「陣風」
――LIVE会場――
北条加蓮「みんなーっ! 盛り上がってるーっ!」 <ワアアアアアアアアア――――――!! 加蓮「ちゃんと着いてきてくれてるかなーっ!!」 <ワアアアアアアアアア――――――!! 加蓮「ふふっ♪ じゃあ次は……私のとっておきの歌、行くよーっ!」 ――LIVE会場―― 安部菜々「う、ウサミンことナナのLIVE、まだまだこれからですよ! なんたって17歳ですからね! バテてなんていませんよ〜っ!」 <ワアアアアアアアアア――――――!! <がんばれー! <がんばれー! <むりすんなー! 菜々「よっ、余計なことを〜っ! それじゃあ次がラストです、思いっきりいっちゃいましょう! 『メルヘンデビュー!』」 ――LIVE終了後 楽屋―― 加蓮「ハァ、ハァ、ハァ……ゲホッ……」 菜々「ぜーっ、ぜーっ…………」 手を伸ばしても全く届かない距離を空けて、お互いに長椅子に寝転がる。 LIVEはいつもこうだ。どんなに体力をセーブしようとしても、気づけば身体が勝手に動いている。呆れられても心配されても、アイドルをやっている限りはしょうがないことだ。 菜々「はーっ、はーっ…………加蓮ぢゃん……生きてますかー……?」 加蓮「ゲホゴホッ……な、なんとか…………もー……菜々さんと同じフェスとか……ぜんぶ喰われてる感が凄いよ……」 菜々「ぜぇ、ぜぇ、き、キャハっ☆」 合同フェス。たまたま菜々さんと同日にバッティングしたのは……Pさんのせいではないとは思うけど。 でも文句を言う筋合いもないし、プロのアイドルが内輪揉めを仕事に持ち込む訳にはいかない。 菜々「加蓮ちゃんこそ……見てましたよぉ? なんですかぁ2曲目の、ほら、冒頭の……」 加蓮「ああ、コール……ハァ、ハァ……あのコールのこと? 昨日、頑張って考えたんだ。もっとLIVEが盛り上がるようにって……」 菜々「加蓮ちゃんらしくないなって、柚ちゃんの入り知恵ですか……ぜーっ…………」 視界がチカチカと点滅する。脳に酸素が行き渡っていない。でも笑みが浮かぶ。 全力疾走は悪いことじゃない。駆け抜けた後の快感がある。 疲れることができるなんて、それだけでも私は幸せなのだ。 加蓮「……でもさ…………ゲホッ……」 菜々「……」 加蓮「でも、まだ、物足りないよ…………ハァ、ゼェ……」 体力がなくても気力充分の菜々さん。ムキになってついていってしまう私。 やっぱり、見守っていてくれる人がいてほしい。 舞台袖から信頼してくれる目を見せるPさんでも十分だけれど、ううん、そうじゃなくて。 菜々「ゲホッ! ……加蓮ちゃんは、欲張りですねぇ……」 加蓮「菜々さんだって……すぅぅー……同じこと、考えたでしょ? もっともっと欲しいって」 菜々「…………」 加蓮「制御してくれる人……でもたまに暴走して、LIVEがより訳分かんない方へ進んでいって、なのに、それが楽しいって思える仲間……」 菜々「ええ、まったく……ゴホッ…………そんないい子を放ったらかしにできる加蓮ちゃんの……気持ちが、ナナには分かりませんよ……ぜーっ…………」 日が経つに連れ、ああやっておけばよかったという後悔は少しずつ膨れ上がっていた。 ……膨れ上がっていたと言っても、ずっと内心に隠したままのつもりだった。柚が勘付いたら、また自分を責めかねないから。 けれど菜々さんはやっぱり見抜いていた。2X歳の経験が物を言う―― 菜々「違いますよ、加蓮ちゃん」 加蓮「……え?」 いつの間にか菜々さんが起き上がって、タオルで顔を拭いている。 菜々「ナナはずっと加蓮ちゃんを見ていましたからね! ちょっとやそっとじゃ隠し事なんてできないと思ってください!」 加蓮「…………」 菜々「……ゲホゴホッ! う、うう、叫んだら喉が……飲み物飲み物っ」 自分のカバンを漁り始めた菜々さんの背中は、少し曲がっているように見えた。 加蓮「ねえ、菜々さん」 菜々「はいはい?」 加蓮「私がちゃんと考えたら……聞いてくれるって言ったよね」 ピクリ、と動きを止める。 加蓮「考えたよ……。ゲホッ……考えて、私なりに答えを出したよ」 加蓮「ううん。答えなんて出てないかもしれない。考えたフリをした自己満足かもしれない」 加蓮「でも私、今の自分にできるだけのことをやった」 加蓮「自分がどんなアイドルで……ハァ、ハァ……ゴメン。自分がどんなアイドルで、藍子のこと、菜々さんのこと、どんな風に見てたか」 加蓮「考えたよ……だから、聞いてくれるんでしょ?」 加蓮「私の言葉、ちゃんと聞いて……」 言い切って、菜々さんは初めて私を見た。真剣な、というよりは表情を指し示す言葉が思いつかないような顔で、私を見定めているようだった。 菜々「……違う顔をしてますね。あの時、藍子ちゃんとナナに近づいてきた時とは違う顔」 加蓮「あの時?」 菜々「柚ちゃんの出来事が解決した時ですよ。あの時の加蓮ちゃんを見て……ナナ、迷っていたのを決めたんですから。今の加蓮ちゃんは、藍子ちゃんに近づけちゃ駄目だって」 加蓮「…………」 菜々「それに、可愛い妹分が悩んだ末に出した結論ですからね。大人としては聞かなければ!」 加蓮「ふふっ……何その上から目線。ウザいなぁ、もう」 菜々「でもこのお話は加蓮ちゃんとナナだけの問題ではありません。だから今は……まずは、LIVEの疲れを取りましょう。話は、その後です」 加蓮「……じゃあ、藍子に会わせてくれるんだ」 菜々「ええ」 上身を起こしてみる。汗が肌を滝のように流れていく。菜々さんが、タオルを私に投げてよこした。 ありがたく受け取って、しっかりと橋の端まで拭き取って。どうせなら顔も洗いたい。一言だけ断ってからお手洗いに立ち、勢い良く水を顔に叩きつける。メイクまで落ちてしまうけれど、鏡に映った私は決して酷い顔なんてしなかった。 戻ってきたら、菜々さんが楽しげな笑みで迎えてくれた。 菜々「キャハッ☆ さて、帰って藍子ちゃんを探しましょうか!」 加蓮「事務所にいるんだっけ。……謝らないとな」 菜々「ナナ、加蓮ちゃんを信じて正解でした。やっぱりちゃんと、自分の進むべき道が分かってるって感じですね!」 加蓮「そんなことないよ。今だって、どっちに歩いていけばいいかぜんぜん分かんなくて……だから菜々さんの話を聞いた時、参って参って仕方なかったんだ。どっちを目標にしていいか分からないなんて、今までずっとなかったから」 菜々「それが人生って物ですよ。……ととっ、こんなこと言えるのも今だけですね。この件が終わったら、ナナはまた17歳ですからね!」 加蓮「ふふっ、何それ、いまさら?」 ようやく汗を一通り拭き終わる。LIVE衣装から、いつもの私服へ。 菜々「加蓮ちゃん。前に加蓮ちゃん、ナナ達のこと、ケンカできる関係って言ったそうじゃないですか」 加蓮「うん。言ったよ」 菜々「じゃあ、帰ったらいっぱいケンカしましょう! これでもナナ、まだまだ加蓮ちゃんには納得いってない部分がたくさんありますからね!」 加蓮「えーっ」 菜々「加蓮ちゃんの為なら胃でも脳でも砕いてやりますとも!」 加蓮「もー……」 菜々「言いたいことを伏せて適当に終わり、じゃ駄目ですからね」 加蓮「分かってる。……じゃ、帰ろっか」 Pさんにメールを打つ。やがて迎えに来てくれて……どうしたんだ? と不思議な顔をされた。 LIVEが終わったのに真剣な表情をしていたからだろうか。 まっすぐ事務所まで、と伝えたら、ますます分からないと首を傾げられた。もう。察してほしかったのに。 …………さぁ。 もう、自分探しの時間はおしまいだ。 一歩進む為に、元の場所に戻ろう。 |
掲載日:2015年10月9日
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