「向こうから来ないんだし」





――北条加蓮の自宅(夕方)――
北条加蓮「ただいま〜」ガラッ

<シーン

加蓮「出てるのかな? 鍵もかかってたし」テクテク
加蓮「とりあえず着替えて……どうしよっかな、柚がいたらお菓子でもって思ったけど」テクテク
加蓮「ただいま〜」(自室を開ける)

工藤忍「あ、お帰り加蓮」

加蓮「」ピシャッ
加蓮「………………」
加蓮「………………!?」

忍「……どしたの?」ガチャ

加蓮「………………いやいやいやいやいや!」
加蓮「なんでしのっ……あっ、アンタがいんのよ!」
忍「なんでって、柚ちゃんに誘われたから。今日、一緒にレッスンだったし」
加蓮「…………っ」ズリズリ
忍「…………」

廊下の壁を背に、座り込む。忍は私達の部屋の向こう側。
お互いに手を伸ばしても、届かない距離だった。

加蓮「…………その……その柚は?」
忍「今、買い物に行ってる。加蓮のお母さんと一緒に晩ご飯の買い物だって」
加蓮「…………」
忍「……柚ちゃんのお母さんでもあるんだっけ。変な感じだね、こーいうの」
忍「柚ちゃんの家庭事情、知らない訳じゃないんだけどさ。話したがらないし……」
加蓮「…………」
忍「……そんなとこで座ってないで入ってきたら? あ、暖房つけた方がいい?」
加蓮「……忍……」
忍「…………」
忍「ねえ加蓮、ちょっと質問させてよ」

忍「あのネットの書き込みとか、どうせ気にしてないでしょ?」

加蓮「っ」
忍「そりゃアタシの知る加蓮があれくらいで凹む訳ないし……なんで分かるのかって、誰でも分かると思うよ? なのに明らかにアタシとか柚ちゃんとか避けてたし」
忍「……でも何を言えばいいか分からなかったから、アタシも何も言わなかったんだけどね」
加蓮「…………」
忍「…………」
加蓮「…………」
忍「…………」

お互いに何も言わない時間が続く。いつも賑やかな事務所にいるから――忍を見るのは事務所でだから、すごく違和感があった。

忍「…………」
加蓮「…………」

無言が続く中、ドタドタドタ、と足音が。

喜多見柚「ただいまーっ。……あれー!? まだギスギスしてるっ。何してんのー!?」
加蓮「柚……」
柚「忍チャンも! もっとこう、わーっ! ってなるとこじゃないのっ?」
忍「だってさ、加蓮が……」
柚「加蓮サンほっといたらこっち来ないんだからっ、アタシ達から行ってあげなきゃ!」
柚「……あ、そうだ! 今ね、ママと一緒に買い物行ってきたんだ。今から晩ご飯作るけどどうかな? 一緒に料理しよっ」
忍「あ……じゃあアタシ手伝うよ」
柚「オッケー。加蓮サンは?」
加蓮「…………」
柚「そ、そーだよね! 加蓮サン料理ヘタクソだもんっ。じゃあここで待ってて、すっごく美味しくてもう何回もおかわりしちゃう物、作ってくるから! 楽しみにしててね!」
加蓮「……ん」

忍を引っ張って、柚が退場。薄暗い廊下に私が1人、残された。
……下から聞こえてくる騒がしさが、どうしようもなく暖かい。
それを――対岸を見る気持ちで遠く眺めている私は、どうして前に進もうとしないのだろう。


――食卓――
柚「ってこれじゃ意味ないじゃん! 忍チャン何の為に来たのーっ!?」
忍「台所に連れてきたの柚ちゃんでしょ……」
柚「そーだった! でもそのっ、あれは加蓮サンに美味しい物を作ってあげよーって思って!」
加蓮「…………」
加蓮の母「騒がしくて楽しかったわよ。加蓮も、来ればよかったのに」
加蓮「…………別に」
柚「まーいいやっ。じゃ、ご飯食べよう♪」
母「そうね。いただきます」パン
忍「いただきます」パン
加蓮「……いただきます」パン
加蓮「…………」モグモグ
忍「…………」モグモグ
柚「…………」モグモグ
柚「……も、もっと喋ろうよっ。お葬式じゃないんだし!」
母「あら柚、お葬式じゃなくてお通夜じゃない?」
柚「そう……だっけ? ってかオツーヤって何?」
母「お通夜っていうのはね――」
加蓮「…………」チラッ
忍「…………」チラッ

目が合っても、目が合うだけ。会話は始まらない。

加蓮「……ごちそうさま」
母「はい、お粗末さま。お風呂、湧いてるけどどう?」
加蓮「うん、入る」
柚「アタシもー……、……あれっ?」
柚「……」ウーン
柚「忍チャン」
忍「え……何?」モグモグ
柚「ン」
忍「……??」
柚「ン!」
忍「…………???」


――お風呂――
加蓮「……ねえ……これ、何、どういう状況?」
忍「分かんない……」

髪も身体も洗い終わって浴槽の中。
私と忍、一緒に横並びでお風呂タイム。
頭をぼんやりさせてているうちに、よく分からない状況になっていた。

忍「……」
加蓮「……」
忍「……柚ちゃん、元気そうだね。いきいきしてる」
加蓮「……ここに来て結構経つからね。お母さんも見ての通りだし」
忍「料理してる時にけっこう話したんだけど、加蓮のお母さん、優しい人だね」
加蓮「別に……からかって来るばっかりのウザい親だよ」
忍「……親にそういう言い方ってなくない?」
加蓮「アンタだって家を飛び出して来たんでしょ……」
忍「だからだよ」
加蓮「だからって何」
忍「アタシはちゃんと和解したもん。両親をLIVEに招待して……これからも頑張れ、って」
加蓮「そう……」
忍「……いい人じゃん。加蓮のお母さん。アタシや柚ちゃんの話を……ってほとんど柚ちゃんの話だけど、なんでも聞いてくれてたし」
忍「そういうの、アタシはちょっとだけ羨ましい」
加蓮「……他人だから思うんだよ、そういうの」
忍「そうかもね」
加蓮「私は……ほっとかれた方がいいかも」
忍「……加蓮らしいね」

ぽつぽつと、言葉を絞り出していく。単語だけで会話をしている気分だった。

加蓮「…………」
忍「加蓮は……どう? アイドルになる時、揉めたりした?」
加蓮「……ちょっとね。もう、昔の話だよ」
忍「アタシは今でもたまにケンカするかな」
加蓮「ふうん」
忍「たまには顔出せってばっかりで」
加蓮「あんまり帰ってないんだ」
忍「アイドルって忙しいもん……でもやっぱり、たまには顔出した方がいいのかな」
忍「……今日、ここに来て思ったよ」
加蓮「そ」
忍「…………」
加蓮「…………」
忍「……ツアーの時にさ」
忍「アタシの地元に来てみない? って誘ったの、覚えてる?」
加蓮「うん」
忍「……」
加蓮「……、…………」

ゆっくりと、忍の方を向いた。水音がしたから気付いたのだろう。忍も、私の方を向いた。
いつもきっちり整えている髪が、だらん、と垂れて、毛先が軽く目にかかっている。伏せ気味の眼が艶っぽく見えた。いつも真っ直ぐ突き進む姿しか見ていないから、そんな顔もできるんだ、とちょっと驚いた。

加蓮「……やっぱ、よく分かんないよ」
忍「そう?」
加蓮「まるで別世界の人みたい。私がアイドルで忍がそうじゃないような……ううん、逆かな。忍がアイドルで私がそうじゃない……ううん、それも違う……」
加蓮「とにかく、あなたは違う場所の人なの」
加蓮「入院時代の私が見ていた、元気な子供みたいな」
加蓮「ちょっと調子が悪くなったから来たってだけで、すぐに帰宅できる子供みたいな」
加蓮「それなのに……柚も忍も、こっちに来いって言うから」
加蓮「……私、よく分かんないや」

意地を張っている訳ではない。ここまで来れば自覚くらいできる。本当に、分からないんだ。
病院だって、いつもの人じゃない医者が来たら身構える。アイドルだって新しい仕事先に行く時は緊張する。けれどそれらはいずれ慣れて、やがて親しく会話することができる――でも、忍はそうじゃない。
ずっと、新しい人のようなんだ。

忍「じゃあフリルドスクエアに来てみる? それなら分かったりするかも」
加蓮「やだよ。どう考えても私、1人で浮くし」
忍「案外、柚ちゃんに影響されちゃってたりしない?」
加蓮「いや……いやいや、ないない。……ない、よね?」
忍「どっちかって言ったら柚ちゃんの方が影響されてるかな。ちょっとだけ、たまにだけど加蓮っぽいなって思うことがある」
加蓮「マジ?」
忍「うん、マジ。……じゃあ逆に、アタシが加蓮の方に行こっか。藍子ちゃんや菜々さんと一緒の場所に」
加蓮「…………」
忍「……あ、アイドルとしてついてける自信はちょっとないけど……そこはほら、努力でカバーってことで」
加蓮「それでも……同じと思うよ」
忍「やってみないと分かんないじゃん。できるかできないかなんて」
加蓮「でもさ、それでできなかったらアンタ、できるまで努力するとか言ってしがみつくでしょ」
忍「当たり前だよ。それがアタシだもん」
加蓮「…………」
忍「でもさ、それ加蓮もだよね?」
忍「やりたくないからやらないっていうなら分かるけど、できないからやらないなんて口が裂けても言うタイプじゃないでしょ」
忍「分かるんだ。そこは、アタシと同じだから」
加蓮「……忍さ。柚もなんだけどさ。いや……柚はまだ分かるんだけど」
忍「何さ、ややこしい」
加蓮「ごめん。忍はなんで……私のこととかほっとけばいいじゃん。別に何の関係もないし」
忍「…………」
忍「加蓮はさ、物事をじっくり見過ぎなんだと思う」
加蓮「……どういうこと?」
忍「考えすぎ?」
加蓮「ああ、そう……そうかもね。それは自覚してる」
忍「…………」
加蓮「…………」

ちゃぷ、と水の音に乗るように、扉の開く音がした。
曇りガラスの向こうに、大きな動きを見せるシルエット。それから。

柚「やっほー忍チャン加蓮サン!」ガラッ
忍「柚ちゃん」
柚「へへっ。ママがね、一緒にお風呂行ったらどうかって言ったから! アタシもおじゃましまーすっ♪」ドボーン
忍「うわっ、ちょ、かけ湯くらいしたら!? っていうか狭い、狭いって!」
加蓮「わぷっ」ビシャ

私と忍の間に割りこむようにして飛び込んでくる、空気を欠片も読まない子。
お陰で地の底のような空気が一瞬にして吹っ飛び、そして浴槽はぎゅうぎゅうとなった。

柚「きゃっ♪ 加蓮サン、そんなとこ触っちゃ駄目〜」
加蓮「アンタがいきなり飛び込むからでしょうが! ……ああもう、いいよ、私出るからごゆっく――」
柚「それじゃ意味ないの! もうちょっとだけ、もうちょっとっ」
忍「あ、あの、ホントに狭いんだってば……柚ちゃん! そこモゾモゾさせるな!」
柚「あれっこれ忍チャンかー」
加蓮「あたっ! 忍、太もも叩かないでよ!」
忍「ごめん、って狭いんだからしょうがないでしょ! ……柚ちゃん!」
柚「きゃーっ」

……ああ、こうなったらもう駄目だ。
頭も口先も使わせてくれない。ぜんぶぶち壊されて、浴槽からあふれるお湯のように話題が流れていく。
もっとも、頭や口先を使ったところで解決していたかどうかは、また別の話だけど。



掲載日:2015年11月26日

 

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