「神無月の終わりの紅色」





私は誓ったんだ。神無月の終わりに、藍子や菜々さんと紅葉を見に行こうって。
だから。


――川沿いの道――
「そろそろ、お昼ごはんにしましょうか」

藍子の声をきっかけに、カラーシートを広げて腰を落ち着かせる。
藍子が取り出したバスケットには色とりどりのサンドイッチが入っていた。もらいっ、と手を伸ばしたら掴む前にこらっと菜々さんにはたかれてしまった。いただきますくらい言えないんですか! と子供を叱るような声に肩を竦める。

「あはは、私はいいですよ。美味しく食べてくださったら、それだけで♪」
「こう言ってる」
「いやいや加蓮ちゃんは最低限の、こう、なんと言いますか礼儀と言いますか……」

ぶつぶつ、と続ける菜々さん。
あの時から今に至っても、彼女はどこか大人っぽく私と接している。
17歳じゃないの? と喉まで出かかった言葉を、取り出したお茶で流し込んだ。
少し苦笑いしている藍子に目配せすると、彼女ははいと頷いてサンドイッチを1つ渡してくれた。

「いただきますっ。美味しそ〜♪」
「じゃあナナも。はむっ……ん〜〜〜! レタスがしゃきしゃきしててトマトも美味しいっ! 藍子ちゃん、これ結構いいとこの使ってません?」
「実は、おばあちゃんからもらった野菜なんです。いいのが取れたって、たくさん持ってきてくれて♪」

私も頬張ってみた。崩した卵を新鮮なレタスで挟んでいて、口の中でたっぷりの甘味と僅かな水気が一緒になる。
すごく美味しかった。自然と笑みがこぼれて、そうしたら渡してくれた藍子もにっこりなって。
私たちを見ていた菜々さんも頬を緩めて、みんなでひとしきり笑った。

「あははははっ! ……ふ〜。いいですね、こういうのも」
「こういうのって?」
「ほら、紅葉ですよ。アイドルで忙しいとこういう時間はなかなか取れませんからね〜。取れたとしてもロケとかばっかりで」
「…………」

言葉につられてぐるりと見渡せば、まばゆい光景に目が眩む。
川沿いの道にぎっしりと敷き詰められた、紅色の木々。気まぐれな風に葉を揺らし、奥に秋の青空を見せる。
綺麗ですね、と藍子が雅やかに言った。

「それもそれでいいですけど……でもナナは……こうして、加蓮ちゃんや藍子ちゃんとここに来れて本当によかったです!」

菜々さんが両手を広げて、至上の笑みを魅せる。私も藍子も、紅葉以上に見惚れてしまうほどの笑みを。

「……なんてっ、しんみりするには早かったですかね! 藍子ちゃん藍子ちゃん、もう1つくださいなっ」
「あ、はいっ。どうぞ、菜々さん」

心に隙を作らせておきながら、次の瞬間に菜々さんは元に戻っていた。
差し出されたサンドイッチをパクパク食べる彼女に軽く噴き出しつつ、両手を後ろに回してシートにつける。秋空を仰いだら息が漏れた。
ひらりと舞ってきた紅葉が額に乗った。軽く身じろぎ。隙間なく並ぶ紅色に、しばし口を閉ざしていた。
目を瞑って、大きく息を吸う。
……誰かが、動いた気配がした。
目を開き直す。藍子が、私の隣に座っていた。

「……どうかした?」
「ううんっ。なんとなく、こうしたくて」
「そっか」

こん、と藍子が頭を預けてきた。
あの時のことを思い出した。柚の一世一代のLIVEの前日。不安に震えていた私を励ましてくれながらも、私とはまた違う種類の不安を抱いていた時のこと。
まだ不安に思わせているのかな、と少しだけ思ってしまう。どんなに取り繕っても、あの時、私がしたことは消えはしない。

「……私も、藍子や菜々さんとここに来られてよかった」

藍子の頭を、抱き込むようにして撫でてあげた。
お熱いですねぇ、とかハタチオーバーの地球外生命体が10歳みたいなことを言っていたので食べかけのサンドイッチを口に突っ込んでおいた。

「モゴモゴ……ゴクン。キャハッ☆ いい顔してますね、加蓮ちゃん♪」
「ん……そう?」
「今はナナのことは放っておいていいんですよ?」
「何言ってんの。藍子と菜々さんがいてこそ3人なんだよ……。菜々さんも、こっち来なよ」

反対側のスペースをぽんぽんと叩いたら、なぜか引き攣った顔をして首を横に振られた。

「い、いえいえ! ナナは遠慮しておきますよ! ……藍子ちゃんがちょっと恐いですし」
「……??」
「ごほんっ。ナナはこの位置が好きなんです。加蓮ちゃんと藍子ちゃんを見ることができるこの位置が」
「そっか。……でも、ちょっと寂しくない? なんだか、1人だけ外にいるみたいで」
「でも加蓮ちゃんも藍子ちゃんもそんなナナに話しかけてくれるでしょ? それでいいんですよ。ナナは、そーいうのが好きなんです」

いただきっ、と3つ目になるサンドイッチを手に取る菜々さん。そういえば私はまだ1つしか食べていない(それも半分くらいしたところで菜々さんの口に突っ込んでしまった)。慌てて食べようとしたら、いっぱいありますから、と藍子が囁きかけるように言った。
それもそうだね。短く返して、ゆっくりと口へと運ぶ。
菜々さんがさっき感激していた、レタスとトマトの物だった。でもこれは本当に美味しい。新鮮な野菜っていうのもあるけど、でもそれ以上に――

「……あははっ」

さすがに、言うのは恥ずかしい。

「加蓮ちゃん?」
「ん、なんでもない。藍子こそ……あ、そうだ。はい、あーん♪」
「あーん」
「ね、美味しいでしょ」
「……はいっ! みんなと一緒に食べるから、朝に味見した時よりずっと美味しいっ」
「うん」

ひらり、と紅葉が藍子の髪へと舞い降りる。藍子は気付いていないみたい。
言わないでおくことにした。前を向く。菜々さんと目が合った。彼女は私の意図にすぐ気付いたようで、やれやれと肩を竦めつつも笑っていた。
ホント、保護者みたいだ。

「あ……忘れてたっ」
「?」
「藍子。菜々さん。写真を撮らせてよ。2人の写真」

鞄からデジタルカメラを取り出す。お母さんから借りてきた、綺麗な写真を撮れるカメラ。

「え〜っ。それは私の役割ですっ」
「たまにはいいじゃん。ね、藍子。藍子にも後で撮らせてあげるから」
「ぅ〜」
「私……菜々さんとケンカしてた時に、心に決めてたんだ。仲直りしたら、いっぱい写真を撮るんだって。一緒に紅葉を見に行って、写真をって……」

今にして思えばちょっとギリギリだった。私たちの問題があったのと、柚のLIVE。それからアイドルとしてのスケジュール。
今日という神無月の終わりにここに来られたことは、何かの奇跡かもしれない。
奇跡……ううん、私たちができたことだ。
私たちが、できたこと。
胸を張ろう。私と2人でできたことだって。

「それなら、今日は加蓮ちゃんに譲っちゃいますねっ。菜々さん菜々さんっ」
「オッケーですよ! この木の前でいいですか?」
「うん。あ、もうちょっとくっついてよ。なんか変な距離が空いてるみたいで変だよ」
「いやぁ、その場所は加蓮ちゃんの物といいますかナナはこれくらいでいいと言いますか」
「はぁ? もー……じゃあこうするんだからっ」

鞄から三脚を取り出し手早く組み立てる。デジカメを固定してタイマーをセット。それから私も立ち上がった。
シートを踏みつけないように慎重に歩いて靴を履く。紅葉の木の前の並んでいる2人の隣――藍子が真ん中になるように菜々さんの逆隣に並んで、それから藍子を思いっきり抱き寄せた。
きゃっ、と可愛らしい悲鳴。ほらほら菜々さんも、と促して、しょうがないですねぇ、と言葉の割に弾んだ声を聞いて、同じように藍子の首へと手を回す。
両隣から抱き寄せられた藍子が、わ〜!? と今度は割と本気で悲鳴をあげ転びそうになっていた。
腰に手を回して抱きとめてあげる――そこで、「カシャ」という音がした。

一瞬だけ、沈黙。

「とっ……撮り直させてください〜〜〜〜〜!」

切実な叫びが、秋空へと響き渡った。

私も菜々さんも、ずっと笑いっぱなしだったけど。



――翌日・北条加蓮の部屋(夜)――
現像された秋の写真を封筒から取り出し、指紋がつかないようにそっと撫でた。
藍子がちょっと慌て、両隣の私と菜々さんが子供っぽく笑っている。
息を吸う。暖かい紅色が敷き詰められた公園を思い出す。
昨日のことだけど、すごく懐かしい思い出のように感じられた。

目を細めながら、新品のアルバムの最初のページへと写真を仕舞いこむ。ぱん、と閉じて、それから表紙に書き込む。
「新しい、思い出」と。

「……さて、と」

最後にもう1度だけ目を閉じて、2人の笑顔と温かみを思い出してから立ち上がった。
アルバムをしまいこんで、振り返る。
明日は事務所に泊まり込み。明後日から地方巡業ツアーだ。しばらくこの家には帰ってこない。
付き添いは1人いるんだけど、仕事自体は私のソロ。もし心細くなっても、自分1人で乗り越えなければならない。
でも。

大丈夫。
紅葉を見られたって思い出だけで、私は大丈夫。

いつだって、藍子と菜々さんがいてくれる。



掲載日:2015年10月30日

 

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