「ぽかぽかした世界に手を伸ばしたい」





――住宅街――
時期尚早だった。

喜多見柚「…………」ブルブル
北条加蓮「…………大丈夫?」
柚「だ、だいじょぶ…………」ブルブル
加蓮「…………」

私の腕にがっしりとしがみついて、青い顔して震えて。もう片方の手でフードを必死に掴んで、顔を隠す。
その様子のどこが大丈夫なのだろうか。

家に引きこもっていても見つけられる物も見つけられない。たまには外に出よう。
そう提案したのは私で、最初の方は柚も乗り気だったけれど。
家を出るなりすぐに様子がおかしくなって――でもちゃんとついてきてくれるから、ひとまず大通りから商店街にでも行こうとしたら。
大通りの交差点が見えるなり、柚がこんな状態になった。

加蓮「いいよ。ごめんね、無理強いしちゃって」
柚「加蓮サンが謝ることじゃない! ……謝ることじゃない、もん」
加蓮「ふふっ。ありがと。今日はもう帰ろっか。落ち着いたら――」
柚「やだ!」
加蓮「……柚?」
柚「そ、それはやだっ。アタシ……このままじゃずっとおんなじだもん! 自分見つけるって決めたから!」
加蓮「そっか…………」

強いな、ホントに。
フードごしに頭を撫でてみたら、幾分か震えは止まった。
でも交差点の方に行こうとしたら、1歩でまた痙攣を起こしたようになる。

加蓮「どうしたのよ……。大丈夫、柚のことを変だって思ってる人――」

そんな人はいない、って言おうとして、それがマズイことに気付いた。
柚の深層心理には「見られたくない」と「見てほしい」という正反対の感情が共存している。
下手に「誰も柚のことなんて見てないって」なんて軽口を叩くのはご法度だ。

柚「ぅう…………アタシ、大丈夫な筈なのに。隣に加蓮サンもいて、大丈夫なのに……」
柚「なんでだろ……足が進まないんだ。そっち行くな、ってアタシが言うんだ」
柚「なんでっ…………」

逡巡していると柚にマズイ傾向が現れだした。
とにかく放っておくと自分を責める。それでも止める人がいないと暴れてしまう。
別に私は、柚がそこら辺の窓ガラスを破ろうと動物を負傷させようと割とどうでもいいけれど、それで柚が傷ついたり、他の人に責められたりしたら困る。

加蓮「柚!」
柚「!」
加蓮「……今日はその辺りの散歩だけにしよ? ほら、アンタあんまりこの辺とか歩いたことないでしょ? きっと何か見つかるよ」
柚「…………」
加蓮「飽きたら公園に行こうよ。そうだ、なんだったら家からラケットでも持ってって、バトミントンでもやろっ」
柚「…………」コクン

小さく、小さく、柚は頷いた。
商店街ツアーから、住宅地ツアーへ早変わり。


――住宅地――
柚「あっ。あっちの家、窓ガラスが違う色してる」
加蓮「え? あーホントだ、張り替えたのかな。水色っていうか鳶色っていうか……」
柚「あっちの家はソーラーパネルがぎっしりだっ」
加蓮「そういえば前に工事してたなー、これつけてたのかな」

落っこちるのも早いが立ち直るのも早い。それはここ数週間、柚と生活して分かったことだ。
あれだけ震えていたのに、てくてくと歩き出すや否や辺りをきょろきょろ見渡し、何か見つけては楽しそうに教えてくれる。
それも、言われて初めて気がつくことに。
……もしかしたら柚って、こういうの探すのとか得意なんじゃないだろうか。

柚「犬とか猫とか飼ってるとこ少ないんだねー。もっとこう、わんわん! って吠えてるかなって思ってた」
加蓮「うん、あんまりいないんだ。ちょっと寂しいかな」
柚「加蓮サンは飼わないの? ペット!」
加蓮「うちは予定ないなー。ね、私には何のペットが似合うと思う?」
柚「うーん……加蓮サンは人をダマすのがうまそうだから、狸とか狐とか!」
加蓮「一言多い」ムギュ
柚「あう」ツネラレ

狐ならいいかも、なんて思った。

加蓮「野良猫もいないし、平日のお昼なんて外で遊んでる子もいないし」
柚「なんだかさびしーね……」
加蓮「むしろ私達の方がおかしいのかも。学校がある日に外で遊ぶ子。警察に見つかったら面倒そうだなぁ」
柚「お散歩です! って素直に言う!」
加蓮「いや訳分かんないでしょ、余計に混乱するでしょ」

少し今更の説明にはなるけれど……柚はアイドルと同時に、学校も休業している。
……休業、っていうか、休学っていうか。
私のお母さんが代わりに連絡してくれた。たぶん大丈夫、らしい。
え? 私? 午前中にお仕事でした。今はサボりです。

柚「ねえねえ加蓮サン加蓮サン」クイクイ
加蓮「なにー?」
柚「おんぶして、おんぶっ」
加蓮「……は?」
柚「よいしょ」(後ろからしがみつく)
加蓮「ちょ――待って! 待って待って! 無理だって、げふっ」
柚「加蓮サンが潰れちゃった!? ももももしかしてアタシぽっちゃり? アタシぽっちゃりになっちゃった!?」

ぎゃーPサンに叱られるー、と。最初に思うのはそこなんだね、柚。

加蓮「い、イタタタ……」
柚「あわわ、だいじょぶ? 顔に石がついちゃってるっ。アタシが拭いてあげるね」フキフキ
加蓮「あ、ありがと。……あのねぇ柚。私がおんぶなんてできる訳ないでしょーが……」
柚「加蓮サンならできるよ!」
加蓮「やめて。根拠なく信頼するのやめて。だいたい急におんぶとかどうしたの?」
柚「それはー、……なんか、やってほしかったなー、って思っただけっ」
加蓮「…………」
柚「ほんとほんと! 加蓮サンあったかいんだろうなー、とか! あとくっつきたかった!」
加蓮「そう……。くっつくのは別にいいけど、ああ、家でね。外ではやめてよ?」
柚「でも加蓮サン、迷惑そうな顔するから……」
加蓮「え? ……したっけ?」
柚「うん」
加蓮「…………」

覚えがない。
いや、もちろん自分がどういう顔をしているか四六時中まで把握している訳じゃないから、無意識ってことはあるかもしれないけど。

柚「寝てる加蓮サンにぎゅーってしたら、邪魔、って振り払われた!」
加蓮「無意識の時の話かい……」
柚「だから加蓮サン、そーいうの嫌いなのかな、って……」
加蓮「起きてる時ならいいわよ。起きてる時ならね」
柚「……ホント?」
加蓮「ホント」
柚「やったっ、加蓮サン大好き!」ガバー!
加蓮「家でって言ったでしょうが!」

思いっきり引き剥がしたら、この世の終わりみたいな顔をされた。
……いや私は悪くないよね? 先に言ったよね? 外でやるな、って。

柚「ぅ〜…………」
加蓮「はぁ……。ひっつきたいならさっさと帰るよ。散歩はいつでもできるから」
柚「うん。……ね、加蓮さん」
加蓮「ん?」
柚「おんぶ」
加蓮「できないっての。そんな目で見られても、無理な物は無理」
柚「おんぶ」
加蓮「……アンタ急にどしたの? なんでおんぶにこだわるのよ」
柚「だって、やってほしかったから……やってもらったこと、ぜんぜんないから」

…………微妙に、断りにくいことを。

加蓮「……それなら、私じゃなくて私のお母さんに頼んでみたら?」
柚「…………」
加蓮「そろそろお母さんって言うのには慣れた? 慣れたなら大丈夫でしょ。私のお母さんだって、柚のこと娘みたいだって思ってるだろうし」
柚「…………だいじょぶ、かな」
加蓮「大丈夫大丈夫。私みたいな厄介者もちゃんと育ててくれる親なんだよ? 柚の1人や10人くらい」
柚「……うん」
柚「アタシ言ってみる! ……か、加蓮サン、隣にいてね?」
加蓮「分かりましたっと。じゃ、帰ろっか。顔も洗いたいし……誰かさんが砂まみれにしてくれたからね」
柚「ご、ごめんなさい」シュン
加蓮「……もう。私なりの冗談だから、そんなに落ち込むなっ」
柚「……あぅ」

立ち直るのも早いけど、凹むのも早い。
……まだまだ不安定なのかな。ちゃんと、見ていかないと。



掲載日:2015年9月17日

 

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