「ひとつ屋根の下」





――北条加蓮の家(夕方)――
最前提を確認しよう。
柚は色々と抱えているけれど、それ以前のこととして。
今、柚は私と同じ家、そして同じ部屋で生活している。
その上で。いくら必要措置でも、見逃せないってことがある。
例えば今。柚は、いつか私が買ってきたCDを繰り返し聞いていた。
楽しそうなのはすごくいい。たまに音楽に乗せて歌っているのもいい。
ただ。

北条加蓮「柚」
喜多見柚「! ははっ、なんですかな加蓮サンっ」
加蓮「……………………え、何キャラ?」
柚「今日の柚はボーイッシュ! えっとね、執事サン風のナイトっ」
加蓮「それは自分探しじゃなくて迷走って言うのよ」
加蓮「で……楽しそうなのはいいんだけど、ちょっとだけ静かにしてくれる? 今、宿題片付けてるところだからさ」
柚「わわっ、ご、ごめんなさい!」
加蓮「ちょっとだけでいいからね。そのCD、そんなに気に入った?」
柚「うん! 聞いてて楽しいし歌ってて楽しいっ。加蓮サンさすがのチョイスだねっ」
加蓮「……そんなに気に入ってくれるとは。別に、たまには他の歌を聞いてもいいんだよ? 他にもいくつか買ってきたんだし」
柚「でもアタシはこれがいいんだっ」
加蓮「そ。ならいいけど」
柚「……はっ! ボーイッシュになるの忘れてた! えと、えと、あ、アタシはこれがいいのだ!」
加蓮「あーはいはいボーイッシュボーイッシュ」
柚「あー! 鼻で笑ったなー!」

飛びかかってきたので片手で制した。

柚「ぎゃー! 加蓮サンに食べられるー!」
加蓮「食べない! ……もうちょっと静かにお願いね。これが終わったら遊んであげるから」
柚「あいあいさー! しずかーに、しずかーに…………〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
加蓮「…………」

私の鞄から勝手に発掘したヘッドフォンを取り出して、10秒くらいは黙っていたけれど、すぐに口ずさみ始める。
私まで聞き飽きてきた音楽を。
全く……凹んでいるなら凹んでいるで鬱陶しいのに、元気なら元気でまた鬱陶しいんだから。

加蓮「…………」パタン
柚「〜〜〜♪ あれ?」ポチッ
柚「加蓮サン宿題やめたの?」
加蓮「どっかの誰かさんを見てたら真面目に机に向かってる自分がアホっぽく思えてね……。いいよ、いざとなったら友達に写させてもらうし」
柚「…………??」
加蓮「いや誰のことだって顔しないで」
柚「じゃあ、アタシと一緒に遊ぼっ」
加蓮「いいよ。何しよっか。トランプはもう飽きちゃったし、マンガのは……」チラッ
柚「……!」ウズウズ
加蓮「……ちっくしょー、16歳にもなって必殺技ごっことか、あの時の私をぶん殴ってやりたい」
柚「そこまで!? でも加蓮サンもノリノリだったよっ。加蓮サンの、おかー、さん、が目をまんまるにしてた!」
加蓮「忘れろ。頼むから忘れろ。お願いだから忘れてねえホントお願いだから」

あの時の生暖かい目は死ぬほど辛かった。そっと立ち去られるのは精神的に来た。過保護でいいのでなんか言ってくださいって思うくらいに。

加蓮「柚といたら私まで子供に戻った気分になるよ……」
柚「子どもの加蓮サンっ。……今も子どもだってお母、さんが言てったよ?」
加蓮「(言てったよ?)うっさいな。アイドルなんだから私はもう大人なの」
柚「じゃあアタシも大人?」
加蓮「今は子供」
柚「……そだった」
柚「ね、ね、加蓮サンのちっちゃい頃ってどんな感じだったの? アルバム見たいなーアルバム」
加蓮「ないわよ。誰かさんがぜんぶ引き裂いちゃったし」
柚「…………そだった」

さすがに落ち込むことは落ち込むけれど、一時期ほどではない。少しだけ、しゅん、となるけれど、すぐに次の言葉を発そうとする。
とてもいいことだ。

加蓮「それに私、元からそんなに写真って撮ってもらってないし」
柚「加蓮サン、小さい頃に病院にいたんだっけ」
加蓮「入院したり退院したりねー。私の家はどこだーっ、って感じ」
柚「あはは。アタシもよく思うよ1 アタシの家はどこー!? って!」
加蓮「そっか」
柚「…………みんなの、部屋とか。よく、遊びに行くから」
加蓮「……ん」
柚「い、今はここがアタシのおうち! アタシ今日から加蓮サンの子になります!」
加蓮「いやちょっと待って。私の子っておかしいでしょ、1つ下の子供っておかしいでしょ、ねえ。やめて私とウサミンと同類にしないで」

取り繕う笑顔とか、嫌なことから目を背けようとする言動とか。
私は悪いとは思わない。見たくない物なんて、見なくていいなら見なくていい。
そういえばいつか柚が言っていたっけ。アイドルになる為に、ぜんぶ見せるのはちょっと、って。演技力レッスンの時だったかな?
前ばっかり向いている女の子。やっぱり、柚は強い子だ。

柚「ウサミン? 菜々サンのこと?」
加蓮「さーておやつおやつ。あんまり甘くないのあったかな」スタスタ
柚「え、あ、ちょっと待ってよ加蓮サンー!」


――おやつを持ってきて――
柚「そっか! アタシ加蓮サンの子どもじゃなくて、加蓮サンのおかー、さんの子どもだ!」
加蓮「今更かい!」
柚「だめ?」
加蓮「いいとか駄目とかじゃなくて……いやまあ私は別にいいんだけど……」

柚はいつか仲間達の元に帰らなければならない。みんな待っているのは間違いないんだから。
でも、柚がいつか家に帰らないといけないかどうかは、また別の話だ。
もちろん、ずっとここに居続ける訳にもいかない――。
……うん?
それって本当に駄目なことなの? 柚は家庭環境のこともあってか私の両親と接する時はちょっとぎこちなくなるけど、でも楽しそうだし、両親もそれほど負担に思っているようには見えない。アイドルに復帰できたら稼ぎも生まれるから家計がどうこうってこともない。
誰も見てくれない(らしい)家に戻るくらいなら、いっそずっとこのまま――

……それは、なんか嫌だな、と思った。私がどうこうじゃなくて……それは、解決すべきことから逃げているだけのように思えて。
ううん。解決すべきことなのだろうか、それって。
逃げることこそが正解じゃないだろうか。
……ああ、もう、ややこしい。
柚には自分の想いに素直になってあげてなんて言う癖に、自分が迷っていてどうするのよ、私。

柚「加蓮サンおねえちゃん! すっごく強そうだっ」
加蓮「つ、強そう?」

今はとりあえず、柚と一緒だったら楽しいから、っていう私の気持ちに従おう。

柚「あれ、これちょっとヘン? えっと、加蓮おねえサン!」
加蓮「イントネーションやっぱり変だけど、加蓮サンお姉ちゃんよりはマシかな」
柚「なんだかいっぱい守ってくれそう。あと、柚に優しくしてくれそう」
加蓮「……。私がどんだけ意地悪なのか、柚もよーく知ってると思うけど?」
柚「! そうだった! 加蓮サン、もっと柚に優しくしなさ〜い! びびびびび」
加蓮「何? 電波? ごめん、私そういうのに耐性あるんだ」
柚「効かなかった!?」
加蓮「それに――」

優しくしろ、って、言われても。私そーいうのできないタイプだし。

柚「それに?」
加蓮「なんでもない。それより柚、ちょっとくらい自分探しでもしてみたら? 部屋に閉じこもってても見える物は少ないよ」
柚「うーん……」
加蓮「じゃあ手始めにインテリ系アイドルを目指そう。ここに未完成の宿題が1つ」
柚「アタシにやらせる気だ!」
加蓮「あ、でも柚にやらせると不正解ばっかりで私が面倒になるか……やっぱいいや」
柚「なにおう!? あ、あ、アタシに任せろーっ! えとっ、脳ある鷹は腕を隠す、だ!」
加蓮「爪、ね」

試しに問題を解かしてみたらボロボロだった。同じ学年の筈なのに。いや予想はできてたけどさ。
……うん。とりあえず、インテリ系アイドルの道は、なしってことで。


掲載日:2015年9月16日

 

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