「わたしたちの見ている物」





前回のあらすじ。
歌鈴は前を向き、藍子は想いを受け止める決意をした。
そして、LIVEバトル当日――


――LIVE会場――

「子供の頃の夢を見た♪ 正義の味方に憧れて♪」

――2つの風景が見える。
灰色の中であがき、差し伸べた手に甘えていた自分と。
虹色の世界で声を上げ、轟を受け止める自分。

「今の私が守るのは♪ 私がいるこの世界!」

道明寺歌鈴は歌う。踊る。体を動かす。
特別なステージだ、自分のボイスグループ記念LIVEだ。そう聞かされて、直前に演出を変えるなんて無茶をして、始まる前は膝をずっと震わせていたのに、今は喉の奥の奥から、心をぶちまけていた。
歌鈴の想いはただ1つ。

今、私の世界は、此処にある!

「両手を拡げて掴む世界は♪ 眩いまごころ綺麗な場所♪」

サビへ入り、脳はさらにヒートアップしていった。それとシンクロするように観客の熱もグングンと上がり、絶叫が空間を震わせる。
夢の中を踏み荒らすような光景に、けれど時々、視界が現実へと戻る。
そうしたら見えるのだ。自分の背を押してくれる目が。応援してくれるプラカードが。そして――
自分を見守る、彼の姿が。

「明日は見えないかもしれない♪ だから今を心(ここ)に持ち♪」

また現実が千切れる。身体がトランスして、汗が飛び散る。
どれだけ回ってももう転ぶ予感もしない。いつかドジしないように早く終われと祈っていた舞台は、いつまでも続きますようにと願う場所へと変化していた。
叫ぶ。叫ぶ。叫んで、叫んで。
届きますように。
あらゆる物へ。
私が見続けた、あらゆる物へ!

「いつの時か私の想いが――」

足が絡まった。そう、これは転倒する前兆――でも、歌鈴は転ばない。
傍目では――その行動を、誰が見れば追うことができるのだろうか。
足元を一瞥し、頬に汗が流れ、笑顔の隅でぺろりと舐め取り、目の隅にいる彼へ視線を遣り、笑顔を魅せ。
次の瞬間にはもう立て直す。
転びそうになって転ばない、という行動を、もはや作業のようにこなす歌鈴は、けれど一瞬たりとも表情を硬くすることはなかった。

「私の世界へ、届きますように♪」

2番のサビが終わった。バックダンサーを務めていた、自分をここまで叩き続けていた少女が前に出る。歓声が色を変える。
歌鈴の中の情熱もまた種類を変えた。黄色い声を受け止めて両手を振ってなんか喋りだして――ちょっと待って欲しい。これは自分の記念LIVEだから立ち位置を変えると言って無理をねじ込んだのはどこの誰だ。結局、彼女はこうなのだ。
舐めるな。負けじと歌鈴が前に踏み出る。エールが真っ二つに割れる。

――その時、隣の少女が一瞬だけ獰猛な笑みを浮かべていたことを、歌鈴は知らない。

「ねえ……私の想いは見えていますか? 私はここにいますか?」
「その姿に君は微笑んだ♪ 笑いがこみ上げてきた♪」

もはや競い合うようなダンスで繋いで、最後のサビが始まる。
歌鈴がしっとりと歌い上げれば、観客は声を鎮める。
歌鈴がまた口を大きく開ければ、観客は大地を揺るがす。
今、ここはまさに、自分の世界。いつか辿り着きたいと思っていた、自分の世界!

「――――――っ!」

一瞬の間を縫って歌鈴は少女の名前を呼んだ。少女は、ほんの刹那だけ意外そうな顔をして、けれど次のフレーズに入るよりも遥かに早く、歌鈴の隣へ並んだ。
湖色と和色が、一寸の乱れもなく折り重なる。

「「両手を拡げて掴む世界は♪ 眩いまごころ綺麗な場所♪ いつの時か私の想いが――私の世界へ、届きますように♪」」

拍手の波が、2人を覆いかぶさった。


□ ■ □ ■ □


北条加蓮はそれでも冷静だった。
そもそも――今回の加蓮の役割はサポートでしかない。LIVEの前は転んでばかりの仲間を蹴り起こし、LIVEが始まればバックダンサーを勤め、終われば興奮気味に語る相棒へと絶え絶えの息で相槌を返すだけ。
だから主役の巫女に比べれば、だいぶ思考を働かせることができた。

――この子は、何度失敗しようとして、何度、未然に防いだ?

数えている限りで11回。基本的に前を向いたまま視界の端で捉えただけなので、おそらくはそれ以上あるだろう。
足がもつれる度、歯の音が聞こえる度、加蓮は誰にも分からないほど小さく頬をひくつかせた。
けれど実際は、説明するまでもない。
歌が終わり、いったい何分も続いたのかと拍手に包まれ続け、涙でぐしゃぐしゃにしたドジっ娘が何度も感謝を叫ぶ結果となった。

――本番が強い、と説明するにしても、ちょっと無理がある。

そして加蓮は気づいていた。彼女が時折、視線を横へ揺らしていたことを。
そんなものは後頭部からでも分かる。目の先に、誰がいるのかということも。
想いの大きさを加蓮は知っていた……知っていただけで、心のどこかで舐めていただけかもしれない。
練習では何度も無様な姿を晒した彼女が、本番という舞台、彼が見守る場所、という条件を満たすだけで、ここまで化ける。
どれほど――その想いは強いというのか。

「…………恐」
「ふぇ? こわい、ですか?」

聞き取れる音量で呟いてしまったらしい。加蓮は慌てて手を振った。

「や、あはは……ほら、藍子達の舞台、始まるよ」
「……はじまりますね」

幾分か緊張の面持ち。膝の上で、ぎゅ、と拳を握っている。
強張った塊の上にそっと掌を乗せ、加蓮は舞台へと注目することにした。
そう――今回の舞台は、自分たちが歌って終わりじゃない。LIVEバトルという形を取っているのだ。
対戦相手、相葉夕美&高森藍子。ユニット名「Flowery」。

『ここからは、高森藍子がゆっくりした時間をお届けします』
『そして、相葉夕美です。よろしくねっ』

薄暗かった舞台に、淡橙のスポットが当たる。
そこには23歳の高森藍子がいた。
……いやもちろん藍子は16歳だが。加蓮は反射的にそう思った。
明らかに夕美の手が入った衣装。ヴェールのような白バラは振り向かせるだけのインパクトがありながら、安らぎの効果も秘めていた。おそらく花の中に桃色が混じっているのだろう。あとは衣装の端々に見たことのない紫の花がついている。片手で数える程度のアクセントなのに、それだけで見た目の年齢が7つか8つかは上がっていた。

「ふわぁ……」

ライバル宣言を忘れた巫女が憧憬の声を上げていた。

そして相葉夕美の方は――良い意味で絶句する見た目だった。もうこれでもかとありとあらゆる花を全身に纏う。加蓮の知っている限りで、薔薇に芙蓉、ヒマワリ、鈴蘭、あとはカーネーションらしき物があった。頭の一番目立つところに芙蓉を置くというのはあてつけか何かか。
そして、よく見ればステージにも多種多様な花がところ狭しと並んであった。規則正しさと不規則さが不定期的に織り交ざる。結果として1つの菱型ステージが生まれている。
花に囲まれたステージに立つ、花を纏った少女2人。
LIVE前のフリが、少し長い。最初こそ夕美がこの舞台は自分のCDデビュー発表だと告げ大拍手を受けていたが、それからは、最近見た花の話、レッスンの話、カフェで作戦会議をした話。普段のMCのような内容を、琴の音のようにゆっくりと語る。
フェアリーをイメージしたのかもしれない、と加蓮は思った。ゆっくりした時間を届ける、と藍子が言っていた。
自分たちとは対照的なバラード風味のLIVEになるかもしれない、なるほど、それなら勝負っぽいし面白いかもしれない、

という予想は開始1秒でぶっ壊された。

『――百花繚乱♪ 小さな絆は大輪を生む♪ 大きくなあれ私の華よ!』

ひゃっ! と歌鈴が悲鳴を上げた。ほぼ同時に、客席がざわめいた。
一瞬にして冷水を浴びせられた――ならぬ、溶岩をぶち撒けられた。
深夜ラジオみたいなまったりとした前フリはいったい何だったのだろう。快活な笑みの夕美からとんでもないエネルギーが発された。まだ彼女と交流の薄い、つまり夕美をよく知らない加蓮は思わず立ち上がっていた。

『未来の種を撒きましょう♪ 未来の希望を撒きましょう♪ 誰も1人にさせないよ♪』
『色も形も違うけれど♪ 咲いて咲いて咲き誇れ♪ この世界に咲き乱れ♪』
『百花繚乱♪ 今はまだつぼみでも♪ 私が水を与えてあげる♪ だから見せてよあなたの色を!』

花に囲まれたフィールド。決して広くない場所を、夕美が自由自在に飛び回る。淡い色だったライトが急速に回転を始め、彼女を追いかけようとするも姿が捉えきれず、それでいて別のライトがしっかりと夕美を照らす。赤に青に白に黄、緑に紫も混じっているだろうか。それだけしておきながら目に痛い舞台でもない。色が、背景へと溶け込んでいる。
夕美の後ろで藍子が小さくステップを踏む。その場で足を動かしているだけのようにすら見える彼女へ、熱烈なコールが起こる。
やがて2番のサビの前、間奏10秒ちょっとの時間が訪れる。
藍子を期待する声が上がったタイミングで、ピタリ、と夕美が立ち止まった。

『ではここで、お誕生日の人をお祝いしましょう〜♪ せーのっ!』

――オメデトーーーーーーーーーーーーー!

『わぁっ、ありがとうございます〜っ!』

祝福に包まれた藍子が前に出る。夕美がそっと後ろに下がったと同時に音楽が一瞬だけ止み、そして2番のサビが始まる。

『百花繚乱♪ もしもたった一時(いっとき)でも あなたの夢を見てみたい♪ きっととってもすてきだから!』

――この場で誰よりも早くCDデビューを果たした少女は。
持つ世界を保ち、語りかけるように歌う。
夕美と同じ歌を、違う世界から語りかける。
2番のサビを務めた彼女は深々と頭を下げた。ワアアアアアア――!!! とコールがまた大きくなる。

『百花繚乱♪ 小さな絆は大輪を生む♪ 大きくなあれ私の華よ!』

そうして最後に夕美が締める。たくさんの花と共に飛び跳ねる彼女の姿は、MCパートを待たずしてこの舞台を楽しんだことが全身から伝わってきて――
加蓮は状況と現状をすべて忘れ、この場の誰よりも早く、立ち上がって大きな拍手をした。

「ありがとー! 藍子ー! 夕美ー!」



□ ■ □ ■ □



『2対2のLIVEバトル! ファンの選択は!? その結果は!?』

『――勝者、Flowery!』

酸素がぶち壊れるような轟音がした。
ステージにてそれを受け止めた、加蓮、藍子、歌鈴、夕美は、頬を緩め、白い歯を見せ、手を大きく振り、ようやっと音が落ち着いた頃に誰の合図でもなく深々と礼をして、そしてまた大きな賞賛と感謝を全身で浴びたのだった。
この時のことを、藍子は後から振り返る。

――加蓮と歌鈴の想いに向かい合って、本当によかった、と。


「お疲れ様っ! 楽しかった! 本当に楽しかったよ!」

控え室からでもまだ観客の声が聞こえる。椅子を大きく軋ませるほどに座り込んだ夕美へと笑顔を見せつつ、一方で藍子はほんの少しだけ目を伏せた。
LIVEが楽しかったことは間違いないし、アイドルをやっていてよかったと心の底から思うけれど。
これはLIVEバトルだから敗者がいる。それも、自分たちよりも遥かに、勝とう、と思っていた側が敗者なんて――

でも。

「はーっ……ああもう楽しかった! 久々だよこんなに汗が気持ちいいLIVEって! ねえ歌鈴!」
「は、はいっ! ううぅ……アイドルって、ホント、スゴイですね!」

加蓮が笑い、歌鈴が瞳を潤ませる。
藍子の杞憂は、あっけなく霧散していった。

「ふふっ。ねえ歌鈴。2番のBメロの歌詞ちょっと飛ばしてたでしょ」
「ふぇっ!? きき気づいてたんですか加蓮ちゃん!?」
「すぐに復帰したからほとんどの人に気づかれてないと思うけど? あれどうやって復活したの? すごいじゃん」
「あれはっ……視線の先にたまたまPさんがいて、頑張らないとって思ったらっ」
「たまたま? それホントに?」
「偶然ですっ!」

安堵の息を吐いている間に、加蓮がいつも通り口元を歪ませ、歌鈴があわあわと手を大きく振る。
……くすっ、と、感情を口から漏らしていた。
お、と加蓮が目敏く反応する。まるで漫才みたいだね! と夕美が茶化す。
もう我慢しきれなくて、藍子はあははっと大きく笑った。

「もうっ……LIVEが終わったばっかりなのにっ。笑わせないでくださいよ!」
「何なら今から舞台に戻って即興の漫才でもやろっか」
「じゃあ私がボケに回ろっかなっ?」

漫才、ではないけれど。つまり、造られた物ではないけれど。
誰の顔からも笑顔が無くならない。ここには勝ちと負けがはっきり分断されているのに。
藍子は笑って、微笑んで、噴き出して……それから、心の中で小さく、息を呑み込んだ。
競っても、変わらない物だってある。
それに――競ってこそ、生まれる物が。さっきみたいなとんでもない舞台が見られるのだから。
それも、アイドルなのだ、と。

「加蓮ちゃん。それに、歌鈴ちゃんも」
「んー? 改まってどした?」
「な、なんでしょうかっ」
「今日は……ありがとうございました! 私、すっごく楽しかったです! だから、その、お礼を言いたくて……あはは……」

決意をしてしまってもすぐに萎むものだ。乾いた笑みになりつつあるところに、がし、と加蓮に腕を掴まれた。

「私も。楽しかったよ。それに嬉しかった」
「藍子ちゃんとバトルしたこと、私、ぜーったいに忘れません!」
「……はいっ。私も、ずっと覚えていますね♪」
「あっ、私もだよっ! 除け者にしないでほしいかな!?」

夕美が飛びかかってくる。加蓮も巻き込んでがらがらがっしゃーんと倒れこんで椅子が吹っ飛んでいった。お陰で悲鳴が聞き取れなかった。
潰されたところになぜか歌鈴が突っ込んできて上の夕美がぎゅむっとおかしな息を吐く。ちょ、どいて! と加蓮の必死な声が聞こえた。検査入院の思い出が蘇ってきたのだろう。
そうするものだから歌鈴が慌てて体を変にねじり夕美がきゃあきゃあと悲鳴を上げる。
……せっかく、お礼を言って終わろうとしたのに、なんだかよく分からないことになっていて。

でも、藍子も、そして他の3人も、ずっと、ずっと笑い続けていた。

それが、わたしたちが見ている物。


掲載日:2015年7月25日

 

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