「北条加蓮と工藤忍の関係」





――LIVE前日・LIVE会場――
「――え?」
「え〜っと、ですから北条さんと工藤さんのリハーサルは14時からでお願いします。よろしいですか」
「ま……待って、ちょっと待ってください!」

西日本ツアー最終日。この日、私と忍は同じ会場でLIVEをやることになっていた。
といってもユニットを組んでいる訳ではない。私は私の、忍は忍の、それぞれのソロで歌うことになっている。
……筈、だったのだけれど。

「あー、いや、すみませんねリハ時間が直前に変更になっちゃって。ちょっと今回ゴタゴタしてて……出演者のキャンセルとかもあってですね」
「いや、そうじゃなくて――」
「申し訳ないんですがちょっと客席の空気とか……難しいかもしれませんけどよろしくお願いしますね」
「そうじゃないんです! ……私と忍? なんでっ、私達ソロの舞台なんじゃ――」

向こうの方で別のスタッフと話していたらしい忍が、不穏な気配を察知したのかこっちに小走りで駆け寄ってきた。

「どしたの加蓮? なんか揉めてる?」
「なんか揉めてる、じゃなくて! なんか私と忍、同じ時間にLIVEすることになってんだけど!?」
「…………え?」
「あれ? 違うんですか? いやあ、同じ事務所のって聞いたからユニットだって……そういえばユニット名の登録もありませんねぇ」
「――――っ!!」

血液が頭にのぼる。思わず――ふざけんな、と怒鳴ろうとした。
なんとか、ギリギリ堪えられたのは……私だってただの子供じゃないからというのと、あと、忍がそこにいたからっていうのも大きい。
この子の前では、なんて意地が。
普段なら何の役にも立たないトラブルメーカーな性質が役に立った。

「とにかくこっちはこれでスケジュール組んでますのでお願いしますね。あ、そういえば音源が2セット届いてみたいなんですが……あとで音響さんのとこ行ってもらえます?」
「…………」
「加蓮、これどういう――」
「……分かりました。リハ、2時からでいいです」
「ああよかった。それでは……僕は次に行かないと……」

へっぴり腰のディレクターが別のアイドルグループの元へと駆けていく。そっちでも何やら揉めているようだった。ゴタゴタしているというのは本当なのだろう。

「……アタシ来たばっかりで何が何やら分からないんだけど、どゆこと?」
「忍……。なんか、私と忍がユニットを組んでる扱いみたい」
「ハァ!?」
「しっ! 声が大きいよ……」
「あ、ゴメン――い、いやちょっと待ってよ。アタシと……加蓮が?」
「そういうことみたい」

何が何やら分かっていない。ふと周囲を見てみると、あちらこちらで困惑の溜息や慌てて電話をかける声、怒号すら聞こえることもある。
全体的に雰囲気は最悪。
LIVEそのものの続行が怪しい。

「なんで……? いや……なんででもいいけどそんなの無理に決まってるじゃん! アタシと加蓮で何歌うのさ!? 合わせられる歌なんてないしっ……」
「…………」

怒鳴りたいのは私も同じだ。言いたいことだっていっぱいある。正直、ほっぽり投げて帰りたい。私だって御免だ。歌える歌があるとかないとかじゃなくて、忍となんて――でも。

でも、それよりも上回る想いが、1つ。

「忍」
「な、なにっ?」
「……さすがに向こうの勝手にも程があるし万全の状態でLIVEできる保障もない。降りるって手もあるとは思うよ。でもさ」
「……でも?」
「私は忍に、無理に決まってる、なんて言ってほしくないな」

息を呑む音が聞こえた。私は逆に、大きく息を吐いた。
言わないと通じないことがある。言って通じることがある。
他人に対しても、自分に対してもそうだ。

「…………」
「"誰が見ても無理"なことをどうにかしてきたのが、私達なんじゃないの? 私も、忍も、そうやって生きてきたんじゃないの?」
「…………」
「それともそれは、私だけなのかな。忍は、違うのかな……」
「……〜〜〜っ! さっきのはっ、つい言っちゃったの! やれるに決まってるじゃん! アタシはアイドルだ!」
「…………うんっ、よかった」

リハまでまだ結構な時間がある。人の少ない場所まで歩いていった時、初めてPさんに連絡を取ろうという選択肢が思い浮かんだ。
今回のツアー、Pさん(と忍のプロデューサーさん)は同行はしているけれど私達とほとんど関わっていない。セルフプロデュース、とは少し違うけれど、本当に困った時だけ頼ってくれと言われている。
私達の実力を見たいとかなんとか、って。
少し考えたけど、今はまだ"本当に困った時"じゃない。
問題に対する解決方法が思い浮かぶなら、まだ私でやれる。

「加蓮こそどうなのさ!? さっきすごい顔してたじゃん。どうやったら上手く逃げられるかとか考えてるんじゃないよね!?」
「冗談キツイな。誰がそんなこと言うもんか。だいたい忍がやるって言うのに逃げててどうすんの。そんなことしたらもう2度とアイドルなんて名乗れないよ」

息を吸い直した。私も、それに忍も。プロのアイドルなんだ。プライドくらい持とう。

「加蓮が歌う予定だった歌っていつも加蓮が自主レッスンやってた奴だよね。あれならアタシいけるよ。音源借りて練習してたもん」
「私だって忍の歌はできるよ? 忍に教える時に一通りやってる。ちょっとだけ……思い出す時間がいるけど」
「……どっちにする?」
「両方でいいんじゃない? 確か――時間は元々、私達がソロでやるだけと同じだったけど、目玉の歌2曲なら十分いけるでしょ。3曲目は事務所全体の曲で――」
「あ、ねえ加蓮。リハまでに練習ってできないかな。覚えてるって言っても曖昧にだし、それに加蓮と合わせる時間も欲しいし」
「ん、音源なら……CD版でいいなら持ってるよ。ホテルでもどこでもできるでしょ」

2人で音響の元へ向かい、2つ届いているという音源から必要な楽曲を伝える。
リハまであと3時間。舞台の方ではスタッフが慌ただしく動き回っていた。
焦ることは、何もない。
イレギュラーだって言っても、歌える歌を歌うだけなのだから。

「すぅ〜〜〜〜」
「……ぷくくっ。忍、これまだリハ前だよ? そういうのは本番前に取っときなよ」
「そ、そうだった。……加蓮はやっぱり余裕なんだね」
「馬鹿。膝が震えないように我慢してるだけだよ。焦ってる人達を見て、ああ自分はまだ大丈夫って思うので精一杯」
「相っ変わらず性格悪いなぁ……!」
「それが私だもん」
「……加蓮のそんな部分が頼りになるとか、絶対思いたくないんだけど」
「なんか柚の時もそんなこと言ってなかった?」

っと、こんな冗談を言い合っている場合ではない。いったんホテルまで戻り音源を引っ張りだす。それから従業員に、どこか空いている部屋がないか尋ねた。
元々、私達がアイドルだと事前に伝えているし、会場近くの宿泊場所ということでこういった時用の防音部屋は常に確保しているらしい。思ったよりもすんなりと場所を借りることができた。
リハが始まるまでに、私は忍の、忍は私の音楽を確認する。
1時間もあれば魅せられる動きにはなっていた。大丈夫、これならいける。

……。

…………。

「――はいオッケーです!」
「「ありがとうございます!」」

14時30分。リハは無事に終了した。演出や照明も問題なし。元々、それぞれの舞台の演出を流用するだけで大丈夫なのだ。
指揮をとっている人がはい次と怒鳴る。さっさと舞台から降りて私たちは目を合わせた。少し背の低い彼女が心強く見えた。

「なんとか……なりそう?」
「うん。とりあえずは大丈夫……」

あくまでリハをクリアしただけに過ぎないけど、私も忍も妙な自信を持っていた。

「ふうっ……緊張したぁ。まだリハーサルなのにね。これ以上どんなトラブルが起きるだろうって、もー心臓バックバク!」
「忍は大げさだね」
「そういう加蓮だって変な汗かいてる」

荷物置き場からドリンクを取り出し一気に飲み干す。はい、とタオルを渡されたのでありがたく受け取った。少しだけ柑橘系の匂いがした。

「さて。私はもうちょっと……明日に響かない程度に練習するつもりだけど、忍はどうする?」
「…………」
「……忍?」

タオルを返そうと手を伸ばしても受け取ってくれない。少しの間だけ何かを迷うように目を泳がせて、少し焦れったくなった頃に。

「あのさ、加蓮。その……」
「ん……?」
「加蓮がアタシのこと、気に入らないってのは分かるよ。っていうかアタシだって未だにどーしてこうなったんだって怒ってるし」
「…………うん」
「でも……せっかくのLIVEなんだよ。ファンだっていっぱい来てくれてるし……アタシも加蓮もアイドルなんだし」
「…………」
「今回はさ。い……一緒に頑張らない? 今回だけでいいから」

会場全体に広がる混乱の気配が、少しうるさくなった。マイクチェックも上手くいってないのかハウリングが聞こえる。

「加蓮、前に言ってたじゃん。自分たちのユニットは好き勝手にやるのがモットーだって。アタシは……そんなに器用じゃないから、加蓮が別の方を向いてたら上手くできそうにないんだ」

また1つ、どこかで怒号。ふざけんな、うちは降りる! という声すら聞こえる。

「アタシは、今日と明日だけ頑張って加蓮に合わせる。嫌いとか好きとかじゃなくても、加蓮のことはちょっとは知ってるつもり」
「…………」
「だから、加蓮もアタシに合わせてよ。その……藍子ちゃんや菜々さんの代わりになる! って大きなことは言わないからさ」

鞄が少しだけ震えた。着信があったらしいけれど無視した。もしかしたら心配したPさんがかけてきたのかもしれないけど。

「忍――」
「アタシ達はアイドルなんだよ! アタシ達のワガママでファンをがっかりさせちゃ駄目だと思うっ! だからちょっとだけ、」
「分かった。大丈夫、言いたいことは分かったから」
「……加蓮……!」
「前に言ったでしょ? 分かることと理解できることは別で、分かっててもできないことがあるって。これは――分かってできること。やらないといけないことだからさ」

最低限まで減らした荷物を持って立ち上がる。瞬きをしている忍の分まで。

「やろう、忍。私だって忍のことは知ってるつもりだ。これでもトレーナーごっこを続けてきたんだからさ」
「加蓮!」
「ふふっ。ごめんね。私、また無意識のうちに忍を遠ざけちゃった。だから――」

現在時刻、15時前。作れたとして、5時間。

「忍。私は明日に響かない程度に練習するから、体力が保つなら一緒にやろ?」
「…………! オッケー! まだやってて不安な場所とかあるし、加蓮と合わせてすらないもんね!」
「うんっ。こんなんじゃ本番でミスるの目に見えてるし、明日までに完璧に合わせよう!」
「よーし、やるぞーっ! 加蓮、今日はすぐにバテないでよ? 加蓮ならやれるってアタシ知ってるんだから!」

平行線に走っている場所を、頑張って近づけるように。直線を、曲線に変えるように。
かちり、と何かが当てはまった感覚だった。パズルが解けない時、ピースを回したら呆気無くはまったかのように。
ぐい、と忍が拳を突き出してきた。軽く当てる。へへっ、とちょっぴり男の子っぽく笑う。
もう少しだけ混乱の続く会場を後にして、私たちはホテルへ向かった。

どうせ、努力家と努力家の関係。
好きも嫌いもない。やるかできるか――そして、私達は"やれる"んだ。



――LIVE当日・LIVE会場の舞台袖――
「…………」
「…………」

直前のアイドルグループの演目を、じっと見る。リハの時はあれほどまごついていた参加ユニットも、当日になると皆が最高のパフォーマンスを披露していた。
なんとも言えない不安感が覆いかぶさってきて、傍らの、期間限定の相棒を見遣る。
ちょうど彼女も同じ感覚に苛まれたのか、ちら、と私へ視線を流していた。

「!」
「!」

互いに、1度、2度、3度と瞬き。私は目を細め、忍は表情を崩さず、そして同時に視線を外す。
こういう時に破顔できる関係ではない。たぶん、そこまで成熟はしていない。

「……忍」
「なに?」

あと2分ほどで、私達の出番。どうしても今、確認しておきたいことがあった。

「線引――どこまで行っても私は忍より遠くにいるんだ。忍の内側に入ってどうこうっていうのは、やっぱり違う」
「……うん」
「それが当たり前だって思ってて……でも忍は言ってくれたよね。そんな私を変えてみせるって」
「…………」
「アイドルなら、LIVEで変わりたい。忍との舞台で何かが変わるのなら……変えることができるのなら、私、それがすごく楽しみなんだ」

表舞台ではあんなに派手な音楽と歌が場を湧かせているのに、ここは時計の針がやけにうるさかった。

「だからね、忍。今日は……よろしくね」
「……アタシこそ。昨日と今日で、加蓮の分からなかったことがまた分かった気がする。あとは、本番だよ……」
「…………」
「加蓮に押し付けてばっかっていうのも嫌だもん。アタシだってやれることはやりたい。だから……アタシの方こそ、よろしくお願いしますっ」

30秒を切った。ありがとー! という声が鼓膜から入り込んで脳へ届く。
かち、と。
スイッチが、入った。

「行くよ、忍」「行こう、加蓮!」

ぱん、と右手を合わせて。足りないから左手の拳を突き合って。
いつものように、いつもとは違うステージへと躍り出た。
歓喜の声と期待の目に迎え入れられて、頭の中のわだかまりが粉々になっていく。

さあ、知ろう。
忍のこと。そして、私のことを!



――3日後・事務所――
「こんにちはー」

ツアーは無事に終了。2日続けて休みをもらい、久々の事務所。
学校で言えば土日を休んだだけなのに、吸い込んだ空気がやけに懐かしかった。
……って、そりゃそっか。ツアーの間ずっとホテルに宿泊していたんだし。
ああいうのも楽しいけど、こうして帰ってくる場所があるのはやっぱり落ち着く。

「…………」
「…………」

仕事部屋にはPさんと、それから忍達のプロデューサーがいて、何か難しい顔をしていた。
とりあえず。

「Pさん?」
「…………」
「……Pさーん。あなたの加蓮だよー」
「…………」
「完璧ムシとか……何? なんかあったの? そんな変な顔してパソコン見ちゃって……」

私が後ろから覗き込んでもぜんぜん反応がない。ムカつくのでしばらく黙りこんでやることにした。そしてPさんと一緒にパソコンの画面を見ることにした。

――そこには。

「…………ってぇ!? 加蓮!? お前、いつからそこに!?」
[…………さっき来たよ。Pさん、話しかけてもぜんぜん反応しないもん」
「び、びっくりしたぞ……、……! 加蓮、じゃあお前まさかこれ見て――」
「ね、Pさん。……これさ……どういうこと、なんだろ」

アイドルについて語る、って文字列が見えた。匿名の掲示板だった。いろいろなコメントがついていた。
そこに。
書かれていたのは。

「加蓮、駄目だ。見るんじゃない――」

『なんで加蓮ちゃんがあんなのと一緒にLIVEしてんの?』『はあ? 忍ちゃんだぞお前知らんのかバカじゃねえの?』『忍って誰だよ』『俺、加蓮ちゃんのソロって聞いて期待したんだけどなあ……正直がっかり』『何あの誰得な組み合わせ』
『忍ちゃん困り顔で可哀想だった』『可哀想なのは加蓮ちゃんの方だろあれ。あんなブサイクとやるとか事務所頭大丈夫?』『お前の頭が大丈夫か×ね』『忍ちゃんdisるとか×ね』
『会場設営がgdgdだって聞いたぞ』『運営がクソなとこだろ?』『関係ねえだろ話逸らすなよ。加蓮ちゃんに期待した奴みんなキレてたぞ』『加蓮ちゃん加蓮ちゃんうっせえよ』『こっちだってキレてんだよ!!!』『金返せ!』

「……………………」
「加蓮……!」

がし、と手を握られる。マウスでスクロールしていた画面がピタリと停止する。最後に目に入ったのは『つまりあの組み合わせはないってことでおk?』って書き込みだった。

「こ……こういうのは単なる落書きみたいなものだから、あんまり気にするな……な? 加蓮。見ないに越したことはないんだ」
「…………」
「加蓮――」
「……ん、大丈夫。大丈夫だよPさん。そういう人達がいるってこと私が知らないとでも思ってるの?」
「加蓮」
「こんなことで凹んでたら、アイドルなんてやってられないっての!」

そう。
別に大丈夫。

「加蓮!」
「……耳元で叫ばないでよ。大丈夫だから。私、これから藍子や菜々さんとレッスンなの。久しぶりで楽しみにしてたんだから」
「…………加蓮。今日、一緒に昼飯を食おう。な?」
「Pさんしつこいよ、私は」
「大丈夫って顔に見えないから言ってんだよ!」
「……っ」

あ、すまん……と呟いて、Pさんは口を閉じた。瞳を揺らしながら私を見ている。
……少し……気まずい。

「……じゃあ、その……後で話だけ聞いてよ。レッスンが楽しみだったのはホントなんだから、その後で」
「お……おう。なあ加蓮、」
「これ以上言ったら私Pさんのこと嫌いになるよ。嫌いになりたくないから言わないでよ」
「……すまん」
「……こっちこそごめん。ちょっと冷静じゃないかも今。……レッスン、行ってくるね」

ソファに投げた荷物を手に更衣室へ向かう。レッスン着に着替えて、ふぅ、と息を吐いて。
……強がりでも、ワガママでもなく。
本当に、私は大丈夫。
ただ少しだけ割り切ったのと、あと、最初の私が正しかったんだなって思っただけだ。

――平行線のままでいいんだ。私も、忍も。どうせお互い、嫌い同士なのだから。


掲載日:2015年11月10日

 

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