「だってこれは柚の問題」
逃げるな、私。
――車内―― 現場に向かう為、Pさんに家まで迎えに来てもらったら、後部座席に忍が座ってた。 北条加蓮「…………」 P(加蓮ら担当)「……いや……どうしてもだな、その」 加蓮「…………」 工藤忍「…………加蓮」 加蓮「ハァ……」 ため息1つで車に乗り込む。せめて今の光景を柚に見られていませんように、とだけ思って。 忍「……柚ちゃんの調子、どう?」 車が発進するなり、忍が聞いてきた。 運転席の空気が少し固まったのが分かった。 大丈夫、とこの場の皆にぎりぎり聞こえる声で、1度言ってから、改めて。 加蓮「大丈夫。なんとなく元気は取り戻してる」 忍「そう。元気になったんだ、柚ちゃん」 加蓮「うん。でも、上がったり下がったり。すっごく不安定。正直、たまーにアイドルちょっと休憩して柚につきっきりの方がいいかなって思うよ。柚の負担になったとしてもね」 加蓮「……大丈夫だよPさん。変な心配しないでよ」 忍「アイドルにはいつ戻れそう?」 加蓮「分かんない。でももうちょっとかかりそう」 忍「そう……」 加蓮「……LIVEの映像、一緒に見たよ。ありがとう。柚の場所を空けておいてくれて」 忍「加蓮が言ったことじゃん。柚ちゃんの場所を残しておいて、って」 忍「アタシはいつ柚ちゃんが帰ってきてもいいようにしてるよ。アタシだけじゃなくて、穂乃香ちゃんもあずきちゃんも」 加蓮「…………」 忍「柚ちゃんがいないと調子狂うよ。誰が盛り上げていいか分かんないし。みんなでレッスンやっても捗らないし」 忍「あのLIVEだって、始まるギリギリまでアタシ達すごくテンション下ってたんだよ。Pさんが心配するくらい」 忍「……ねえ加蓮。柚ちゃん、まだ戻ってこれないの?」 加蓮「…………」 嫌なタイミングで車が信号に引っかかる。外の景色に気をそらすこともできない。 加蓮「……今、フリルドスクエアに柚を返したら絶対に同じことが起きる。もうちょっとだけ待って。せめて、柚が回復できてから――」 忍「アタシ達と一緒でも回復できるじゃん」 加蓮「忍」 忍「いなくなって初めて気付いたんだ。柚ちゃんがどれだけ大切だったかを。そりゃーよく喧嘩してたし、空気読めないなーってイラっとしたことだってあるよ。でも、いないなんて駄目なんだ」 忍「柚ちゃんがいてこその、フリルドスクエアなんだって」 加蓮「…………」 忍「…………」 加蓮「……忍」 忍「何」 加蓮「忍が前に言ったよね。ぶつかり合えること、心のモヤモヤを直接言うことができるのって大切だって」 忍「言ったね」 加蓮「でも限度っていうものがある。それに柚は、自分でやって自分で後悔ばっかりだ。直接言うことで自分自身がズタズタになるんだったら……私は見逃せないよ」 加蓮「だから、もう少しだけ……尖った部分を引っ込められるようになって、傷が治るまで待ってあげて」 忍「……」 加蓮「柚は確かにフリルドスクエアの一員だよ。でもそれ以前に喜多見柚って女の子なんだよ。……それは、忘れないで」 加蓮「忍と……みんなといる限り、柚はフリルドスクエアとしての柚の顔しか見せられなくなる。今の柚はそれじゃ駄目なんだよ。少し……ほんの少しだけ、距離を空けてあげて。大丈夫、すぐに回復するから」 忍「…………」 加蓮「……忍も」 加蓮「柚と一緒だと、フリルドスクエアの忍って見えちゃうけど」 加蓮「私から見たら、工藤忍っていう1人の女の子になるんだ」 加蓮「きっと、同じことだと思う」 忍は黙り込んだ。 納得のいっていない顔で、けれど私の言葉をしっかりと噛み締めてくれて。 我ながら酷なことを言っているのは分かる。柚と忍、フリルドスクエアでの2人。どれほど仲が良かったかは、知らない私でも知っているくらいなのだから。 忍「あずきちゃんが言ってた」 加蓮「ん?」 忍「お悩み解決大作戦、もっとやっておけばよかったって」 加蓮「うん」 忍「穂乃香ちゃんは落ち込んでた」 加蓮「うん?」 忍「相談相手として頼れるようになりたいって」 加蓮「最年長なんだっけ、穂乃香ちゃん」 忍「後ろからアタシ達を見守ってくれることが多いんだ」 加蓮「ふうん。お姉さんみたいな感じなんだ」 忍「もちろんアイドルとしてはそうはならないって言ってたけど」 加蓮「追いぬかれたくない……ってことかな」 忍「アタシは……正直、相談に乗るとか、悩んでることを解決するとか、そういうのはあんまり得意じゃないけど」 加蓮「……」 忍「仲間のことだもん。アタシ達が放り投げて、加蓮に任せるって……それはなんか違うって感じがするんだ」 忍「加蓮は……ちょっとだけ、もう1人のプロデューサーって感じはするけど、でもやっぱり少し違うんだ。加蓮には悪いけどね……」 加蓮「……」 忍「わかってるよ。許可してくれないってこと。今の柚ちゃんが、マズイってこと」 加蓮「……」 忍「ずっと思うよ。何かできたことはないかな、って」 忍「はぁ。キリがないのかなぁ。アタシって悩みすぎ?」 加蓮「かもね」 忍「でもどれだけ考えてもスッキリしないっていうかさ。アタシが……アタシ達がやらなきゃ、って」 忍「アタシ達ができなかったから、柚ちゃんがあんなことになったんだなって思うと」 忍「……でも、考えてもどうしたらいいのか分かんなくて」 忍「…………ハァ」 加蓮「…………」 責任感が強い子だ、と思う。 忍は良くも悪くも直線的だ。自分がやらないといけないことは自分がやらないといつも強く思っている。 それを横から掻っ攫っているのは、私だ。 必要措置でも何でも……それだけは、忘れちゃいけない。 加蓮「忍」 忍「……何さ……」 加蓮「いつも柚が言ってたよ。忍や穂乃香ちゃんやあずきちゃんと一緒にいても大丈夫なように、自分も何か持ってれば良かった、って」 忍「……何それ?」 加蓮「忍みたいに努力できないし穂乃香ちゃんみたいになりたい物も見つけてない、あずきちゃんみたいにポンポン思いつく訳でもない……だっけかな。凹んでた」 忍「何それ……」 加蓮「ホント、何それって感じだよね。でもアイドルはやりたいって言ってたよ。またフリルドスクエアでLIVEがやりたいって」 忍「…………」 加蓮「ん。Pさん、もう到着? そっか、私の現場の方が近かったんだ……。じゃあね忍。忍もお仕事、頑張――」 忍「加蓮!」 車から出ようとして、引き止められた。 加蓮「何?」 忍「……アタシは何をしたらいいと思う? ううん、何をしたらよかったと思う? どうしたら柚ちゃんがあんなことにならなかったのかな!?」 加蓮「…………パッと答えられる程じゃないよ、私だって」 忍「いいから! 加蓮から見てどう思うか、ってだけ!」 加蓮「そう。……たぶんさ……たぶん、忍達は誰も悪くない。柚が引け目を感じて抱え込んでいたのが一番の原因なんだから」 忍「でも仲間なら――友達なら何かできるでしょ!?」 加蓮「……じゃあ、回復した後の柚のこと、しっかり見てあげて。見るなって言われても見てあげて。あとは……それ以上は本当に、柚の問題だから」 忍「加蓮――!」 後部座席のドアを強めに閉め、Pさんに軽く手を振ってから私は収録現場へと歩き出した。 ……本当にこれは柚の問題なんだ。例えフリルドスクエアでどうにかしようとしても、まずは柚の考えを変えなければならない問題。 今、柚は何かを見つけようと霧の中を頑張って歩いている。 何かを見つけられるといいんだけれど。 |
掲載日:2015年9月18日
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