「時に正面から直球を」





――レッスンスタジオ――
ベテラントレーナー「ワンツースリーフォー! ワンツー……北条! テンポが遅れているぞ、もっと気を引き締めろ!」
北条加蓮「っ、はいっ」
ベテ「ワンツースリーフォー! 安部さん、もっとキレを意識して!」
安部菜々「なっ、なんでナナだけさん付けなんですかね〜〜〜!」

……。

…………。

――事務所――
菜々「ってことで、少し調子悪気味ですね」
高森藍子「そうだったんですか……。加蓮ちゃん、大丈夫ですか?」
加蓮「うん……。ごめんね菜々さん。迷惑かけて」
菜々「いえいえ迷惑なんてとんでもない! ……でもま、モヤモヤするのは間違いないですし、たまにはド直球でいってみましょうか!」
菜々「変化球ばっかりじゃすぐ打たれてしまいますからね。人間関係も野球も!」
藍子「野球、ですか?」
菜々「ええ! この前のオフにですね、久々にお父さんが野球に連れてってくれたんです。まー野球はさっぱりですがほら、最近は某球団に女子ファンがついたりするじゃないですか。アイドルとして何か役に立てるかなと」
藍子「ふふっ、菜々さんは勉強家なんですね」
菜々「キャハッ☆ いやまあ結局、球場で飲むビールが格別すぎて! そればっかり印象に――」
藍子「わ、わっ……菜々さん。菜々さん。ええと……17歳はビール飲んじゃだめですっ」
菜々「ハッ! と、年の暮れは付き合いとかもいろいろあってそのぉ……そ、それはともあれ今は加蓮ちゃんですよ!」
藍子「そうですっ。直球勝負、なんですよね?」
菜々「そうそう。ってことでド直球クイズ! 加蓮ちゃん、ズバリ何があったんですか? ほらほらっナナに話してみてくださいよ!」
加蓮「…………」ボー
菜々「き、キャハッ……☆」
菜々「……(小声)あんな覇気のない加蓮ちゃん初めて見たんですけど」
藍子「……(小声)そ、そうですね。私も、こんな加蓮ちゃんはあんまり見たく……」
菜々「……よしっ!」
菜々「まあまあ加蓮ちゃん。水臭いじゃないですか。何年一緒にやってると思ってるんです? まーナナは17歳ですけどね!」
加蓮「……?」
菜々「加蓮ちゃんっ。どうです? ナナじゃ頼りになりませんか。それなら藍子ちゃんなら?」
藍子「…………」ジー
菜々「1人で抱え込んだっていいことなんて何もないですよ! 誰も来てない今がチャンスですし。あっ、長くなるなら場所を移しましょうか? そういえば最近、料理が美味しい居酒屋を――」
菜々「っと、子どもだけじゃ入れませんね。今日はPさん忙しいって言いますし。ナナも未成年ですし!」
加蓮「…………」
菜々「ねっ? 今ならオールでも付き合いますよ? お菓子の蓄えもバッチリ! 明日の朝は……そのぉ、加蓮ちゃんが起こしてくれるってことで……」
菜々「……ね、加蓮ちゃん。だから、話してみてくださいよ。ナナも藍子ちゃんも、聞く準備はできてるんですから」
加蓮「…………ごめんね」
菜々「!」
加蓮「本当にもう訳分かんなくて……。どうしたらいいんだろうって、ううん、どうにかしないといけないことでも……それがどうなのかも、なんにも分かんない」
加蓮「本当に、何も分からないの。ゴールも課題も……あははっ、困ったなぁ。こういうのはさすがに初めてすぎて、ちょっとね……」
藍子「加蓮ちゃん…………」
菜々「……ごほんっ。加蓮ちゃん。世の中ってだいたいそーいう物ですよ!」
加蓮「え……?」
菜々「むしろここまでの加蓮ちゃんが特殊だったとさえ言えます。世の中なんてね、どうすればクリアできるのか分からない課題だらけで手がかりもなし、なのに責任はぜんぶこっちに振ってくる。そんなことばっかりなんですよ」
菜々「……ってお母さんが言ってましたね! あっお父さんだったかも!」
藍子「菜々さん……」トホホ
菜々「そういう時、どうすればいいか分かります?」
菜々「答えは簡単ですよ。自分に正直になることです」
菜々「自分がやりたいことは何か。どうなりたいのか。迷った時には、それだけでいいじゃないですか」
加蓮「…………」
菜々「もし、自分のやりたいことが分からなかったり、それかやっていいか迷っちゃったら、それこそ相談するべき時ですよ!」
菜々「ほら、加蓮ちゃんが間違った方向に行こうとしてたら、ナナが止めてみせますから」
菜々「……こ、今度は上手くやりますとも! ええ! 藍子ちゃんもいますしねっ」
藍子「ふふっ。菜々さんなら、大丈夫です」
菜々「い、いやあまあいざとなったら藍子ちゃんが……ともあれ! 何にしたって加蓮ちゃんが気付けないと話は始まらないんです!」
菜々「最初と最後は、いつだって自分が決めるもの。踏み出さないことには、ナナも何を言っていいやらってことになっちゃいますし」
菜々「やりたいこと探しはいくらでも手伝います。でも、決めるのは加蓮ちゃんです。だからこそ――」
菜々「いいじゃないですか! もっと素直に、貪欲になれば! ナナを見て下さいよ! この歳になっ……こ、この歳になってアイドル一直線ですよ! この立ち位置、まだまだ離すつもりはありませんからね! 少なくともあと10年くらいは!」
加蓮「…………」
菜々「……まっ、そんなとこです。ナナが言えるのは」
菜々「ち、ちょっと年甲斐もなく熱くなりすぎちゃいましたかね……?」
加蓮「……ううん……そんなことないよ」
加蓮「そうだよね。……周りが変わってもさ、自分がないと何もできないよね」
加蓮「私は、私が向かいたい方向に歩いて行く。……そうだよね、菜々さん。藍子も」
菜々「ええ!」
藍子「はいっ」
加蓮「……。……ありがと、菜々さん、藍子。ごめん、ちょっと出かけてくる」
藍子「あの、だったら私も――」
加蓮「ううん。平気。元気、もらったから」
加蓮「……1つ、思い出した気持ちがあるの」
加蓮「それで駄目なら、もうきっぱり切り捨てる。悩み続けるのも疲れるだけだし……」
加蓮「大丈夫だよ。菜々さんの言う貪欲な気持ち、私の中に1つだけ残っていたみたいだから」
加蓮「じゃ、行ってくるっ」スクッ
菜々「行ってらっしゃい、加蓮ちゃん。ナナ達はいつでも待っていますよ! 終わったら、ちゃんと帰ってくるように!」
加蓮「分かってるよ、もー」
藍子「ふふっ。お帰りを、お待ちしていますね」
菜々「あ、それはメイドのセリフですよ! さては藍子ちゃん、未だナナの座を狙っているんですね〜〜〜っ!」
藍子「ひゃあっ、わ、私そういうつもりはっ」
加蓮「……ふふっ」

加蓮(もう意地は張っていない。訳が分からないっていうのも同じ)
加蓮(ただ、まだ私は話していないことがある)
加蓮(教えてもらってないことがある)
加蓮(もしも切り捨てるのだとしても、せめてぜんぶ消化しきってからだ)

<バタン

……。

…………。

菜々「はーっ……加蓮ちゃんにも困ったものですよ」
藍子「……あの、ありがとうございます、菜々さん」
菜々「へっ?」
藍子「加蓮ちゃんを励ましてくれて。きっと加蓮ちゃん、菜々さんの言葉ですっごく勇気をもらえたと思うから……」
菜々「いえいえ♪ でもま、不思議な感じですね。お父さんの受け売りをそのまま口にするのは」
藍子「……どういうことですか?」
菜々「あれ、お母さんでしたっけ。……まぁ、どちらにしても」

菜々「ナナは、進む方向と目的を見失わない為に、こうしているんですから。……迷いかけたことはあっても、迷ったことなんてないってことですよ」

藍子「……??」
菜々「さて、あのひねくれっ子の為にお菓子でも買ってきてあげましょうか! 藍子ちゃん、一緒にどうです?」
藍子「あ、はいっ。それなら、私も一緒に――」


掲載日:2015年11月27日

 

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