「LOVE Rabbit」





――野外LIVE会場――
私達に与えられた歌は3曲。
1曲目は、あくまで事前の打ち合わせ通り、事前に練習した振り付け通りに、滞りなく片付けた。
すごい歓声を受けとめながら、私達は歯を見せて笑う――でも、その中に僅かに、ほんの僅かだけ、落胆するような声があった。
だから。
2曲目が入る前、本来なら「今日は来てくれてありがとー!」とだけ言うMCパートにて、私はまず無線マイクの電源を落とした。
後ろの2人が動作に気付く前に、大きく大きく息を吸って。

「みんなあああああああああああ――――っ! 今日は、来てくれて、ありがとおおおおおおおおおお――――――っ!!!」

一発で喉が死んだ。
豪風すら巻き起こす絶叫が応えてくれる。
「ちょ、加蓮ちゃん!?」と、菜々さんの慌てる声がマイク越しに響く。演技ではなく、ガチの焦りだということは誰の耳にも明らかだ。
逆隣の藍子は口をパクパクとさせていた。言葉も出てこないらしい。

「ふうっ! ……叫ぶと気持ちいいよね! 歌うことも、踊ることも、ぜんぶ気持ちいいっ!」

今度はマイクの電源を入れ直して、声にダミが混じらないように頑張って。

「みんなはどうかなーっ! 楽しんでるーっ!!?」

<ワアアアアア――――!!

「足りないよーっ! もっともっとーっ!!」

<ワアアアアアアアアアアア――――!!!

「ありがとーっ! ほら、菜々さんもっ」
「ナナもですか!? もーしょうがないですねぇ……あーっ、ごほん。みっなさーん! ウサミンパワー、受け取ってますかーっ!!!」

<ワアアアアアアアアアアアアア――――!!!!

「ちょっとちょっと。私の時より声援大きくない? ねー! ウサミン星人より私の方が大好きだよねー!」

<ワアアアアアアアアアアアアアア――――!!!!!

「ふふっ♪ ……エホッ……そろそろ次の歌、行ってみよっか! ほらほら藍子、いつまでぼうっとしてんの。次は藍子が主役だよ?」
「はっ……え? え? 私が、主役……?」
「加蓮ちゃんがやり過ぎたせいで放心してたんですねぇ、まったく!」
「しょうがないなぁ。じゃ、私が隣に並んで手伝ってあげる」
「最初からそのつもりだったんでしょうが!」
「菜々さんは3曲目のメインでしょ? ほらほら、藍子、やるよっ。ファンの皆も待ってるんだから! だよねー!」

<ワアアアアアアアアアアア――――!!!

「わ、わ、押さないで加蓮ちゃん……え、えっと! それでは、その、2曲目、いきます!」
「キャハッ☆ コール、お願いしますね!」
「私達の本気の想い、歌に乗せて届けるね。――『タイムカプセル』!」


『タイムカプセル』
作詞・作曲:yozuca* 編曲:東タカゴー
(ゲーム「D.C.III P.P. 〜ダ・カーポIII プラチナパートナー〜」より)



『くだらない毎日を集めたら キラキラ眩しく輝くんだ♪』

毎日の輝きと過去を懐かしむ歌。センターには藍子が立つべきだと満場一致で決まった。本来なら私はこの曲でバックダンサーを務めていた筈なんだ。それなのに、気づけば私と藍子のツインステージとなっている。
なんて破天荒なんだろう。統率も秩序もない。ミーティングでの決定なんて露へと消えた。台本? 立ち位置? ぜんぶアドリブだ。

『ビー玉みたいにカラフルな かけがえのない日々抱きしめてく♪』

きっと今頃はPさんが舞台袖で慌てふためいているだろう。いや、もういつものことだと諦めてため息をついているか。

『Ah 手紙を書いたんだ 未来の僕らへ♪ 「みんな元気ですか? 幸せでしょうか……」♪』

でも。
これが私達のユニットなのだ。
最初の頃は、足並みを揃えないといけないって思い込んでいたことがあった。
仲直りした後は、変に気を遣いすぎていた。
そうじゃないんだ。
そうじゃない。
誰が何を喋っても、誰が何をしても、最終的に行き着くところに行く。演目が変わっても根っこは変わらない。
ファンを楽しませる為に。そして、それぞれが届けたい大切な物を伝える為に。

『変わらない桜並木 ずっと僕らを見ている♪』

隣の藍子が溢れる笑顔を見せる。後ろから菜々さんが躍り出てきて、私の方を一瞬だけ獰猛な笑みで見る。
ウィンクで受け止めて私は大きく口を開いた。喉が痛い。体力もヤバイ。でも知ったことか。この2人となら無茶だってできる。

『泣いたり……笑ったり……デコボコな僕らを』

少しだけ、体を左に傾けた。藍子の姿が視界から消えた。
でも大丈夫。彼女は隣にいてくれる。もしこの瞬間に私の意識が全消失してぶっ倒れたとしても支えてくれる人がいる。

『つまづいた石ころは きっと♪ チャンスをくれるんだ♪』

一番力を込めて歌いたいところで、私と藍子がくるりと向かい合った。互いに歩いてハイタッチ。
――もちろん、そんな動作は演出に含まれていない。というかそもそも私が前に立っていること自体がイレギュラーなのだ。
言葉がなくても通じ合える。想いを共有できる。
そうだ。完璧に思い出した。私にとって藍子って、そういう相手だったんだ。

『大きな、桜が』

行き交ってのハイタッチをしたから、今度は私が舞台右側へ、藍子が左側へ立つことになる。
さっきまで藍子が見ていた風景が、ここにある。
さっきまで私が見ていた光景を、藍子が見てくれる。
それが、すごく心地いいんだ。
嬉しいんだ。

『キラリ、揺らめいた――♪』



□ ■ □ ■ □



――LIVE終了後 楽屋――
「ごくっごくっごくっぷはーっ! あ゛〜……駄目だまだごえ(声)がべん(変)なばんじ(感じ)……」
「当っっったり前ですよ! あんな怒鳴るようなことして、ナナ心臓が止まりそうになりましたよ!? 加蓮ちゃん、肝心なところで自覚が消えますよねいっつもいっつも!」
「あ、あはは……大丈夫ですか? 喉がキツイなら、もう少し声を小さくしてもいいですから」

太陽に突っ込むようなLIVEは無事に終了した。いや、あらゆる意味で無事と言っていいのか分からない結果だったけど。
楽屋に戻ってきた私たちをPさんは憤然たる有様で迎え入れてくれて、呆れの言葉もなく「お疲れ様」とだけ言ってくれてスタッフの方へと歩いていった。
でもすごいLIVEだったでしょ? って言えればよかったんだけど……喉に、思ったよりもダメージを受けていたから、何も言えなかった。

「あっ、そうだ。はい、加蓮ちゃん。のど飴ですっ。ゆっくり舐めて、喉を癒やしてあげてください」
「ありばど(ありがと)……」
「はーっ。藍子ちゃんも、ちょおっと加蓮ちゃんに甘すぎなんですよ」
「甘すぎ……ですか?」
「こういう時こそ、ビシッ! と叱らないと。しかも今回は藍子ちゃんメインの演目を潰された訳ですからね! のさばらせるから加蓮ちゃんがつけあがるんですよ!」
「び、びしっと……! え、えとっ、加蓮ちゃん!」
「ばに(何)……?」
「…………め、めっ」
「あ、ダメですねこれ。やっぱり加蓮ちゃんを叱る役はナナですか」

使命感に燃えるウサミン星人を軽く小突きつつ、ゆっくりと起き上がる。倦怠感の中に、やり遂げた後という心地良い疲労感が混ざっていた。
できることならこのまま横になっていたい。大の字で寝転がりたい。汗びっしょりの身体とか衣装とかぜんぶほっぽり投げて。
でも、それよりも。
今、伝えておきたいことが。

「……ゲホッ! ゴホッゲホッ……う゛〜」
「加蓮ちゃん……その、無理に喋らなくていいですからね? Pさんへの伝達や報告は、私が代わりにやりますから」
「うう゛ん……ごれだげ……。あいこ……」
「何、ですか……?」
「ありがと、ね……私、あい゛っ……あいこが……」
「あ、後でいいですっ。ゆっくり休んで、また明日に聞きますから、今は喉を休ませてあげてくださ――」
「ううん、今じか言えないがら……」

傷んだ金属がこすれ合うみたいな痛く気持ち悪い感触。手元のミネラルウォーターを何度も何度も口に含んで、酸素をすべて吐ききる覚悟もして。

「あのね……ありが、どね……。わたじ(私)……私の見えなかった物、あいこが見てくべる(くれる)こどが、すっごく、ごこちよかったんだ……」
「加蓮ちゃん……っ。はい。はいっ。加蓮ちゃんの見えないところ、私がずっと見てあげますから……だから今は…………!」
「うん……ごれからも、おねがい、ね……ふふっ……」

絞り出した想いに、藍子は涙ぐみながら頷いてくれた。
――さっきのLIVEだって。
私が見ていた光景を藍子が見て、藍子がいた場所に私が立った。同じ物を見ている気がして、胸の内側からはちきれるような嬉しさがあった。
だけど、それともう1つ。
私が右側に立っている間、私は左側を見ることができなかった。
全部が見えてないことに時々だけど不安を覚える。分かっていないことが怖い。自分の知らないところで何が起きているか考えると身体が冷たくなる――でも、そこに藍子がいてくれれば。
藍子が、私の見えない物を見てくれれば。
不安なんて、ぜんぶ杞憂になって消える。

それが、私にとっての藍子。
今の私が見つけた、最終解答だった。

「――加蓮サンっ! 藍子サンに菜々サンも! お疲れーっ!」

楽屋の扉がノックもなく開けられた。馬鹿みたいなテンションの柚と、呆れ目の中に興奮を隠しきれていない忍が姿を見せた。

「柚ちゃん! 来てくれてたんですね!」
「とーぜんっ♪」
「柚ちゃん、3日前からずっと今日のLIVEの話ばっかりでさ。でも気持ちも分かるな。3人とも、本当にすごかった! アイドルってこうなんだよね!」
「キャハッ☆ これがウサミン星人の力ですよ! おおっと、もちろん加蓮ちゃんと藍子ちゃんのパワーでもありますけどね!」

菜々さんが鼻高に言う。おいおい、さっきまで私を責めてたんじゃなかったの?

「ユニット『ラブ・ラビット』、完全復活だね。よーし、アタシも負けてられないぞーっ!」
「ふふ……忍、あたぢ達のとこまで、おい……ゲホッ」
「加蓮ちゃん! もうっ……あの、たぶん、"私たちのところまでおいで"って言いたかったんだと……」
「加蓮サン今すごい声だった! よく見たらぐたってなってる! だいじょぶ!?」
「そういえば加蓮、すっごい叫んでたよね……。ううん、それくらいやってアイドルなのかな。うん、追いつくよ、絶対に!」

私を見下ろす忍の目には熱血が灯っていた。
思わず破顔してしまう。私が舞台に立つことで、何かを伝えられるのは、ファンでも、アイドル仲間でも、とっても嬉しいことだから。
まして仲間達とのLIVEでならなおさらだ。とても即物的だけど、これだけでもう、藍子や菜々さんと仲直りできてよかったと思ってしまう。

「よーし、LIVEも終わったし打ち上げだ! ……で、いいんだよね?」
「はいっ。今日は事務所に戻ってぷちパーティーですっ……って、言いたいんですけれど……加蓮ちゃん、大丈夫かな」
「キャハっ☆ まあ帰りの車で横になっていれば回復するでしょう! それで治らなかったら……その時はナナがメイドになって、料理をあ〜んってしてあげますね!」
「あっ、菜々サンずるいっ。それアタシもやりたいー!」
「パーティー……そうだよね、パーティーだよね……。あ、アタシだけ自主レッスンしてちゃダメかな……ダメだよね……でもレッスンしたい、今すっごくレッスンしたい……!」
「忍チャンがうずうずしてる!?」
「加蓮ちゃん、立てますか? ……無理そうですねぇ。おぶっていっちゃいますか!」
「アタシも手伝うっ。ほらほら、忍チャンも! 一緒に運ぶんだっ」
「レッスン……パーティー……え? あ、ああうん、加蓮ね。よいしょ、っと……げぇ、汗びっしょり!」

目を瞑ると、どっと眠気が襲い掛かってくる。
本当に楽しいLIVEだった。アイドルをやっていてよかった。2人と出会えて、仲直りできてよかった。
……ううん。これでゴールじゃない。これからはずっと、これが続くんだ。
続く、じゃない。続けていこう。
また笑い合おう。またアイドルをやろう。
今度はもう大丈夫。互いにどうすればいいか忘れてしまってぎこちなくもならない。

「……り、…………と……」
「加蓮ちゃん?」
「何か言いました――って、あらら、寝ちゃってますねぇ。……う、うう、足がガクガクしてきた〜っ! ナナもLIVEの疲れが……!」
「あっ、Pさん! ちょうどいいところにっ。あの、加蓮ちゃんを運ぶのを手伝ってくださ――ひゃっ」
「わぁ、お姫様抱っこ……見てるナナまでドキドキするぅ……」
「加蓮サンお姫様だ! いいなーいいなー、柚も今度やってもらおーっと」
「アンタの担当は女性だろうが……」
「じゃあ加蓮サンにしてもらう!」
「え、無理じゃない?」

――ありがとう、みんな。
そして。
ただいま、2人とも。
今度こそ、本当のリスタートだね。



掲載日:2015年10月15日

 

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