「後先なんて周りなんて知らない」





――レッスンスタジオ――
忍が人のレッスンを見て引き気味になっているところとか、初めてみた。

喜多見柚「きゃっ」ズテッ
柚「ううっ……ま、まだまだやるもんっ! ベテトレさん、もっかい! もっかいお願い!」
ベテラントレーナー「……2番の頭から」

汗だくになり擦り傷だらけになり、でも柚は何度も立ち上がる。
皮肉にも――それまでの積み重ねがあったとはいえ――1度の転倒で大爆発した子とは、まるで別人みたいだった。

ベテ「ワンツースリーフォー! やるならもっと動きは大きく! 目線は前!」
柚「は、はいっ」
ベテ「もっと笑顔で!」
柚「はいっ!」

彼女の必死な姿を見学するのは2人。私と忍。互いに顔を見合わせて、なんとも言えない気持ちになる。

工藤忍「……こんな柚ちゃん、初めて見た」
北条加蓮「昔の自分を思い出す、とか」
忍「ううん、アタシもここまで必死にやった記憶ちょっとないよ……」
加蓮「だよね。私も」
忍「え、そう? 加蓮ならやってそうだけど……」
加蓮「忍こそ、案外こんな感じだったんじゃない?」

どっちもだ、と誰かがツッコミを入れたような気がした。

ベテ「そこまで! ……今の喜多見とユニットのことを考えると既に十分だとは思うが、」
柚「まだ、まだっ……! アタシ、ホントに、ぜぇ、今回のは、ホントに……!」
柚「アタシじゃぜんぜん勝てないケドっ、でも……頑張ろうって気持ちは、あの時の加蓮サンにだって負けないよ!」

加蓮「え」
忍「……やってたんだね」
加蓮「あー……あー、うん、だ、だいぶ昔のことだから忘れてたなー、あはは」

ベテ「…………」チラ
柚「それだけじゃない! アタシ、前はずっと見ないようにしてたんだ。何もない自分が怖くて」
柚「でも頭の中で覚えてるんだ。どうやって頑張ればいいのか。どうやったら頑張ろうって気持ちになれるか」
柚「忍チャンがずっとやってたから、マネくらいなら……!」

忍「え」
加蓮「くくっ、だって〜?」プニプニ
忍「…………いやその、そんなこと言われてもさ」

ベテ「…………」チラ
柚「だからお願いベテトレさん! アタシ、もう前みたいに逃げたりしないから!」
柚「もっともっと教えて!」
ベテ「……分かった。ではもう1度、通しで」
柚「はいっ」

以前に柚が爆発した際、レッスンを途中で放棄してしまった――そのことについて柚はだいぶ経過してから謝った訳だけれど、ベテトレさんはあっさりと許してくれた。
でもそれは断じてベテトレさんが優しいからではない。
よくあることだ、と呟いていたのを聞いてゾッとしたことはまだ忘れられない。

ベテ「そこまで! 喜多見、向上心と無謀は違う。今の身の丈を計ることも大切だ。ソロではなくユニットでのLIVEなら尚更――」
柚「加蓮サンっ忍チャンっ! アタシ何したらいい!? あと何ができる!? ……やっぱり2人も教えて! アタシ1人だけじゃぜんぜん駄目だから……!」
ベテ「…………」

だから、もしかしたらそんなベテトレさんには分からないのかもしれない……あるいは、忘れてしまっているのかもしれない。
計算も調和もなく、自分自身をすり潰しきりたいという気持ち。ともすればこれが最期のLIVEだと思えるくらいの感覚を。
忘れていることに善悪はない。私で言うところの役割の話だ。
ベテトレさんにできないことがあるなら、別の誰かがやればいい。
私達がやれないことを、ベテトレさんがやればいい。

加蓮「忍」
忍「うん」

私たちは立ち上がった。レッスンに加わるために許可をもらう、なんてまどろっこしいことなんてぜんぜん考えない。

加蓮「言葉で説明するよりやってみた方がいいかな。分からなかったら言ってよ、頑張って解説してみる」
柚「分かったっ」
忍「アタシはいいけど加蓮はいいの? またすぐにへばるんじゃ……」
加蓮「忍」
忍「何?」
加蓮「その時はほら、こう、思いっきりビンタを」
忍「いやいやいや!? アタシそんなことできないよ!?」
ベテ「ほう。いい心がけだ北条。その時は私がやろうか」
加蓮「じゃベテトレさんでいいや。とにかくやるよ柚」
柚「うん。お願い!」

意識を何度飛ばしてでも、私は柚の背を押し続けたい。



□ ■ □ ■ □



そんな日が3日ほど続いた。当然、私もアイドルだから私の分の仕事がある。撮影にインタビュー、私自身のLIVEの準備。頭のストッパーをちょん切ってなんとか回しきっていた。
4日目。今日はフリルドスクエア全員でのレッスンということで、私は手伝いを控えることにした。
アドバイスできることはぜんぶしておきたかったけど、1回自分でやってみたい、って柚が言うもんだから。
で、こういう時ってたいていブレーキをかけた瞬間に身体へとツケが回ってくる。

――事務所の休憩室――
加蓮「ぁー……藍子、あと何分……?」
高森藍子「もう、加蓮ちゃん。そんなに何度も聞かなくても、お仕事の時間になったらちゃんと教えますから……」
加蓮「分かってるけどー……」
藍子「……今は40分だから、あと20分です。あの、今からでも今日のお仕事はキャンセルした方がいいんじゃ」
加蓮「私はプロのアイドルだー……」
藍子「それは誰でも分かってますっ!」

藍子の膝の上に頭を載せた途端ありとあらゆる身体の部位に錘をつけられたような感覚に陥って、それから今に至る。
しんどいというか、動けない。容器が空っぽ。それ以外に表現する言葉がない。

藍子「…………」ナデナデ
藍子「…………」ナデナデ
藍子「…………」ナデ...
加蓮「藍子……?」
藍子「あっ……ごめんなさい。私、加蓮ちゃんがこんなにクタクタになっているのを見て……菜々さんが言ってたことを思い出して」
加蓮「ウサミンが?」
藍子「ちゃんと、加蓮ちゃんを叱ってあげられるようにって……叱ってあげなきゃ、って思うんです。加蓮ちゃんのこと」
藍子「でも、今の加蓮ちゃんが柚ちゃんの為に頑張ってるの、私、知っていますから……それに加蓮ちゃん、一度言い出したら絶対に聞いてくれないって知ってるから」
藍子「こういう時って、どうしたらいいのかな? って、ちょっと思っちゃって」
藍子「あはは……こんなこと言われても、困るだけですよね」
加蓮「んー…………」
加蓮「……こっちこそ……藍子を困らせてごめんね。でも……倒れても、傷ついても、やらなきゃいけないことってあるから……」
藍子「うん……」ナデナデ
加蓮「…………」
藍子「…………私」
加蓮「うん……?」
藍子「加蓮ちゃんのこと、もっと信じてあげたいなって思います」
藍子「だって加蓮ちゃんだって、自分の体のこと、分かっているんですよね。あんまりうるさく言ったら怒られちゃいそう」
藍子「心配になっても、不安になっても、加蓮ちゃんなら大丈夫だって思いたくて」
藍子「だから、信じてあげたいんです」
藍子「……えっと……信じても、大丈夫……ですか?」
加蓮「あはは……それ本人に聞くかなぁ。……どうなんだろうね。分かんない」
藍子「そうですか……」ナデナデ
加蓮「私だって、いっぱい無茶はするし、顧みないことはするし。後先考えないことだってあるよ。いつだって正しいなんて絶対にありえなくて……」
加蓮「……分かんない。でもさ、藍子」
藍子「はい」
加蓮「……信じてほしいな、私のこと。藍子には、信じてほしいな……」
藍子「……ふふっ。加蓮ちゃんが、そう言うなら」

そして仕事の時間が来る。ほんの少しだけ生まれた体力をフル活用して、私は私の役割を果たす。
その日、私は帰宅した瞬間に眠りに落ち、12時間も睡眠を取ってしまった。



掲載日:2015年10月23日

 

第160話「賽を叩きつけてきた」へ 第162話「煌月」へ

二次創作ページトップへ戻る

サイトトップに戻る

inserted by FC2 system