「いつかのわたしがゆめみたふうけい」
――スーパー(夕方)――
嫌なことをやる時だって、何か理由があれば頑張れる。 苦手なレッスンも、アイドルとして輝く為なら――っていうように。 ましてや。 嫌いじゃないことをやる時に理由があれば、最強だ。 喜多見柚「加蓮サン加蓮サンっ。こっちとこっち、どっちのお肉がいいカナ?」 北条加蓮「どっち、って……私にはどっちも同じひき肉にしか見えないけど」 柚「ちっちっち。加蓮サンは甘いっ! あまあまだ!」 加蓮「……」イラッ 柚「でももっとあまあまになっていいよ! 柚をいっぱい甘やかして!」 加蓮「それはつまりもっといじめてくださいっていうフリ?」 柚「ちーがーうー! 加蓮サンわかってなーいー!」 加蓮「はいはい。チョコみたいに甘くなればいいんでしょ?」 柚「そゆこと! それで、お肉はこっち!」 加蓮「いや、だから何が違うのそれ?」 柚「へへっ、加蓮サンのママに教えてもらったんだ。こーして、じーっ、って見たら、鮮度がいいか分かるんだって!」 柚「じーっ、って見たら、なんとなく分かった!」 加蓮「……はぁ」 柚「次はお魚だっ。お魚、お魚……骨があるのはめんどくさいから嫌いっ」 加蓮「うん。食べるの面倒だよね、あれ」 柚「ぜんぶ骨を抜いて売ってくれたらいいのに!」 加蓮「ねー」 買い物かごをブンブンと振り回しながら、小躍りで魚売り場へ向かう柚。 いわゆる「おつかい」だ。 お母さんが忙しいから代わりに――では、ない。 柚が行きたいと言ったからこうなった。 加蓮「柚。カゴ、もうちょっと落ち着いて持ちなさい」 柚「はーいっ」 加蓮「カート使えばいいのに」 柚「それもそうだっ。その辺にあるかな?」 加蓮「入口にしかないよ。面倒だから今日はカゴにしよう。ほら、半分持つから貸して?」 柚「はいっ♪ 加蓮サン、お魚がたくさんあるよ!」 加蓮「何を買ってこいって言われてたんだっけ……」 柚「アタシ、メモ持ってる! えっと……なんて読むのこれ?」 加蓮「ん? ……なんて読むのこれ?」 魚偏に、水に溺れるの"溺"。 …………鰯、かな……? その下には、魚偏に"固"。…………カタイ……鰹? なんだかムカついて柚にメモを突き返した時、ふと、メモの裏の走り書きに気付いた。 『魚の名前はクイズにしてみたから2人で頑張って解いてね♪』 ……。 …………あの、柚を見習って私も家出していいでしょうか? 加蓮「イワシだってさ。ほら、そこにある」 柚「これだ! 加蓮サンよく読めたねっ。へー、いわしってこう書くんだ」 加蓮「違うから。さんずいはいらないから。魚偏に弱いって書いてイワシだよ」 柚「いわしって弱いの?」 加蓮「さあ?」 柚「じゃあ、次はパン! ……あれっ、好きな菓子パンを3つ買って来なさいって書いてる! アタシが選んでいいのかな」 加蓮「いいんじゃない? うちはあんまりパンを食べる人がいないし、柚の食べたいのでいいと思うよ」 柚「やたっ。じゃあ加蓮サン、一緒に選ぼ!」 加蓮「……柚の好きな物を選んでいいんだよ?」 柚「加蓮サンと一緒に選びたい!」 加蓮「そ」 ホント、こうしてると買い物に来た姉妹ってところだ。 気を抜くと、柚はいつからうちにいただろう、ってなってしまって……逆に言えば、柚が来てからどれくらい経ったのか、だんだん分からなくなってきて。 喜多見柚というアイドルは大丈夫だろうか、と、たまに疑問に思う。 柚の担当プロデューサーさんから期限は伝えられていないし、急かされてもいないので、問題はないと思うけれど……。 柚「……パン、あんまりない!」 加蓮「時間が悪かったのかもね。ん……柚。ここ見てよ。17時からパン全品3割引きセールだって」 柚「今の時間は?」 加蓮「17時45分」 柚「…………」 加蓮「…………」 柚「……の、残り物には福があるって言うしっ。……柚の好きそうなのが残ってない!」 加蓮「ドンマイ。菓子パンはなかったからお菓子を買ってきたってことにしよっか」 柚「さんせー! お菓子3つ買っちゃおう!」 加蓮「買っちゃえ買っちゃえ」 お菓子売り場に、引っ張られるようにして。相変わらずカゴがごがんごがんとあちこちに当たっている。店員からの目が白い。 柚「到着っ!」 お菓子売り場には、柚と同じようにはしゃいでいるちっちゃい子供がいた(つまり柚はちっちゃい子供と同レベル……)。 あと、その近くに、ハラハラしつつも楽しそうに笑っている女性。 柚は、そんな先客を軽く見流してから、特に何も言うことなく、改めてお菓子を選び始めた。 柚「どっれっにっしよっかなー♪ あんまり食べたことないのないカナ?」 加蓮「…………」 柚「あれ? 加蓮サン選ばないの? 柚がぜんぶ選んじゃうよ?」 加蓮「……ん、いいよ。柚が選んだお菓子、楽しみだね」 柚「わ、ちょっぴりプレッシャーっ。えっと、えっと……」 天の神様の言う通りにし始めた柚から目を離して、なんとなく、店内を見渡してみた。 何が見つかる訳でもない。 ただ、ぐるっと見渡すだけがちょっとだけ楽しかった。 柚「決めた! 柚、これにするっ。加蓮サンもいい? ……あれ? 加蓮サン?」 加蓮「ん……決めたんだ。また甘い物ばっかり選んで。いっか、レジ行こ?」 柚「うんっ」 加蓮「帰ったら……」 柚「帰ったら?」ヒョコ 加蓮「……柚はまたお母さんを手伝うの?」 柚「うんっ。いっぱい教えてもらうんだ。いっぱい!」 加蓮「私はいいや。部屋で待ってるから、できたら呼びに来てね」 柚「えーっ。加蓮サンも手伝おうよ〜」グイグイ 加蓮「いいってば」 意外と空いていたレジで商品を通し、5千円札を渡してお釣りをもらう。 手提げ鞄にぽいぽい放り込んでから、柚と2人で持って帰ろう。 家に帰ったらお母さんが笑顔で迎えてくれる。台所に立つ2人をからかってやるんだ。 もしかしたら料理に巻き込まれるかもしれない。その時はテキトーにはぐらかすか、ま、最悪、邪魔にならない程度で。 ……楽しいなぁ。 楽しくていいのかな、これって。だって今の柚って―― 柚「加蓮サン?」 加蓮「……ごめん、ちょっとぼうっとしてた。帰ろっか」 柚「うん……。どしたの? お疲れ? それなら柚が肩を揉んであげよっか?」 加蓮「いいよ。疲れてないし……」 柚「えー。揉ーまーせーてー!」 加蓮「いいってば」 店外に出た時、涼しい風が吹き込んできた。きゃ、と柚が短く悲鳴を上げる。陽がすっかり傾いていて、秋を通り越して冬のような気温になっていた。 冬物はもう出しておいてもいいかもしれない。部屋のタンスの分はまとめて引き裂かれてくれたので、新調しなきゃ。その時は柚でも連れて――いや、それはもう少し待とう。 今日はスーパーに来ても平気だったけれど、もっと人の多い場所、もっとアイドルに馴染み深い場所だったら、どうなるか分からないから。 柚「寒いっ。早く早く、早く帰ろうよ加蓮サンっ。風邪引いちゃう!」 加蓮「そだねー。先にお風呂にしちゃってもいいかも」 柚「アタシ加蓮サンと一緒に入る!」 加蓮「アンタと入るとお湯がごっそり持ってかれるしぜんぜん休憩できないんだよねー……」 柚「えーっ」 加蓮「……ま、いいけど」 柚「やたっ」 おっふろ♪ おっふろ♪ なんてスキップを踏む柚――後ろから見てて、眩しいくらいに楽しそうだ。 ……ああ、なんだか、ちょっとだけ分かったことがある。 柚といたら自分まで子供みたいになる。今がまさにそうなんだ。 こうして……家族とおつかいに行って、お風呂を楽しみにしながらスキップして。 そんな生活を、私はずっと昔に憧れていたんだ。今だって―― ――柚には帰る場所がある。 分かっているけれど、言い聞かせても、やっぱり私は、この天真爛漫で鬱陶しい子と一緒にいる時間が楽しいんだ。 楽しくて、思い出せるんだ。 小さい頃の憧れを。 柚「ねねっ。今日はアタシが髪の毛を洗ったげる!」 加蓮「丁寧にやってよ?」 柚「あいあいさー!」 嘘をつくのは嫌いだから。 嘘だけはつかないようにしよう。 夕焼けに延びる影2つを踏みながら、小さく息を吸った。 |
掲載日:2015年9月23日
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