「スマートフォンは机の上」





――北条加蓮の家(深夜)――
北条加蓮「ん……お母さん」
加蓮の母「あら加蓮。柚ちゃんは大丈夫なの?」
加蓮「うん……さっき眠ったとこ。アホみたいに口開けて寝てたから、たぶん大丈夫だよ」

リビングにはお母さんがいた。眼鏡をかけてノートとにらめっこしてる。
傍らにはスマートフォン。でもそれはお母さんの物じゃない。お母さんは今でもガラケーだ。
じゃあ、これが誰のかと言うと――

加蓮「着信、入ってた?」
母「入ってたわよ? メールが3件電話が1件、あと……よく分からないけど、ぽろんぽろんって何度も言ってたけど?」
加蓮「それたぶんアプリのメッセージだよ。そっか……まだ連絡は来てるんだね」ヒョイ

よく分からないマスコットキャラが2個3個ついている、眩いパステルカラーの本体。
柚のスマホだ。
この家に柚が来た時、私はすぐに柚からスマホを預かった。
……より正確に言えば、スマホを預かるという提案に、柚が思った以上に食らいついたことがあった。

――回想――
喜多見柚『うん、預かってて加蓮さん』
加蓮『……あっさり言うんだね。いいの? みんなから連絡、』
柚『今はヤダ。見たくない。……聞きたくもない』

――回想終了――
加蓮「連絡が一番多いのはあずきちゃんか……。フリルドスクエアの中でも特に仲良さそうにしてたもんなぁ……」
母「…………」
加蓮「忍から何か連絡が行ってればいいんだけど……。……ん? どしたのお母さん」
加蓮「スマホのチェックと、あとお水が飲みたかっただけだから……私もう寝るよ?」
母「ううん。なんだか今の加蓮ちゃん――」
加蓮「……?」
母「お父さんが見たらなんて言うかな、って、ちょっと気になっちゃった」
加蓮「お父さんが?」

お父さんはあまり家に帰ってこない。仕事で忙しいらしく、時折、私とお母さんのケータイに写真つきのメールが同時送信されてくる。
曰く、少しでも稼ぎたいから犠牲はやむなし、とか何とか。
裏にある真意は考えないようにして……まあ、お母さんが寂しそうにしてるとかじゃないから、いっか。

加蓮「別に……何も言わないでしょ。私がアイドルやるって駄々こねた時だってすぐ諦めたじゃん」
加蓮「お母さんは最後までうるさかったけど」
母「そこ」
加蓮「……うん?」
母「世話焼きなところとか、もしかしたらお節介かもしれないところとか。そういう加蓮を見たら、お父さん、何て言うかなって思っちゃった」
加蓮「自覚はあったんだね……」
母「加蓮ちゃんこそ、世話焼きでお節介という自覚はあるのね?」
加蓮「……まあね」

柚がこの家に来た時、お母さんには事情を洗いざらい説明した。ユニット間の話とか私と柚の関係とかは完璧には理解してくてないっぽいけど。

母「ほら、そういうとこ、お父さんうるさいから。私も何度『加蓮の好きにさせてやればいいじゃないか!』と怒鳴られたことか」
加蓮「ホントだよ。アイドルになる前のお母さんのせいだよ。説教が嫌いになったのって」
母「女は強し、ね♪」
加蓮「…………」
母「ふふ。ずっとアイドルに夢中で、1人でやってるって感じだった加蓮が、今は……ほら、ね?」
母「だから、お父さんが見たらどう思うかって」
母「お父さん、加蓮がアイドルをやるって決めた時、すっごく嬉しそうだったから」
加蓮「え……そなの?」

それは知らなかった。
ほとんど反対されなかったけれど、嬉しそう、って様子もなくて、どちらかというとお母さんと同じ、どこか心配そうにしてたから。

母「加蓮ちゃんをちっちゃい頃からずっと病院に閉じ込めていたこと、気にしてたんでしょうね」
母「ほら、よく言うじゃない? お父さんは子供とキャッチボールをするのが夢だ、なんて」
加蓮「……それ、男の子の時の話でしょ」
母「あらそうでもないわよ。まあ、そんなお父さんが今の加蓮を見たら――」
加蓮「見たら……」
母「……やっぱり、嬉しそうにするのかもね♪」
加蓮「は?」
母「お父さん、加蓮が何か新しいことを見つける度に大喜びだから。ほら、加蓮ちゃんが写真集を出した時なんてもうお店に徹夜で並んでてね〜。あれ? もしかして私って加蓮ちゃんに浮気されてる? なんて思っちゃうくらい♪」
加蓮「…………」

妄言はともかく。

母「もう寝るのよね。おやすみなさい、加蓮。明日もアイドルのお仕事?」
加蓮「……明日はレッスン。お昼からだから、もしお母さんが家にいるなら――」
母「はいはい、柚ちゃんのことね。ちゃんと見てますから」
母「……ねえ、加蓮。柚ちゃんね、私を呼ぶ時、すごく辛そうになってるの」
加蓮「!」
母「ふふ、そんなに呼び慣れていないのかしら」

全身がこわばる。いつかつつかれる問題だと思っていた。そもそも、部屋を破壊されてから今まで柚への言及がゼロだったことが異常なのだ。
柚の休学の件だって、電話をお願いしたら何の事情も聞かず頷いてくれるくらいで。

母「加蓮ちゃんのことはすんなり呼ぶのにね。あっ、また加蓮ちゃんに嫉妬しちゃうことが増えちゃった♪」
加蓮「増えちゃった、って……。…………別に」
母「?」
加蓮「家に帰りたくないって言うし、家からも心配の電話が来ない。これだけで分かるでしょ」
母「お母さん分からないな〜、加蓮ちゃんの口から聞きたいな?」
加蓮「ウザい……」
加蓮「…………詳しくは知らないけど……誰からも見られてない、って言ってた」
母「詳しく知らなくていいの?」
加蓮「あの子さ、辛いこととか嫌なことと向き合うのが嫌だって」
母「ふふ。加蓮ちゃんはその点、何でも使うわよね? ドラマを見ててびっくりしたわ〜、これが娘なのか、なんて」
母「あ、柚ちゃんのお話よね。それなら、私が柚ちゃんのお母さんになってあげようかしら」
加蓮「…………」

まず、私は自覚している。私の性格がやたらねじ曲がっていること、素直になれと言いたくなる気持ちも分かること。
それはきっと小さい頃から"普通"とかけ離れた生活を送っていたからだろうけれど、それと並行するくらいに、母親の性格が影響していると自負している。実の娘すらもからかって楽しげに笑うのだから察してほしい。
それを知っているからこそ。いろいろと自覚しているからこそ。
半分冗談みたいな言葉が、断じて嘘ではないと分かる。

加蓮「冗談はやめてよ」

だから私も、語調を強めることができた。

加蓮「あの子は……今、休憩してるだけなんだよ。うちに来たのは回復する為で、新しい居場所を探しに来たんじゃなくて、そもそもあの子の居場所は別にあって……そこに帰る為の準備をしているだけなんだよ。だからお母さん、私と柚は」
母「でも、そうしたら1つ解決しない?」
加蓮「…………」
母「加蓮の言う"柚ちゃんの居場所"は……えっと、ユニット? だっけ。それはよく分かんないけど、ほら、家に居場所がないのは同じなんでしょう? なら、私達で居場所を作ってあげたらどうかしら」
母「私がお母さんで、加蓮ちゃんは……ま、加蓮ちゃんは加蓮ちゃんよね♪」
加蓮「何それどういう意味」ジトー
母「ふふ。ね、私はいつでもオッケーだから。実は、娘がもう1人できたらいいなってずっと夢見てたのよ♪」
加蓮「……じゃあ励めばよかったじゃん。その、色々と」
母「あら。加蓮がそれを言うの?」
母「私、今でもずっと気にしてるのよ? ――加蓮を、元気な子供に産めなかったことを」
加蓮「……!!」

今でも――なんて。
そんな話……1度も、聞いたこと……!

母「あ、気にしない気にしない。だからこそ、元気に夢を叶えてるのが嬉しくて嬉しくて。それにプロデューサーさんっていう素敵な人も見つけたみたいだし♪」
加蓮「っ……やめてよ、私はそんなんじゃ、」
母「でも2人目ってなるとどうしてもいろいろ思っちゃってねー。ちょっと不謹慎だけど、柚ちゃんが来てくれて私は嬉しいな。ぎこちないけど、お母さんお母さんって言ってくれるのよ? もう可愛くて可愛くて」
加蓮「私は可愛くないんかいっ」
母「加蓮ちゃんったら、いつの間に反抗期なんて迎えちゃったのかしら……お母さん悲しいわぁ」
加蓮「ちっとも思ってない癖に……」
母「ね? だから、冗談じゃないの。私も加蓮ちゃんと同じで、嘘はあんまり好きじゃありません」
母「もちろん私から無理強いはしないけれどね」
母「ふふ、加蓮。たまには親に頼ってもいいのよ? 加蓮1人で悩んでること。時には大人がいた方が円満解決するわよ〜?」
加蓮「…………」

ついでに、もう1つ。
この人もまた、自分の価値を"知っている"タイプだ。
これもたぶん、私と同じで――

加蓮「……私、もう寝るね。明日も早いんだから」
母「あら、レッスンはお昼からじゃなかったの?」
加蓮「朝に約束してたの思い出したの。おやすみお母さん」
加蓮「……お母さんの話、柚にするだけしとくから」
母「ふふ、おやすみなさーい」

リビングのドアをやや乱暴に開く。昔から掌の上で転がされることは変わらないけれど、今日は一段とムカついた。
後ろ蹴りで閉めようとする直前、そうだ、とお母さんがポンと音を立てた。

母「そういえば加蓮ちゃん。あの子は大丈夫なの?」
加蓮「え? ……柚のこと? 確かに安定はしてないけど今はぐっすり眠ってる筈だしまたゆっくり時間をかければ、」
母「そうじゃなくて。ほら、藍子ちゃんの方」
加蓮「……………………」
母「ちょっと前まで、一緒に全国ツアーするとか温泉に行くとか言ってたのに、ここ最近はさっぱりだから、お母さん気になっちゃって」
母「……あ、お節介、焼いちゃったかな? ごめんね加蓮ちゃん。おやすみなさい」
加蓮「……うん、おやすみ」

――ドアは、ゆっくり閉めた。
……ほら、これ以上、家の一部を破壊したらかなわないし、2階にいる柚が大きな音で目覚めてもよくないし。
お母さんの視線を遮ってから、ふぅ、と息を吐く。
……。

――ううん。今は、とにかく柚のことだけを考えよう。
藍子のことは……終わってから謝れば、大丈夫な筈だから。


掲載日:2015年9月19日

 

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