「元通り記念ナイトパーティー」
――北条加蓮の部屋(夜)――
「はー、だいぶ印象が変わりましたね。加蓮ちゃんの部屋というよりは、加蓮ちゃんと柚ちゃんの部屋って感じですね!」 菜々さんがしきりにきょろきょろしながら感心の声をあげる。別にいいんだけど、ジロジロ見られるとさすがにちょっと恥ずかしい。 「へへっ♪ アタシと加蓮サンで夜遅くまで悩んでたんだ。アタシのPサンもいっぱいアドバイスくれたっ♪ テレビの下にラック置こうってアイディアくれたのPサンなんだ!」 「ほうほう。色もいい感じで、ただラックを並べてるだけなのにオシャレですね! 若い子の部屋って感じです!」 「そお? 変なの。菜々サンだってアタシと2つしか変わらないのにっ」 「ギクッ! そ、そうですね、2つしか変わりませんよねあはは……」 助けて加蓮ちゃん、とこっちに視線を送ってくる。私が出すのはいつも泥船なのにこの人はホントに学習しない。 まあ柚を混乱させるのもアレだし、今回は黙っておくことにした。自爆芸なんていつものことだしほっといたら回復するでしょ。 「ドレッサー、いろいろと置いているんですね。あっ、このアロマ見たことある♪」 傍らでは藍子が楽しそうにしていた。 ホワイトピンクのドレッサーにはメイク道具の他に、様々な小物を置いている。造花や写真立てはいいと思うけど、柚が困った顔で持ってきた緑色のブサイクがここに収まってしまいオシャレな雰囲気をぶっ壊していた。それでも飾る辺りが柚らしいけど。 「うん。軽く焚いてるんだ。どうしてもこの部屋に戻ってきたらぐたってしちゃうし、私も柚も」 「そうだったんですか。ふんふん……いい香り……♪ あっ、そうだ。それなら私、また雑貨屋やカフェに行った時、いいのがあったら見つけてきますねっ」 「ありがと……え、カフェ? カフェってそういうのあるの?」 「はい。意外といっぱいあるんですよ、アロマを取り扱ってるカフェ♪」 「そうなんだ……」 藍子に付き合ってカフェでのんびりすることはよくあるけど、ぜんぜん知らなかった。 もう少し話を聞いてみたかったけど、口を開く前に反対側から柚がじれったそうな声をかけてくる。しゃくしゃく、と何かを齧る音と一緒に。 「加蓮サン藍子サン。ここ座って、一緒にお菓子食べよ!」 「はいはい。あーもうボロボロこぼして。せっかくカーペット敷いたのにまたお菓子のかけらまみれになるでしょ?」 「あうぅ。ごめんなさい、加蓮サン」 口元を拭いて、ついでに目に見えた菓子屑をつまんで取って。 柚が勧めて来たピョッキーを1本、手に取った。甘いのは好きじゃないけどこれはそろそろ慣れてきた。いつも柚が口に突っ込んでくるんだもん。 いただきます、と藍子が隣に座る。きっと私が1袋食べてる間、藍子は1本をゆっくり食べるのだろう。私も見習ってみようか。 試してみたけど、チビチビ食べるのが耐え切れなくて10秒で諦めた。 すごいな、藍子は。 「そうだ加蓮ちゃん」 「何? 菜々さん」 「晩ごはん、ごちそうさまでした。いやぁナナまでいただいてしまって申し訳ないと言いますか」 「ん、まあいいんじゃない? お母さんも楽しそうにしてたし」 「菜々サン菜々サン! あのね、今日のカレーは柚が作ったんだ。どお? 美味しかった?」 「あれは柚ちゃん作でしたか! すごく美味しかったですよ。ナナも負けてられないって思うくらいに!」 「へへっ♪」 「柚、嘘つかないの。ほとんどお母さんに手伝ってもらってたでしょ?」 「う、うぐ。見てたの加蓮サン」 「見てた。じゃがいも切るのすっごく苦戦してたでしょ」 「もーっ。もーっ。加蓮サン、アタシの失敗を見てばっかりっ」 「あはは」 だってしょうがない。失敗を許す役は、失敗を見届けなければならないから。 藍子が、じゃがいもって慣れるまで切りにくいですよね、と言った。途端に菜々さんがすごい勢いで食いついてですよねですよねと首をぶんぶんと縦に振り、柚がだよねーと笑う。料理に入れない私が蚊帳の外だけど、こうして話を聞くだけでもなかなかに楽しい。 それに今まで意識してなかったけど、もしかして菜々さんと柚っていいコンビなんじゃないだろうか。ところで菜々さんと楽しそうにしてる柚の顔ってどっかで見たことあるんだよね。ええと、確か台所でお母さんと料理してる時とか一緒に洗濯物を取り込んでる時とか掃除をしてる時とか。それってつまり菜々さんがお母さ 忘れよう。気のせいだ。 「……あれ?」 「ん、どしたの藍子」 藍子が部屋を物色していた。何やってるんだろう。別に見られて困る物はないけど、そういうことする子だったっけ。 「アルバムがない……。前は、この辺にあったのに。加蓮ちゃん、前に見せてくれたアルバム、別の場所にしまってるんですか? ほら、表紙に大きな木がプリントされた……」 「あ」 「…………あー」 「……?」 ああ、うん、それは。 「藍子ちゃん前に言ってたんですよ。仲直りしたら、またみんなで写真を見ようって。そしたらケンカする前を思い出せるからって!」 「…………」 「で、どこにしまってるんです? ナナも見てみたいですねぇ。まだ見ぬ加蓮ちゃんの写真とか!」 「……加蓮サン」 「うん……あのね、藍子、菜々さん。柚を責めないで聞いてほしいんだけど――」 怯えた目を庇いながら私は説明した。 インテリアを一新したのは柚が来たからだけではないこと。 アルバムどころか、ほとんどの家具と道具を柚によって破壊されてしまったことを。 聞き終わった藍子は――さすがにちょっとショックを受けていたけれど、でもすぐにほころんだ顔で手をぽんと叩いた。 「それなら、これから新しい写真を撮りましょう。いっぱい、いっぱい。今度は柚ちゃんも一緒ですよ♪」 「藍子サン……あ、あの、ごめんね。菜々サンも」 「いえいえ、そういうことでしたら。それより加蓮ちゃん。その時の柚ちゃんって怪我などは」 「無傷とは、さすがに……私が責任を持って病院に連れていきました。昔の知り合いからお姉さんやってるわねーってメチャクチャ笑われたけど」 「そうですか……。次にそんなことがあったらナナを頼ってくださいね! これでも湿布を貼ることから包帯を巻くことまで慣れてるつもりですから!」 「ふふっ。ありがと。でももう次はないよ。だよね、柚?」 「う、うんっ。加蓮サンがするなって言ったからしない!」 自分を傷つけることも、何かを壊してしまうことも、もうない。 私と、柚の仲間たちがちゃんと見ている限り、絶対に。 「じゃあ、もっと明るいお話をしましょう。例えば……家での加蓮ちゃんのこととかっ」 「はーい! アタシいっぱい知ってる! あのねあのね、まず加蓮サンね――」 「……本人の前でやるとか何これ拷問?」 「まあまあ。柚ちゃんと藍子ちゃんですからいいじゃないですか。それよりナナも興味ありますね! 加蓮ちゃんのこと!」 「アンタもかい」 まあ私だって、もし藍子と菜々さんが一緒に住み始めたとしたら根掘り葉掘り聞き始めると思う。どんな生活してるの? とか、寝顔の写真ない? とか。……写真はさすがにないか。 「実はすっごく優しい!」 「残念、それは知ってますっ」 「じゃあ、ミスっても許してくれる!」 「それも知ってますっ」 「藍子サン強敵だ!」 なんか勝負が始まっていた。景品はなんだろう。私のサインでもあげればいいのかな。 「なら、これならどーだ! 実は加蓮サン、寝てる時に抱きつき癖がある!」 「えっ」 「ふふっ。それも、知ってます♪」 「えっ」 「ぐはーっ! 藍子サン強すぎっ。もっと手加減してー!」 「え、ええっと、ごめんなさい?」 待って。抱きつき癖って何。 私の困惑をよそに、一度は仰向けに倒れた柚が跳ね起きて藍子に「じゃあ加蓮サンのこと教えて!」と詰め寄りだす。ちょっとたじろぎつつも藍子はゆっくりと語り始めた。いや、だからそれをどうして私の前でやる。アイコンタクトを図ったところでそもそも受信してくれない。割り込もうとしたらウサミン星人にじゅうほにゃらら歳がまあまあと宥めてくる。やめろ。引き止めるな、アンタの実年齢を高らかに叫ぶぞ。 「何言ってるんですか。ナナは17歳ですよ?」 「……にじゅ」 「17歳です」 「にじゅう」 「17歳です」 「……………………」 「いいじゃないですか加蓮ちゃん。たまにはこういうのもっ♪」 「そんなこと言われても……」 「藍子ちゃんが楽しそうにしてて、柚ちゃんが楽しそうにしてる。これ以上の幸せがどこにありますか?」 「…………」 言われた通りだった。 大げさな身振り手振りの柚に、姿勢よくそして楽しそうに笑う藍子。単なる雑談に見えるけど、ここにたどり着くまでのことを考えると――胸が、締め付けられる。 失ってから分かる大切さ。 ……喪わないで、よかった。 でも素直に認めるのは癪なので菜々さんにはババア臭いと言っておいた。ババッ……と固まる千葉県在住ウサミン星人はほっといて、余計なことを喋り続ける藍子の口はピョッキーで塞いでっと。 「むぐ。なにふるんですかかれんひゃん」 「余計なことべらべら言わないの。ほら、柚も」 「はーい。じゃあ次は何のおしゃべりしよっか! うーん、うーん、やっぱりアイドルのこと? それとも藍子サンのこと? 菜々サンのことでもいいカモ!」 「あれ、アンタ前にプライベートではアイドルの話は禁止とか言ってなかったっけ」 「あれは加蓮サンと忍チャンがその話ばっかりするからだよ! それにその……あの時は、ちょっとその、……嫌だったから」 「嫌?」 「アタシのこと……ほ、ほらっ、それはもう終わった話だっ♪ 次は藍子サンの話をしよう! ねーねー藍子サン、何か秘密教えてっ。絶対に誰にも喋らないからっ!」 「ひ、秘密って言われても……」 誰にも喋らないって、そう言って胸のうちに留めていたヤツを見たことないぞ私は。 ねーねー、と詰め寄る柚に、困る藍子。 つい、笑いが漏れ落ちてしまいそうな光景だった。 少しだけ照れくさくなって、飲み物取ってくるねと言って私は部屋を出て行った。オレンジジュースで! とか言っていたウサミン星人にはお酒でも差し入れてみようか。どんな顔をするかな? 廊下に出ると、火照った身体に涼しい空気が心地よかった。扉を閉めたところでつい、ふーっ、と大きく息を吐いてしまう。 ずっとあそこにいるのも楽しいけれど、たまにこうして静かな場所に来たくなる。 「あら、加蓮」 階段を降りようとしたところでお母さんに出くわした。手にはお盆と、4人分のジュース。 「お母さん。ちょうどよかった。飲み物を取って来ようとしたところななんだ」 「そうなの? グッドタイミング♪ ふふっ、でもこれは加蓮が持っていきなさい。私は下でのんびりしているから、気にしなくていいわよ」 「うん。ごめんね、うるさくて」 「いえいえ。なんならもう3人くらい呼んで来ていいわよ〜? リビングなら入るでしょ」 3人。なんというピンポイントな数字だろう。それだけいれば、忍と穂乃香ちゃんとあずきちゃんを呼べる。 「柚ちゃんが、いつか招待したいって言ってたから♪」 「どうせそんなことだろうとは思ったわよ……」 「それに、加蓮ちゃんとも友達なのでしょ?」 「一応、ね」 「よかった」 「……何が」 「なんでもなーい♪ ねね、加蓮ちゃん。よかったわね。藍子ちゃんや菜々ちゃんと仲直りできて」 「…………うん」 お盆を受け取る。ごめーん、開けてー、と扉の向こうに叫んだら勢いよく開かれた。顔を覗かせた柚が、ジュースだ! と叫んでグラスを1つひったくる。 こぼれそうになったのを上手く支えて、買ったばかりのテーブルの上に。 菜々さんがお礼を言いつつ手に取り、藍子がちょっとだけ申し訳無さそうに手を取って。 残ったのを私が掴んで。 誰が示し合わせるでもなく、私達は。 「「「「かんぱ〜い♪」」」」 ちん、とグラスを鳴らし合わせた。 |
(ツイッター未掲載)
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