「後悔も戸惑いもプライドの前では」
生きてきて、16年になる。
周りはまだまだ私のことを子供と言うかもしれない。でも、16年も一緒に過ごせば、自分がどういう人間なのかそれなりに分かってくる。 得意なこと。 苦手なこと。 好きなこと。 嫌いなこと。 自覚が持てる――だから、自分を許容できる。 時にはどうして上手くいかないのかと叱咤することはあるだろう。でも、最後にはそれが自分だと認めて、変わるべきところは変わって、そうじゃないところは認めてあげて。 そうやって生きてきたけれど。 たまに、どうしようもなく強く思うことがある。 どうして私は、こんなにも嫌な性格をしているんだろう、って。 ――事務所の休憩室―― 「――だからっ!! 私は私なりに考えて、それで思ったことなんだってば!」 休憩室に、私の怒鳴り声が響き渡る。 「私はっ……! そりゃ確かに好き勝手やってきたかもしれない。好きな人へ気遣いもできない最低の人間かもしれない。でもそれが心地よかったって気持ちに嘘はつけない!」 「考えた結果が"変わらない"ですか!? 加蓮ちゃん、アンタそれで何したのかもう忘れたんですか!?」 小さな身躯の2X歳と、戦っていた。 ……ううん、違うか。戦いって相手を倒すことが目的の言葉だけど、私の目的はもっと別のところにある。 言うならば、そう。 張り合っていた。 私も、それから、私達の保護者的存在――安部菜々さんも。 「忘れてない! さっきから何回も……何回もっ、謝ってるじゃん!」 「その謝れば有耶無耶になる、許されるっていう加蓮ちゃんの考えがナナ大っ嫌いなんですよ! そうでしょうね、藍子ちゃんは優しい子ですからきっと許してしまうでしょう。でもそれは藍子ちゃんの優しさに甘えてるだけなんじゃないですか!?」 「違う!」 「優しさを利用してるだけじゃないんですか!!?」 「違う!!」 人を利用する。そうだ。確かに私は人を利用しているかもしれない。 だって私は、どういう人間に利用価値があるかある程度は分かってしまうから――自分の物理的価値を、分かりたくもない感覚を持ってしまっているから。 だからこそ全力で否定する。私は、唇を噛み締めながらも私たちを見てくれている高森藍子という優しい少女を利用したことなんて、これまで1度もない。 「じゃあ菜々さんはどうしてほしいの!? 考えろって言うから私は自分で考えた。聞いてくれるっていうから私は話した。藍子にも謝った! これ以上何をしろって言う訳!!?」 「そもそも向いてる先がおかしいんですよアンタは!! 柚ちゃんの問題につきっきりになっていた時、一番傷ついていたのが誰なのかまだ分かっていないんですか!?」 「分かってるわよ! だから謝ったでしょ!?」 「その謝れば対処できるって利己的な考えが大っ嫌いで鼻につくって何度も言ってるんですよナナは!」 「〜〜〜っ!!」 元々は――菜々さんとのLIVEが終わった後、私がちゃんと自分と見つめ合った結果を伝えるから話をしたい、って言って、それでセッティングされた場。 最初のうちは、確かに緊張感はあったけれど静かだった。私が藍子に謝って、藍子が……少しだけ切なそうな顔をしつつも、いいって言ってくれて。 おかしくなったのは、菜々さんが私を促してから。 『それで、加蓮ちゃんはどんな答えを見つけたんですか?』 ――その言葉には、期待が含まれていた。 少なくとも最初から私を糾弾するという意志は見えなかった。 なのに、どうしてこうなったんだろう。 「だいたいナナは、」 「じゃあさ!! そもそも菜々さんってどういう立ち位置なのよ! これは私と藍子の問題でしょ!? このお節介野郎!」 「っ……ええそうですよお節介ですよ! でも2人だけじゃまた同じ問題が起きるに決まってる!! 分かるんですよ! "私"が何年生きたと思っているんですか!!」 「そうやって統計と平均で子供の考えを押さえつけてくる大人なんてすっ込んでろ!!!」 「加蓮ちゃんだって同じことしてるじゃないですか! アンタの価値観で"私"をただの大人だって決めつけて押さえこんでる!! ええ、大人としての物差しだとか価値観で喋ってるかもしれませんよ。でも"私"だってずっと加蓮ちゃんと藍子ちゃんを見てきてるんですよ!! 統計と平均だけで言ってる訳じゃない!!!」 喉が痛い。少しだけ視界がぼやけた。脳に酸素が行き渡っていない。 だからといって退くつもりはない。誰の為とか自分の為とかじゃない。プライドと意地の問題だ。退きたくないから退かないんだ。 「元に戻りたいって思うことの何が悪いのよ。戻れるところがあるから戻りたい、それの何が悪いのよ!!」 「っ、錆びたまま鞘に戻したところで根本的解決にはならない!! 戻る資格を得て戻ってきてください!」 「資格って何!? じゃあさ、じゃあよ! 百歩千歩譲って今の私が資格を持っていないとするわよ。それを今から見つけていくっていうんじゃ駄目なのかなぁ!?」 「ナナ前に言いましたよね! 自分の非を認めないで自分なら許されるってその態度がずっと気になってるって!!!」 「私だって言ってるよね!! 非なら認めてるって!!!」 「ふざけんな!! 自分の為なら藍子ちゃんをいくらでも傷つけていいって考えてるんですか!!?」 「そうは言ってない!!」 「そういうことになるんですよ!!! やっぱりアンタ自分が何やったのか分かってないでしょう!!」 「分かってるわよ!!」 ……ああもう、どうしてこうなる。 どうして私は菜々さんと怒鳴り合ってるんだ。 なんでこんなことしないといけないんだ。一緒にアイドルやって、笑い合って、たまにからかって。LIVEで最高のパフォーマンスを魅せて。それじゃ駄目なのか。 「分かってるからこうして謝ってる。例え元鞘でも何でも私は私と向き合った。努力を認めろなんて言わないけど、苦手なことに努力をしたからこうして結果を出してる。それをアンタは同じことが起きるからって決めつけて否定してる!! 単に私の出した結果が気に入らないから怒鳴ってるだけでしょ!!」 「!! えぇそうかもしれませんね! でもそれで"私"が間違っていたとして!! 加蓮ちゃんの行為が許される訳じゃありませんよね!!」 「っ、もっと私のこと理解してよ!! 戻りたい場所があって、好きな物を好きと言って! それの何が悪いんだ。自分の杓子定規で勝手に決めつけるな!!」 「何回言えば分かるんですか!? 自分なら許されるってその態度本当に何なんですかね!!? アンタ何様ですか!?」 「誰がいつそんなこと言った!!」 「言わなくても見れば分かりますよ!!!」 お互いに息が切れる。ねえ、もういいじゃん。お互い言いたいことは言った。十分に喧嘩した。もうそれ以上、刃を向ける必要なんてない。 議論の妥協点だって見つかってる筈だ。少し折れればいいのに。冷静になれば考えられるのに。 ……それでも私は、肺から空気を吐き続ける。 「菜々さんが私を気に入らないってんなら私だって言ってやる!! 菜々さんのそういうところが気に入らないの! 勝手な決めつけに自己判断、それを自分の経験だって言い訳で判断に蓋をして!! 私と藍子をずっと見てきたって言ってそれなの!? ふざけんな!!」 「少なくとも経験はそんなに軽い物じゃない!! 加蓮ちゃんだってそうでしょうが! ええ自己判断ですよ、ええ"私"の経験ですよ!! でもそれで間違ってることを間違ってるって言えるなら何だって利用してやる!! 最初に言いましたよね、ナナはこの件じゃ17歳じゃなくて大人として接するって!!!」 「結局全部、自分の物差しの決めつけじゃんか!!」 「そうかもしれませんねえ!! でも重要なのは思考の過程じゃなくて結果なんじゃないんですか!!? 加蓮ちゃんだってそれは分かって、」 「もうっ…………やめてください……!!!」 唐突に。 唐突に、彩度がブチ切れた橙色みたいな声が轟いた。 藍子が、ひどい顔をしていた。 涙がぼろぼろ溢れていた。 「もうこれ以上いいじゃないですか! そんな泣きそうな顔をして、お互いに傷つけあって……!! それでもやらなきゃいけないことなんて、何があるっていうんですか!?」 「…………」 「…………」 「私は……私はっ、加蓮ちゃんが正しくなくても、菜々さんが正しくなくてもいいです……! ただ、どっちにも傷ついてほしくないだけで! だからもう、やめてください…………!!」 どさ、と音がした。 藍子が膝から崩れ落ちていた。 でも、顔はずっと上げていた。 私達を見ていた。 ……脳幹に氷柱を差し込まれたように、熱が急に冷えていく。 指先に理性が戻ってくるのを感じる。 私が正しくないのかもしれないし、菜々さんが正しくないのかもしれない。 でも藍子の言う通りだった。 意地を張って、退かないって決めて。 何になるという。 「……藍子ちゃん」 ただ、それで止まらない人もいた。 菜々さんが。 諭すような口調で、けれど、鉄を曲げられるような温度で。 「ナナだって、加蓮ちゃんが傷つくのも、藍子ちゃんが傷つくのも見たくありません。……でも、傷つかない為に傷つかなければならないなら……それが今だけの時間で済むなら」 「菜々、さん……?」 「今言うべきことは、今やるべきことは、今なんです。今じゃないといけないんです」 1つ、長い瞬きを挟んで、菜々さんは私を睨み直す。 藍子の悲痛な声を、歯を食いしばって振り払いながらも。 「明日、1週間先、1ヶ月先。また同じことが起きるって分かっているなら、今……ズタボロにしてでも、なってでも、ナナは口を閉じません」 「…………」 「今日は……そのつもりで、ここに来てますから」 「……菜々さん」 試合開始の掛け声と共に、互いに死ぬまでやり続ける。 ……なんて、古代の決闘じゃあるまいし。 前時代的で馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。でもそれこそ一般論を盾にした杓子定規だ。 正面から受け止めさせられた私としては。 頬に、汗が流れる。 「――加蓮ちゃん、"私"は」 また言葉が続くと思った。あるいは雑言で突き刺されるかと身構えた。 途切れた気力を振り絞るのは並大抵のことではないかもしれないけど、できないことじゃない。 がり、と唇に歯が食い込んだ。痛みを振り払って、拳を握った。 ――でも。 菜々さんが言い始める前に。 視界を塞ぐ陰があった。 藍子だった。 さっきまで悲劇のヒロインのように、ただ叫ぶしかできなかっただけの第三者だったのに。 強烈な気迫を感じた。 藍子は私を背にし――なぜだかこの時、私は藍子のことをすごく頼れる人だと思ってしまった。 どうしてそう思ってしまったか? 「菜々さん!」 ――藍子が私の絶対的味方だと、本能で感じ取ってしまったからだ。 「私は加蓮ちゃんのことが好きです。でも菜々さんのことも好きです。……だから、菜々さんが加蓮ちゃんに嫌われるのなんて、見たくありません」 「どういう――」 「菜々さん。……加蓮ちゃんの嫌いな人にならないでください。加蓮ちゃんの嫌いな――」 ――相手のことなんて何も考えないで、自分のやりたいようにやるだけの人に、ならないでください かつて藍子の口から聞いたことのないような、攻撃的な言葉だった。 □ ■ □ ■ □ ――北条加蓮の家(夜)―― 「ただいまぁ……」 「あっ、お帰り加蓮サ……ン?」 あの後、私達を担当するPさんと、あとついでにフリルドスクエア担当のプロデューサーさんがやってきて、1度頭を冷やせと怒られた。 喧嘩両成敗。 菜々さんも怒られていた。 話は仕切り直し。また明日、休憩室なんて即席の場ではなく会議室を用意して存分に。 今度はPさんも同席するらしい。 「ごめん……ちょっと、疲れてて…………」 そもそもLIVEフェスの帰り、そして長時間を怒鳴り合い、それも仲間を口撃し続けた後なのだ。 家に到着した時、私は意識が曖昧なほどにフラフラだった。 「え、あの、加蓮サン? ……そ、そんなにLIVE大変だったのかなっ! 柚も見に行けばよかった〜。アタシのPサンすっごく強情で! そんなことよりレッスンしろ〜って!」 「…………」 「…………加蓮サン? エト、……なにか、あった?」 答える気力がなかった。足を釣り糸で動かすようにして身体を2階へと運ぶ。慌てる声と心配そうな声が左から右へと抜けていっていた。 相変わらず殺風景な自室へ到着した時、ぷつり、と何かが切れた音がして。 最後に覚えているのは、ベッドの感触。 ……。 …………。 |
掲載日:2015年10月10日
第147話「陣風」へ 第148話(後編)「0時23分に、彼女は微笑んで言う」へ
二次創作ページトップへ戻る
サイトトップに戻る