんだ。やりたいことしか分かってない」 藍子「そうなんですか?」 加蓮「うん。最後までやりたいことしか見えてなかった。あずきちゃんっぽく例えるなら、大作戦の題名だけ決めてる状態かな」 藍子「それは……加蓮ちゃんも、心配しちゃいますね」 加蓮「でもま、柚は1人じゃないし」 どうにかなるでしょ。 ……って、言えないのが。 そう言えない私が少しだけ嫌だった。 目を伏せて、3秒くらいしてから藍子が右手を両手で握ってくれた。 加蓮「…………うん」 藍子「はいっ♪」 その時だった。 スマホが、軽快な着信音を鳴らした。 藍子と2人、顔を見合わせる。 発信者の名前は"喜多見柚"。 ……拍子抜け。 肩から、ちょっと力が抜けたような。 加蓮「私さー」 藍子「?」 加蓮「たまに、自分がメチャクチャ馬鹿なんじゃないかって思う」 藍子「そんな言い方しなくても……」 加蓮「あはは、ごめん」 電話を取った。 途端、やっかましい声が聞こえてきて慌てて耳から離す。 スピーカーモードにして布団の上に置いた。電話越しの喧騒を聞いた藍子がちょっぴり目を瞑る。 加蓮「もしもしー?」 喜多見柚『あっ加蓮サンだ! やっほー! あのねっこっちはみんな揃ってるんだ! それで、作戦会議が終わったから電話してみたっ』 加蓮「あっそお……」 藍子「こんばんは、柚ちゃん♪」 柚『藍子サンもいる! いいなーっ。ねえ加蓮サンも藍子サンもこっち来ちゃおうよ! 今ね、忍チャンの部屋! 来ちゃえ来ちゃえっ』 慌てて止める声が聞こえた。もう座るとこないよ!? とかなんとか。 加蓮「私が行っても水差すだけでしょ。遠慮しとくよ」 柚『えーそんなことないよー。みんな加蓮サンの話を聞きたいって言ってるっ。あ、もちろん藍子サンの話も!』 ……。 ホント、私って馬鹿だ。 柚『ねー穂乃香チャン! あずきチャンも……ってあれ、もう寝てる。とにかく来てよっ。だめ?』 加蓮「……今日はもう眠たいし、柚達だって明日は早いでしょ? みんなで騒ぐのは、また今度で」 柚『む〜……しょうがないっ。約束だよ?』 加蓮「はいはい」 何か言いたいことある? って目で尋ねたら、加蓮ちゃんの方があるんじゃないですか? って小首を傾げられた。 加蓮「ね、柚」 柚『なに?』 加蓮「明日、大丈夫?」 柚『うん、大丈夫』 加蓮「平気?」 柚『平気っ。忍チャンも穂乃香チャンもあずきチャンもいっぱい励ましてくれて、いっぱい考えてくれたっ』 加蓮「そっか。よかった……」 加蓮「……あのね。さっきから私そわそわしてるんだ。柚のことばっか考えてて」 柚『アタシのこと!? わー、そ、それは照れちゃうなー。あっこら穂乃香チャン笑うな〜!』 加蓮「私も。さっきから藍子に笑われっぱなしだ」 柚『お揃いだねっ。エト、もしそわそわ〜ってなるならアタシに電話してきて! 加蓮サンが邪魔だーってことなんて絶対誰も思わないから!』 加蓮「……あははっ、分かった。今日は柚から電話してきてくれたから、ゆっくり眠れそうだ」 柚『じゃあ明日も元気いっぱいだねっ。ふふふー、アタシ、加蓮サンのコールがあったらもっと頑張れるなーちらっちらっ』 加蓮「しょーがないなぁ」 柚『やたっ』 笑いながら、ふと時計を見る。短針がそろそろ11へと差し掛かろうとしていた。 加蓮「柚、私そろそろ寝るから。明日のために体力とっとかなきゃ」 柚『はーいっ。じゃあアタシも寝る……あれ、ねえ忍チャン、これアタシどこで寝たらいいの? あれ、あの、アタシのお布団はーっ!?』 加蓮「…………」 2秒後に助けを求められる未来が見えたので、その前に電話を切ってやった。 きっと向こうでは通話が切れたことに気づかず柚が何か叫んで、そして忍あたりに呆れられているのだろう。 想像すると笑みが漏れてしまう。悪い顔、と藍子が声を弾ませる。 加蓮「いっつもこうなんだよ。もう大変で大変で」 藍子「ふふ、なんとなく想像できちゃいます」 加蓮「でしょ? ……前に」 加蓮「前にずどーんと落ち込んだ時のことばっか思って、変に心配して」 加蓮「そんな私が馬鹿なんだろうねー、とか」 藍子「……もうっ、あんまりそういうこと言っちゃ駄目ですよ」 加蓮「ん、ごめん」 藍子「柚ちゃんだって言ってました。加蓮ちゃんが悪いなんて言う人は、誰もいないって」 加蓮「うん。……分かってるんだけど、分かってないのかも、私」 藍子「じゃあ私が分からせちゃいますからっ。私だけじゃなくて、柚ちゃんも、他のみなさんも」 加蓮「……お手柔らかにね?」 藍子「はーい」 加蓮「……寝よっか」 藍子「はい。明日を楽しみに、寝ちゃいましょう?」 加蓮「うん」 藍子「もう、そわそわしてませんか?」 加蓮「もちろん」 目を閉じて、明日を信じて眠りにつく。 いつ以来のことだろう。こんなにも朝に起きるのが楽しみになった時なんて。 明日はきっと、喜多見柚という少女にとって大きな1日になる。 藍子「よかった……じゃあ、加蓮ちゃん。また、明日です」 加蓮「また明日」 すべてが解決するか分からない。また傷つく結末になるかもしれない。 なのに私は今、期待して、楽しみにしていた。 布団の中でそっと藍子の手を握った。楽しみですね、って囁いてくれて、握り返してくれた。 |
掲載日:2015年10月24日
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