「いつかのわたしがしっていたけつまつ」





――北条加蓮の部屋(夜)――
喜多見柚「アタシ、エネルギー充電できた!」

22時を回った頃。私も柚もお風呂を済ませて、相変わらずの殺風景な部屋でなんとなくのんびりごろごろしている時だった。
いきなり柚が立ち上がり、そう宣言した。

北条加蓮「……充電?」
柚「うんっ。あのね加蓮サン。アタシもう大丈夫! 昨日だって加蓮サンとスーパーに行けたし、きっとどこにだって行ける!」
柚「アタシ、もう充電できたよ! 柚のフルパワー!」
加蓮「…………ごめん」
加蓮「もうちょっと分かりやすく言って」

……私の嘘つき。意味なんてとっくに察している癖に。
喜びなさいよ。それが目的だったんでしょう?

柚「えっとね。分かりやすく……分かりやすく……と、とにかく。アタシはもうへっちゃらってこと!」
加蓮「……」
柚「あっ、でも、……エト……みんなに謝る時には加蓮サンもいて欲しいカモっ。でもそのホントに大丈夫だから! もう泣いちゃったりしないっ」
加蓮「…………そっか」
柚「Pサンに連絡したら明日待ってくれるって言ってたんだ。フリルドスクエアのみんなで」
柚「……ちょっと、足、がくがくってしちゃってるけど、でも、大丈夫」
柚「アタシはもう、大丈夫!」
加蓮「そっか。よかったね、柚」
柚「うんっ」

もっと笑いなさいよ、私。やっとだよ。やっと柚が、みんなの元に帰れるんだよ。

柚「アタシ……まだ、なんにも見つけてないと思う。やっぱりアタシはフツーの子で、アイドルなんて向いてないって思うんだ」
柚「みんなが――忍チャンに穂乃香チャン、あずきチャン、それに加蓮サンに藍子サンに菜々サン。みんながすごすぎて、また自分が嫌だって思うかもしんない」
柚「でも、それでもアタシ、やっぱりアイドルがやりたいっ。またみんなで楽しくLIVEがしたい!」
柚「……ご、ごめんなさいって言っても許してくれないかもしれないけど、でも、それなら許してくれるまで頑張るっ」
加蓮「…………」

何ぼやっとしてんの。誰かに連絡でもしたら? 柚担当の……はもう柚が連絡したみたいだから、例えば、忍とかにでも。
……脳がずっと命令しているのに身体が動かない。そして私は、あるべきではない話を口から吐き出す。

加蓮「もう大丈夫なの? ……もう少し、お休みしてなくて平気?」
柚「大丈夫っ。体力ゲージ満タンだ!」
加蓮「……ホントに? ねえ、私に変な気を遣って無理してるなら今すぐやめなさい。柚はもっとここにいていいんだから。だから――」
柚「? アタシ嘘なんて言ってないよ? 加蓮サンが、素直に話せー、って言うから」
柚「あっ、でも、明日は加蓮サンもついてきてね! ……もしかしてお仕事? えと、それならアタシ1人でも……ううんっ、やっぱりついてきて〜!」
加蓮「…………」

違うでしょ。あなたが言うことは、それじゃない。
分かっているんでしょ、私。
ねえ。
にっこり笑って、良かったね、って言うところでしょ?

柚「……加蓮サン? エト…………なんで、こわい顔してるの?」
加蓮「!」
柚「わわっ!? いつもの加蓮サンに戻った! ……お、おかえりなさい?」
加蓮「…………」
柚「あっ、アタシ言うの忘れてた。えっと……ありがとう、加蓮サン! 加蓮サンにいっぱい助けてもらっちゃったから、ありがとう!」
柚「……アタシのバカー! 加蓮サンのママからも最初にそれを言いなさいって言われてたのにー!」
加蓮「…………」

ねえ、私。
ちょっとは喜びなさい。なんて、こんな指示を自分に出す方がおかしいのよ。
柚が回復する為に、この瞬間を迎える為に、あれこれやってきたんでしょ?
無理もして、体力を削って、死ぬ病人みたいな顔になって。やっと目的が達成できたんだよ?

アンタ、表情を取り繕うことくらい簡単にできるでしょ? アイドルなんだから。

加蓮「柚」
柚「はいっ」
加蓮「……分かった。明日、ちゃんとついていって、見ててあげるね」
柚「うん。お願いします、加蓮サン!」
加蓮「もし泣いたら大笑いしてやろっと」
柚「えーっ!?」
加蓮「写メって新しいアルバムの1ページ目に入れてやろ」
柚「やめて!? アタシの黒歴史が永久保存されちゃうっ。しかもそんな目立つとこに!」
加蓮「こうしたら、」

――それは、心を落ち着かせる卑怯な枷

加蓮「柚がまた凹んじゃった時に思い出せるでしょ? 自分が、落ち込んだ後に復活したことを」
柚「……そっかー。また、ぐわーっ! ってなったら、その写真を見れば思い出せるっ! ……筈!」
加蓮「うんうん。だから私が大切に保管してあげる。決して寝る前に開いて思い出してニヤニヤする為じゃないよ?」
柚「やっぱりだめ! それアタシに渡して!?」
加蓮「ふふっ。その時にそんな気分だったらね」
柚「これ絶対に渡さないヤツだ!」
加蓮「ほら、そろそろ寝よ? あんまりわーわー言ってるとお父さんに怒られるよ? それに、明日に備えてゆっくり休まなきゃ」
柚「う、うん。あの、加蓮サン、写真……ううっ……と、とっといてもいいけどあんまり見ないでねっ」
加蓮「その前に柚が泣かなかったらいいだけでしょ?」
柚「決めた。明日は絶対に泣かない!」

おやすみなさーい! とベッドにダイブした柚は、直後にぐるりとこっちに寝返りをうって(寝ていないから寝返りとは言わない?)、えへへ、と笑った。
シングルベッドの限界の端まで寄って、私の分のスペースを空けてくれて。
ゆっくりと布団に身を沈めれば、ぎゅー! と柚が抱きついてくる。
微妙に力が強いので、最初の頃は寝るのにちょっと苦労してた。今はもう慣れて、はいはい、と頭を撫でてあげるようにしている。

――同じ家で過ごす、1つ年下の女の子。
最初の頃は酷い有様だったけれど、次第に回復し、今ではずっと笑ってばっかり。
ちょっと会話を交わすだけでコロコロと表情を変えて、たまにふくれっ面になって。
でも、私のことを慕ってくれることもあって。
一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て。たまにおつかいに行って。
何か見つける度に加蓮サン加蓮サンって袖をクイクイって引っ張ってきて。

明日、柚は仲間の元に帰る。
許してくれなかったら、なんて一抹の不安を見せていたけれど、断言しよう。フリルドスクエアの3人と担当プロデューサーは、喜んで柚を迎え入れるだろう、と。
だから、これで私の役割はおしまい。
接点なき外側の人間も、偽者の姉も、もう柚には必要ない。
これからも、必要とすることはないだろう。
もしまた柚に何かあっても、次はフリルドスクエアのみんなでなんとかするだろうから。

それでいいんだ。
柚は、帰るべき場所に帰るのだから。
それでいいんだ。
それでいい。

……。
……そろそろ。
私を誤魔化すことはやめよう。
ずっとここにいてくれればいいのにと思った。
柚が妹である日々が楽しかった。
遠い昔の忘れ物を拾い続けているようで、すごく楽しかった。
いつか終わる日々だと分かっていたけれど。
永遠なんてないと知っていたけれど。
楽しかったし――終わって欲しくなかった。

「むにゃ……」

私の気持ちを知ってか知らずか、柚は早々に寝息を立てる。
あれだけ私の腰を力強く掴んでいた手が、すっ、と自然に離れる。
私の方から――抱きつきたかったけれど、でも私は――
いや。
理論的に見せかけた、ただの強がりはもうやめよう。
柚を、力いっぱい抱きしめた。
一瞬だけ苦しそうに声を吐き出したけれど、柚はすぐに、ふわふわの笑顔になった。
かれんさん、と呼んでくれた。

……ありがとう。お疲れ様、柚。
あなたが笑顔になってくれるだけで、私は満足だよ。
これ以上は、もう、贅沢。

これで、おしまい。
私の役割は、もう、おしまい。

……寂しくなんてないよ?



掲載日:2015年9月24日

 

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