――レッスンスタジオ・夕方――
喜多見柚「〜〜〜♪　〜〜〜〜♪　……どおっ！？」
女性Ｐ（以下「Ｐ」）「うん、うまいうまい！　柚のレッスンなんて久しぶりに見たけど見て正解だったわぁ。これならおねーさんもやる気が出るわね」
工藤忍「…………」ﾀﾝﾀﾝｯ
柚「ホント！？　やったっ。へへ、そっかー、Ｐサンを元気にさせちゃったかー」
Ｐ「こらこら、調子に乗らない」
忍「…………」ﾀｰﾝｯ
柚「Ｐサンも前みたいに一緒にやってみる？　それがいいねそーしよそーしよ！　せっかく来たんだしっ」
Ｐ「うーん、おねーさんちょっと疲れてて。この後も会議とかあるのよね。ちょっと遠慮しておくわ」
柚「えー。でも、そっか。忙しいなら仕方ないよねっ。次は一緒にやろうね！」
Ｐ「ふふ、もちろん」
忍「…………」ﾀﾀｯ
柚「そう言ってＰサン、前にもすっぽかしたことあったよねー」ｼﾞﾄｰ
Ｐ「え……そ、そうだったかしら？　覚えてないわねぇ」
柚「すっぽかしてんだから覚えてる訳ないじゃんーっ！　次に忘れたら罰ゲームだよっ罰ゲーム！　内容は……まだ決めてないケド！」
Ｐ「できれば罰ゲームもそのまま忘れてくれると嬉しいかしら」
柚「むむ。そんなこと言うんだったら前の分の罰ゲーム、今ここでやってもいいんだからね」ﾌﾟｸｰ
Ｐ「か、勘弁してもらえると助かるわ……」
忍「…………」ﾀﾝﾀﾝ
柚「……それで、えーっと、忍チャン？」
柚「あの……そろそろ、休憩にしない？」
忍「…………」ﾀﾝﾀ...
忍「え？　……あれ、Ｐさん！？　いつ来てたの！？」
Ｐ「私、さっきからずっとここにいるわよ？」
柚「やっぱり気付いてなかった！　忍チャン今日も朝からずっとやってるでしょ！　そんなんじゃ身体を壊すぞーっ」
忍「そんなこと言われても……今日はダンスが上手くいかないんだ。できるまでやりたくて！」
柚「まだやるの！？」
Ｐ「あー、忍、忍。頑張り屋なところは認めてあげるから、あんまり根を詰めすぎてもいいことにならないわよ」
忍「Ｐさんまで……。でもこのまま終わるなんてアタシにはできないよ。しかも、前までできてたダンスが急に……なんだよ。納得いかないって！」
Ｐ「うーん……こうなるとおねーさんもお手上げだわ。柚、あとお願い」
柚「えっアタシ！？」
Ｐ「柚のいい加減さがあればなんとかなる！」
柚「どゆことーっ！？」
忍「…………」ﾀﾝﾀﾝ
柚「と、とにかく忍チャンは休憩！　ほら、座っ――」ﾋﾟﾀ
柚「あっつ！？　忍チャン身体すごく熱い！」
忍「え？」
Ｐ「ちょっと失礼。……うっわ、ホントだ。……あの、忍？　もしかして今日って……今日、休憩は何回取ったの？」
忍「今日は……そういえばまだ休んでないっけ」
柚「おかしいよ！　さすがにおかしいって！　なっ、なんでそんなにやってんの！？　忍チャンがそーゆーのだってのは知ってるけど！」
忍「だから納得がいかないんだって。どれほど練習しても上手くいかないし……半端なところでやめるとかアイドルとしてヤダだし」
柚「〜〜〜〜っ、忍チャン！　……正直、今の忍チャンは恐いっ」
忍「はあ？」
Ｐ「ごめん、私もそう思う。朝から夕方まで休憩抜きって……え、つまりお昼も食べてないってこと？」
忍「そういえばそうだっけ。水分補給はしてるけどね」
Ｐ「そういう問題じゃないわ。忍、プロデューサーとしてさすがにそれは看過できないわよ。ドクターストップ。医者じゃないけど」
忍「……Ｐさんがそう言うなら」ﾍﾟﾀｯ
Ｐ「ねえ忍。おねーさんそんなに難しい課題を出していたかしら？　それとも、何か変なこと言った？」
Ｐ「休憩が大事だってこと前は分かってたじゃない。どうして今日になってそんなに無茶してるの」
忍「…………」
柚「ＰサンＰサン。忍チャン、暗い顔してる」
Ｐ「あ……っと、おねーさんつい言い過ぎちゃった。ごめんね忍。責めてるとかじゃないの」
忍「うん……分かってるよ」
忍「……分かってるんだけど、今、すごく頑張りたいの。頑張らなきゃ、とかじゃなくて、頑張りたい」
柚「それいつもじゃんっ」
忍「いつもより、もっとなの！」
柚「だからそれってどういうことなのって聞いてるのっ。Ｐサンが！」
忍「分かんないんだってば！」
Ｐ「はいはい、ストップストップ」ﾊﾟﾝﾊﾟﾝ
Ｐ「言い争いをしてどうするの、２人とも。そうじゃあないでしょう？」
柚「むむ〜〜〜」
忍「…………ハァ」
柚「……分かったっ。忍チャン、真っ直ぐ前を向きすぎ！」
忍「え？」
柚「ちょっとくらい周りを見ていーと思うよ。ずっと前から思ってたのっ。えっと、いつからだったっけ。……アタシが加蓮サンとこに行った前くらいから？　だっけ？」
忍「いや、アタシに聞かれても……」
柚「とにかく、忍チャンはもっと周りを見ていいと思うな！」
柚「周りを見たら、いっぱいいろんなものがあるんだ。アタシはそれに気付けて、それから立ち直ったんだもん。そんなアタシが言うんだから間違いない！」
Ｐ「あははっ、説得力すごいわー」
柚「でしょー？　忍チャンがずーっと前を向いてるの、その……よくできるね、って思うよ。柚にはできないから、羨ましいって思ったりさ」
柚「でも、周りも見ていいと思うんだ。そうしないと忍チャン、ずっと壁に向かって歩き続けちゃうよ！　そんなの意味ないし、疲れちゃうだけだっ」
忍「…………」
柚「ってこと！　ねね、どうかなＰサン。アタシ上手く言えてた？」
Ｐ「うーん、おねーさんも柚が何を言いたいのか半分……いや２５％くらいしか分かんなかったけど」
柚「あれ！？」ｶﾞﾋﾞｰﾝ
Ｐ「でも、柚の言う通りよ」
Ｐ「忍。上手くいかないのにがむしゃらになってどうするの。忍が疲れちゃうだけよ」
忍「……でもアタシ、今までずっとそうやってきたんだよ。ずっと頑張り続けて、どうにか乗り越えて――」
Ｐ「うん、それはすごくいいこと。私も柚ちゃんも認めているわ」
Ｐ「でも、時には賢くなるのも……そう、魅力的な女性になる為には必要なの。魅力的な女性、魅力的なアイドルの為にね」
Ｐ「時には立ち止まって、周りを見てみなさい。きっと、いい物が見つかるわよ」
柚「そーそー。根性と気合だけじゃ……ど、どーにかするのが忍チャンだけど、たまには違うやり方もやってみようっ」
忍「柚ちゃん、Ｐさん……」
柚「ってことでー、忍チャンの今日のレッスンはおしまいっ。終わりったら終わり！　アタシもＰサンも許さないぞっ」
Ｐ「忍。残念だけど今日はもうここ閉めちゃうの。女子寮でダンスレッスンなんてしたら階下に迷惑だから駄目よ？」
忍「……でもアタシ、どうしたらいいの？　頑張るなって言われても……」
Ｐ「だから、周りに目を向けてみなさいってば。ぶらっと散歩してみたり、昔のマンガを読んでみたり」
柚「あとあと、美味しい物を食べるってのもいいと思う！　そーだ忍チャン、今日もうち来ない？　ママがまた来てねって言ってたんだ！」
Ｐ「あら、なら私もお邪魔しちゃおうかしらね」
柚「Ｐサンも来るの！？」
Ｐ「ええ。ちょおっと貴女のお姉さんに一言ぶちかまし……げふん、柚がお世話になってますって挨拶しなきゃね」
柚「あれ？　でもＰサン、この後に会議があるって」
Ｐ「あ」
柚「…………」
Ｐ「…………ま、また今度にするわ」
柚「うん……あ、ええと、忍チャン！」
忍「あ……あのさ。今日はやめとく。今日はその、そういう気分じゃなくて」
柚「えーっ」
忍「また行くからよろしくって伝えておいてよ。アタシも、柚ちゃんとこのご飯、けっこう好きだし♪」
柚「分かった！　伝えとくね。忍チャンも約束！　絶対にうちに来ることーっ」
忍「うん」
忍「今日は……柚ちゃんやＰさんが言う通り、ちょっと立ち止まってみるね」
忍「立ち止まって、頑張って探してみるっ」
Ｐ「ふふ、頑張りなさい」
柚「アタシは今日もお疲れ様だっ。帰ったらいっぱい遊ぶんだ。加蓮サンにお話してー、そうだ、忍チャンのことも話しちゃおっ」
忍「……加蓮に？」
Ｐ「そ、それはやめておいた方がいいんじゃないかしら……？」
柚「え？　どして？　加蓮サンいっつも楽しそうに聞いてくれるよ。たまに頭も撫でてくれる！」
Ｐ「」ｷﾞﾘｷﾞﾘ
忍「ぴ、Ｐさん……」
Ｐ「おっと。まあ、それならいいのかしら」
柚「うん。じゃあね忍チャン！」ﾀﾀｯ

＜ﾊﾞﾀﾝ

忍「…………」
Ｐ「……はー、おねーさんも会議だ。戻らなきゃ」
Ｐ「忍。まあ……無理にやるなとは言わないけれど、今日は体を休めることをオススメするわよ」
忍「分かってるよ、Ｐさん」
Ｐ「そう。じゃあ、おねーさん先に戻るわね」ﾃｸﾃｸ

＜ﾊﾞﾀﾝ

忍「……」
忍「…………」ｳｰﾝ
忍「っと、アタシも片付けして帰らないと……」