「隔絶と許容の関係」





――ホテル・工藤忍の宿泊部屋(夜)――
工藤忍「んふふ〜♪」
北条加蓮「え、何? いきなりキモいんだけど……」
忍「あ、加蓮。お風呂あがったんだ」
加蓮「同じホテルなのに微妙に設備違うんだね。忍の言う通りだった」
忍「でしょ?」
加蓮「で……どしたの? なんかあった?」
忍「あったあった! 実はさっきPさんから連絡が来て、1週間前に受けたオーディションが通ったんだって!」
加蓮「へぇ……」
忍「だいぶ頑張ったオーディションだから嬉しくてっ♪ ……んふふ〜」
加蓮「おめでとう、忍。にしても頑張ってないオーディションってのがアンタにあるのか……?」
忍「ありがとっ。これからまた忙しくなるな。その時は加蓮もお願いね! オーディションの時以上の実力を見せて、驚かせてやるんだから!」
加蓮「はーい」
忍「んふふ〜♪」

気持ち悪い笑みと妙に浮かれて小躍りしている姿は、まあ、いいとして。
最近の忍は調子がいい、らしい。波に乗っているってヤツだろうか。
いいことだと思う。いつかのLIVEの時も思ったけど、私から見ても忍は明らかに努力と結果が釣り合っていない――本来ならもっと、結果がついてくるべき子なのだから。

加蓮「……ん?」

満面の笑みでベッドに飛び込み足をぱたぱたし始めた姿にいよいよ動画でも撮ろうかとスマホを取り出した時、ちょうどメールが飛んできた。
差出人はこっち側のPさん。内容は――

加蓮「……………………」
忍「ふふっ、頑張る、頑張るぞー! ……加蓮? どしたの?」
加蓮「…………ん」

スマホを投げて渡す。目を通した忍は一瞬だけものすごく顔が引き攣って、それから恐ろしく気まずそうにこちらを見た。

忍「え、……ええ〜〜〜っと……ええと……」
加蓮「ねー? 笑える話でしょ? 皮肉に溢れてるでしょ? 久々に何か八つ当たりをしたくなったよ、ちょっと忍さ私の犠牲になってくれない?」
忍「いやそれは嫌だよ!? 嫌だけど……え、っと……なんかゴメンね?」
加蓮「よし。犠牲になれ」
忍「だからそれは嫌だよ!?」

Pさんからのメール。内容は――
ツアーに出る直前に受けたドラマのオーディションに落選したことを伝える物だった。

加蓮「…………」
忍「…………」
加蓮「…………」
忍「…………」

誰か教えてほしい。この気まずさはどうしたらいい。相手が忍だから気まずくてもいいよねとかそういう次元じゃない。皮肉と言ってみたけれどタイミングが悪すぎる。すべてをなかったことにして眠ってしまいたかった。目が変に冴えたからそれも叶わなかったしここは忍の宿泊部屋だし。

忍「……あ、アイドル続けてたらこういうことも――うぁー! 違うー!」

お風呂上がりなのに嫌な汗をかきつづけてから忍が何か言おうとして、髪をぐしゃぐしゃにしていた。

忍「そ、そういうことで落ち込むなんて加蓮らしくない――これも違うー! なにこれアタシどうしたらいいの!? 加蓮に何言ったらいいの!? 教えてよ――って加蓮に聞いてどうすんだアタシーっ!」
加蓮「……いやまあ…………」
忍「あ、そうだ加蓮のことなら柚ちゃんに聞いてみよ……駄目だ柚ちゃんがこういう時にまともなアドバイスできる訳がない!」
加蓮「何気に酷いこと言うねアンタも……。だいたい私は、」
忍「じゃあ藍子ちゃん!? ……ってなんて聞けばいいの!? しかもアタシ、こん前に藍子ちゃんから『加蓮ちゃんを疲れさせないでくださいね』って言われた後にやらかしたばっかりだった! うああああああ!」
加蓮「…………」

……見ててちょっと面白い。でも気の毒なので止めることにした。

加蓮「あのさ、忍。いや別に私は何も思ってないからいいよ。大丈夫」
忍「だったら菜々さん、って連絡先が分からない! …………へっ?」
加蓮「だからさ、何も思っていないっていうか……誰がオーディションに落ちても受かってもそんなに思わないっていうか……」
加蓮「あ、でも忍の方はおめでと。努力の成果、しっかり発揮してきなさいよ?」
忍「う、うん」
加蓮「私は……さっき忍が言いかけたことだよ。こんなので落ち込むなんて私らしくないし、こう見えても私、負けず嫌いなんだ。次は絶対、こんな結果は出さない」
忍「…………」

返答はなく、やがて落ち着いた忍はベッドの隅にちょこんと腰掛けた。

忍「……分かった。アタシは頑張るから、加蓮も頑張れ」
加蓮「ん。そういう割り切りがいいとこ、私は好きだよ」
忍「…………」

まっすぐに見据えられる。床に座りながら軽く身体を伸ばした。少し、疲れが回ってきた。
思考が微睡みだす。億劫になって目からの情報が入りづらくなって、忍の表情から心境を読むことが難しくなっていく。

忍「……アタシはそういう割り切るの、あんまり好きじゃないな」
加蓮「あれ……? そうなの?」
忍「うん」
加蓮「そう。アンタ割とストイックっていうか自分のことばっか見てるっていうか、そこは私と似てるなって思ったことあったけど」
忍「加蓮と似てるなんて冗談じゃない」
加蓮「だね」
忍「ホントに起きたことに言うのもアレだけどさ……。オーディションに落ちたりレッスンが上手くいかなくいったりして、そういう時、アタシは遠くから応援してるっていうのがちょっと嫌なんだ」
加蓮「さっきみたいな?」
忍「うん。自分は頑張るから相手もとか、冗談じゃないよ。なんでそんなこと言ったんだろアタシ」
加蓮「撤回する?」
忍「うん。前言撤回する。でも……加蓮が、アタシのこと輪の外に出すっていうか……遠ざけてる感じだから、アタシはさっきそう言っちゃったのかな」
忍「っていうか加蓮ってなんかアタシ達から遠ざかってるよねいっつも。アタシ達っていうのはフリルドスクエアのこと。穂乃香ちゃんやあずきちゃん……はあんまり話してないっぽいけど、ほら、柚ちゃんのこと」
加蓮「……そうかもね」
忍「なんで? グループのことがあるから?」
加蓮「それもあるけどさ」
忍「それも……ってことは他のことも?」
加蓮「……今日はやけにしがみついてくるね。なんか気でも障った?」
忍「前から気になってたから、いい機会だなって思って」
加蓮「そか」

前から気になっていた、か。あの時に菜々さんにも言われた言葉だ。
私は知らず知らずのうちに、周りの人たちに溜め込ませているのだろうか。

忍「アタシも最初はあったよ。柚ちゃんのことが起きた時、なんで加蓮なんだろうって思ったもん」
加蓮「言ってたね」
忍「言った。でもさ、柚ちゃんが戻ってきて、加蓮の話ばっかりするから……いいのかな? って思ったの」
忍「やっぱり柚ちゃんの問題はアタシ達が手伝いたい。柚ちゃんだけじゃなくて穂乃香ちゃんやあずきちゃんでもね。でもさ、そこに加蓮が入ってきてもそれはそれでいいと思うんだ、アタシ」
忍「いいっていうか……何がいけないの? って感じ」
加蓮「ふうん。忍はいい子だね」
忍「そーいうことじゃないと思う」
加蓮「そか」
加蓮「でもやっぱり、なんかさ……違うじゃん。私が柚とか忍とかの隣にいるのって。部外者がしゃしゃり出てくるみたいで」
忍「その"部外者"っていうのアタシは気に入らないな。アタシはアイドルで加蓮もアイドルで、それに友達じゃん。確かにユニットは違うよ? 加蓮のこと嫌いだって思うこともあるよ? でも、だからアタシと加蓮は友達になっちゃいけないっていうのはおかしいよね」
加蓮「…………なんていうか、例えばさ」
忍「うん」
加蓮「今回のツアーは私のソロだ。藍子と菜々さんとの舞台じゃない。でも私の中には、どっかであの2人がいて」
加蓮「ほら、明後日の最終日は同じとこで歌うじゃん。私と忍。でも違うんだよね。"私と忍"の舞台じゃなくて、"ラブ・ラビットから出張した1人とフリルドスクエアから出張した1人"ってイメージで……」
加蓮「うまく説明できないなー。言ってること、分かる?」
忍「し、正直あんまり。でもやっぱり加蓮らしいなって思った。なあなあで済ませてない辺りが特にね」
加蓮「そうかな……。私、これでもけっこうテキトーだよ?」
忍「いや加蓮がテキトーならじゃあ柚ちゃんとかどうなるのさ……」
加蓮「柚は柚でしょ」
忍「そーやって真面目に返すところも。加蓮らしい」
加蓮「そ」

お互いに、相手のことを分からないまま相手のことを分かり、相手らしいと思っていた。

忍「加蓮。前に柚ちゃんが言ってたよ。加蓮のことを邪魔者なんかにしないって」
加蓮「電話の時だっけ? うん、あれはなんていうか……私って馬鹿だなぁって思ったよ」
忍「へ?」
加蓮「……え?」
忍「あ、いや、ってことは加蓮、アタシの言ってることホントは分かってるんじゃ――」
加蓮「あのさ忍。分かってることと理解できることは別だよ」
加蓮「柚が何を言っても、忍が何を言っても、変わらないところは変わらないし、変えることが難しいことはあると思うよ」
忍「…………」
加蓮「身体にいいからって嫌いな物を食べられる? 先生に言われたからって素直に注意されたことをやめられる? ……って、忍はいい子だし努力家だからできるのかもね。でも私には無理だよ」
忍「……やっぱりアタシ、加蓮のことが大っ嫌いだ」
加蓮「知ってるよ。好かれたいって思わないけど」
忍「ハァ……そういうとこもだよ。でもさ、加蓮」
加蓮「ん?」
忍「前に言ったよね。努力が嫌いでも、努力の楽しさを伝えてみせるって」
加蓮「うん」
忍「加蓮の中に変な線引があるんだったら、アタシはそれも変えてみせるよ。絶対に。……今、決めた」
加蓮「…………」

楽しみにしてるよ、なんて他人事みたいに言うことはさすがにできなかった。

加蓮「……今日は部屋に戻って寝るね」
忍「うん。おやすみ、加蓮」
加蓮「おやすみ。……最後にさ」
忍「何?」
加蓮「ごめんね。こんな面倒くさい奴で」
忍「謝るんだったらもっと別の場所で謝って欲しいんだけど?」

駄目だ。手強い。

忍の宿泊部屋を後にして、自分の宿泊部屋へ戻る。かいた汗をそのままにしてベッドに寝転がって、天井を睨んだ。
――人には自分の問題をモヤモヤのまま済ませるなって言っておいてこれだ。自分勝手にもほどがある。
でも。
どんなに想いを巡らせても、やっぱり私と忍や柚には何か壁みたいなものがあるんだ。
今まではそういう物だと思っていた。でも忍はそれを嫌だと言った。
私は、どうしたらいいんだろう?


掲載日:2015年11月8日

 

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