「氷水と油水の関係」





――新幹線の車内――
工藤忍「…………」
北条加蓮「…………」

新幹線がホームを出てから10分。
私たちは4人がけの席に向かい合うように座っている。忍はぼうっと窓の外を見たり、移動販売の人を目で追ったり、時々、私をちらっと見たり。
会話は一切なし。
なんだろう、この状況。

隣の席のボストンバッグに手を突っ込んで、何も取り出さないまま手を戻した。
――居た堪れない。
というか、落ち着かない。

加蓮「……あと何分くらい?」
忍「……まだ出て10分くらいしか経ってなくない?」
加蓮「着くまで1時間30分だっけ。……あー、もう。こんなことなら昨日にぐっすり寝てなければよかったぁ……」

ぽつりぽつりと出した言葉が、ひどく乾いていた。
都会から地方への新幹線だけあって、平日の10時にもそれなりに人はいる。なんとなく辺りを見渡してみたけれどもちろん顔見知りなんていなくて、結局は正面の、田舎っぽいんだか都会慣れしてるんだか分からないシンプルな格好の少女に目を戻すことになる。

忍「加蓮って電車とか新幹線で寝れる方?」
加蓮「どう……だろ。疲れてる時は寝れるけど……」
忍「アタシぜんぜん駄目なんだ」
加蓮「そう……」
忍「揺れてるところで寝るのって無理じゃない?」
加蓮「まあ、分からなくはないけど」
忍「…………」
加蓮「…………」

会話が続かない。いや、もともと(アイドルに関する時以外は)それほど話さない相手ではあるけれど、気まずい。ひたすらに気まずい。

加蓮「…………何か食べる?」
忍「……ううん、いらない」

…………。

加蓮「……メール来てないかな」
忍「来てたら加蓮、もっと早く反応するでしょ」
加蓮「グループチャット――あ、圏外だ」
忍「トンネルに入ったもんね……」

…………。

忍「……少しは落ち着いたら? 新幹線で地方のツアーに行くなんて加蓮なら慣れてることでしょ」
加蓮「そうだけど……。逆に忍こそ」
忍「アタシ? アタシ、これでも落ち着いてるつもりだけどな……まだそわそわしてるように見える?」
加蓮「ううん、あ、見えないから言ったの。もっとこう、わー、景色が綺麗ー! みたいにはしゃぐかなって」
忍「あー……最初の頃はそうだった、かも……」
加蓮「やっぱり」
忍「……ぅあー」
加蓮「え、何、どしたの」
忍「いや、最初の頃はほら……新幹線から降りた時とか迷路みたいな駅とかで、田舎っぽさ全開だったっていうか……」
加蓮「あー」
忍「ホームに来た時に、すごーい! って両手を広げたりしてさ……!」
加蓮「たまにいるよね、そういう人」
忍「いろんな人に、あ、地方から来たんだ、って言われたりして」
加蓮「ふんふん」
忍「しかもアタシ、地元から飛び出てくる時さ。自分なら東京でもやってける! って思ってたから……うああ……思い出すと恥ずかしい……!」カオマッカ
加蓮「くすっ」
忍「あ! 笑ったでしょ加蓮!」
加蓮「ごめんごめん。なんか忍らしいなーって」
忍「それ絶対に悪い意味だよね……うぅ〜〜〜……」
加蓮「でもそっか。だから忍はいつも頑張ってるんだね」
忍「へ?」
加蓮「だってさほら、東京に来て、うわー、都会ってこんなところだったんだ! ってなって、自分が恥ずかしー! ってなったんだよね」
加蓮「だから、自分なんてまだまだ甘いんだーってなって、それから頑張りっぱなしになったんじゃないかなって」
忍「そう……かも。そうかもね」
加蓮「ふふっ。あんまり自分を卑下したら疲れるだけだよ。いつも柚にも言ってるんだけど、これからは忍にも言わないと駄目かな」
忍「アタシはこれくらいが好きだからいいよ。頑張ってるってくらいの方が好き」
加蓮「えー」
忍「なんだかそういうのって、挑戦してるって気にならない? アタシそういうのけっこう好きなんだけどなっ」
加蓮「うーん……やっぱ私、そういうの分かんないよ」
加蓮「でもさー、もしもよ忍。ううん、もしもって言ったら失礼か……頑張ってトップアイドルに上り詰めて、それでも忍はどうせ変わらないでしょ?」
忍「…………どうだろ。そうなったら、何か変わっちゃうかもね」
加蓮「あれ、意外」
忍「これでもアタシ、地元にいた頃からけっこう変わってるんだよ? 昔はもっと荒削り……いや、もうイノシシみたいだってよく笑われてたし」アハハ
加蓮「ぷくっ」
忍「ムカつく笑い方だな!?」ノリダシ
加蓮「あはは、ごめんごめん」
忍「もぉ」モドリ
忍「今は少しくらいって……や、やっぱりまだ自信過剰? もしかしてまた恥ずかしいこと言ってるアタシ……!?」
加蓮「ふふっ、言ってる言ってる♪」
忍「がー! ぜんぜん変わってないじゃん! ぜんぜんじゃんアタシ! もーっ!」
加蓮「ふふふっ。……昔の忍は知らないけど、成長、してるんじゃない?」
忍「そっかなー……」
加蓮「じゃないと西日本ツアーなんて任されないでしょ。何箇所回るんだっけ? イノシシっ子ってだけじゃできないことだよ、きっと」
忍「かなぁ……」
加蓮「うんうん」
忍「…………」
加蓮「…………」

会話がまた途切れた。でも今度はそれほど気まずくなかった。
ちょっとずつ喋っていきたいなと思う。合わない相手なのは知ってるけど、嫌いな子って訳じゃないから。

加蓮「……そういえばさ忍。合流してからずっと気になってたんだけど、その腕時計」
忍「あ、これ?」クイ
加蓮「うん。ちょっと見せてよ……わ、すごくいいじゃん! 装飾とかも、これ高いヤツなんじゃない?」
忍「これ、ちょっと前にPさんからプレゼントしてもらったんだ。前の舞台の記念って」
加蓮「前の舞台……あー、忍がイケメンだったヤツ」
忍「イケメン!?」
加蓮「だってイケメンだったじゃん。うわーいい顔してるー、悔しー、次の舞台で見返そうって思ったよ」
忍「……そういえばちょっと前に、柚ちゃんが『加蓮サンってイケメンなんだよ!』って言ってたっけ」
加蓮「冬服を買う時にね、なんかあの子がやたらメンズを持ってきて、試着したらきゃーきゃー言われて」
忍「メンズ? なんで?」
加蓮「柚に聞いて」
忍「今度聞いとく。でも加蓮がメンズファッションでいたこと見たことないけど、買わなかったの?」
加蓮「買ったけどさ、挑戦しすぎっていうか、ちょっと着るにはハードル高いって……」
忍「…………」フム
加蓮「……柚を焚き付けようとか考えるのやめなさいよ?」
忍「なんで分かったの!?」
加蓮「なんとなーく見てれば分かるよ……」
忍「うあぁ」
加蓮「まあ忍とのイケメン対決なら着るのもやぶさかじゃないかな?」
忍「そういうのもアイドルなのかなぁ……」
加蓮「じゃない?」
加蓮「私も腕時計とか用意してみるといいのかな。……腕時計かー。いい贈り物だね、それ」
忍「うん。贈ってくれた時にPさんが、時間を大切にしなさいって贈ってくれたんだ」
加蓮「へぇ……」
忍「やっぱりアイドルだもんね。ちょっとでも、レッスンやパフォーマンス磨きに使わないとっ」
加蓮「……いや、たぶんそういう意味で言ったんじゃないと思う……」
忍「……? じゃあどういう意味?」
加蓮「それは、まあ……忍は忍らしくやればいいんじゃないかな」
忍「???」
加蓮「時計か……時間かぁ。最近、あんまり怯えなくなったなぁ」
忍「怯える……? 物騒な言い方するんだね」
加蓮「うん。ほら、私って無茶しなくてもぶっ倒れることがあるから。体調が崩れたり、風邪引いたり。それで大切なLIVEが潰れたりしたら、って」
加蓮「前はさ、大きなLIVEの前の日は寝るのがすごく怖かったんだよ。無事に起きられるかなんて保障がなかったもん」
忍「それはまた……深刻なんだね」
加蓮「うん。でも最近は、そんなことないなって」
忍「もしかしたら柚ちゃんがいるからじゃないかな」
加蓮「あ、それかも」
忍「柚ちゃんがいたら不安に思ったり凹んだりするヒマなんてないしっ。人のことなんてお構い無く騒ぐんだもん。しょうがないよ」
加蓮「あはは、分かる分かる。ヤなことがあっても構わずベタベタしてくるよね」
忍「え? ベタベタ?」
加蓮「え?」
忍「…………」
加蓮「…………」
忍「ま、まあいっか」
加蓮「そ、そうそう、今は柚の話じゃないしっ」
忍「加蓮、ツアーの間は寝込んだりしないでよ? アタシまで調子が狂っちゃいそう」
加蓮「私と忍は別仕事でしょ? 一緒にやるのは最終日ってだけで」
忍「そうだけど……あ、でもホテルは同じなんだし、アタシが一緒に寝てあげよっか」
加蓮「はあ?」
忍「もし加蓮に何かあったらすぐに伝えられるように。うん、これで加蓮も不安に思わなくなるよね♪」
加蓮「待て待て。だから、ここ最近はそういうのないんだってば」
忍「不安に思うと心が落ち込むって言うし、Pさんも失敗した時こそ明るいことを考えろってよく思うもん。女子寮で一人暮らしを初めてからよーく分かったんだ」
忍「ツアー中は、アタシが柚ちゃん代わりだね!」
加蓮「話を聞けってーの!」
忍「ふふっ♪」

新幹線は走っていく。意気投合したのかそうじゃないのか、よく分からない関係を抱えたまま。


掲載日:2015年11月6日

 

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