「分かってるんだ」
――北条加蓮の家(夕方)――
下着姿になった柚の、包帯を巻き直してあげている。 もう傷はだいぶん見えなくなったけれど、傷ついた場所をこうして包帯で巻くと、なんだか落ち着くらしい。 それに、前に自分でやったらしっちゃめっちゃかになっていたから、私に巻いてほしい、と言うものだから。 ……まあ、それは別にいいことだし、この行為にも慣れてきたところだけれど。 北条加蓮「あのさ。なんで私まで脱がないといけない訳?」 喜多見柚「だってアタシだけはだかんぼってなんか恥ずかしいじゃん! えっと……いちれんたくしょー、ってヤツっ」 加蓮「一蓮托生、ねえ……。でもアンタ、私が着替える時なんか別に脱いだりしないでしょ?」 柚「加蓮サンと柚は違うの! 柚、あんなに堂々ってできないもん」 加蓮「ふうん。違ってたり同じだったり忙しいね」 柚「ぜんぶは一緒になれないよ。ぜんぶ一緒になれたらよかったかもしんないケド」 加蓮「それじゃアンタの名前が喜多見柚じゃなくなるでしょ」 柚「…………」 加蓮「私は好きだけどな。柚って名前」 柚「……ホント?」 加蓮「うん。ゆず、って発音が好き」 柚「アタシも、加蓮サン、って発音が好き!」 加蓮「サン付けなのに?」 柚「呼び捨てで呼ぶなんておそれおーいよ!」 加蓮「恐れ多い」 柚「だって、加蓮サンは加蓮サンだもん」 意味の分からない会話が、最近、楽しくなってきた。 包帯を巻き終えて、服をほいっと投げると、ありがと! とあの幼さを残す笑顔を見せてくれた。 ……柚はまた、ちょっとずつ回復してきていた。 事務所に連れて行った時と同じ。落とされて、そして、また上がってきた。 加蓮「あ、そうだ柚。収録帰りにさ、CDショップに寄って来たんだ。はいこれ」スッ 柚「…………」 手渡したのは、私たちの事務所系列ではないアイドルのCD。 柚はかなり難しい顔で、じー、と見つめてから、やがて何かを振り切ったように顔をあげて。 CDプレイヤーへと視線を流した。 加蓮「はいはい」 部屋の中に家具はほとんど置いていない。寝るためのベッドだけは新調した。あとはちゃぶ台が1つだけ。 CDプレイヤーは階下からぶんどってきた。今は、ダンボールの上に置いている。 あの時――柚がボロボロとなった時、ほとんどの家具は破壊されてしまったから。 ひとまずは、必要な分だけ。 机とか化粧台とかは、この件が終わってから一緒に買いに行く。 柚「…………〜〜♪ ……〜〜〜♪」 加蓮「…………」 柚「〜〜♪ 〜〜〜♪」 アップテンポな音楽を流すと、最初は固まっていた柚が、次第に身体を動かすようになった。 さすがにダンスとまではいかないでも、指先でトントンと床を叩いたり、リズムを口ずさんだり。 柚「〜〜♪ ……へへっ、加蓮サン、いいの見つけてくるじゃん!」 加蓮「よかった。もう1回、聞く?」 柚「聞く聞くっ! 〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」 加蓮「ふふっ。…………」 柚「〜〜〜っ、わわっ、この歌よく聴いたら歌うのすっごく難しそう!」 加蓮「もしカバーを任されるってなったら、そうとう練習しないといけなさそうだね」 柚「加蓮サン気が早い! …………そだね。……あの、さ」 加蓮「ん?」 柚「……もし柚に、そーゆー仕事が来たら……加蓮サン、手伝って、くれる?」 加蓮「もっちろん。いくら柚が何か見つけようとも、歌で負けるつもりは当分ないかな」 柚「…………えへへ」 加蓮「ふふふっ。ヘッドホン、使う?」 柚「んーん。加蓮サンと一緒に聴きたい!」 加蓮「そっか」 柚「そんでそんで、加蓮サンと一緒に歌いたい!」 加蓮「んー、まだ私は覚えきれてないなー」 これだけ回復しているなら。 ……伝えても、いいのかな。 加蓮「ねえ、柚」 柚「〜〜〜〜♪ なに?」 加蓮「明日が何の日か、覚えてる?」 柚「明日? ええと、えっと、うーん…………なんだっけ?」 加蓮「フリルドスクエアの、LIVEの日」 柚「――――!」 加蓮「ウチのPさんから聞いたんだ。柚はお休みってことで、今回はあずきちゃんメインの舞台にするんだって。順当にいけば柚メインの舞台になっていたんだって?」 柚「…………うん」 加蓮「柚の担当さんから動画データいるかって聞かれてるらしいけど、どうする? もらう?」 柚「……………………みんなの、LIVE……」 茨の道どころか、薔薇の棘をひとかたまりにしてお腹の中に直接移動させたような話。 今のフリルドスクエアが――忍や穂乃香ちゃん、あずきちゃんがどうしているかは、柚だって気になっているだろうけれど。 もし柚を責める内容が含まれていたら、今度こそ柚は復活できなくなってしまうだろうし。 変わらず楽しそうなLIVEをしている姿が映っていたら、柚の存在意義をぐらつかせることになりかねない。 柚「……アタシ…………」 加蓮「大丈夫。それに、今もらっても、見るのはいつでもいいんだから。1週間後でも、1ヶ月後でも、1年後でも」 柚「…………」 加蓮「ゆっくり、考えてね。もしいらないなら、もらわないまま突っ返すからね」 柚「…………うん」 少し、間があって。 柚が、ぎゅ、と私の手を握った。 柚「……ねえ、加蓮サン」 加蓮「んー?」 柚「あたし……分かってるんだ。いつまでもこうしちゃ駄目だってこと」 加蓮「うん」 柚「忍ちゃんとか、穂乃香ちゃんとか、あずきちゃんに、ごめんなさいって言わないといけないこと」 加蓮「うん」 柚「Pさんにも」 加蓮「うん」 柚「……でも、あたし……やってみようって思ったら、うわーっ、って感じで、変なのがお腹の方からあがってきて」 加蓮「うん」 柚「また、変なことしちゃいそうになるんだ」 加蓮「そっか」 柚「もし、あたしがまた何かしたら……加蓮さん…………それでも、あたしのこと、見ててくれる?」 加蓮「……うん。いつまでも見続けるよ。柚が、見て、って言う限り」 柚「……あたし」 加蓮「ん?」 柚「ほんとに何もないんだ。加蓮さんの邪魔してばっかりで」 加蓮「んー」 柚「だめだって、思うけど」 柚「でも」 柚「……ううんっ」 柚「でも、あたしのこと……見てて。なんにもないけど……なんにも、できないけど、おじゃま虫ばっかりだけど、ずっと見てて。あたしのこと……」 加蓮「ん、分かった」 柚「ずっと見ててっ」 加蓮「ずっと?」 柚「ずっと! ……加蓮さんが見ててくれたら、そしたら、あたし、もうちょっとだけ……ちゃんと、できそうだから!」 右手が、すごく痛い。 それだけ、柚の言葉には気持ちと力が込められていた。 ……あれから、まだちょっとしか経っていないのに。こんなにも強く言えることが、すごくて、そして、ほんの少しだけ羨ましかった。 柚は、昔の私と似ているけれど――昔の私は、ここまで強くはなかったから。 加蓮「うん。見ててあげる。もし柚がうわーってなって暴れだしたら止めてあげる。誰も抱きしめる人がいないんだったら、私がその役になってあげる」 柚「……うんっ!」 加蓮「でもいつかは私のこと"いらない"って言ってよ? ……まぁ、私がずっと一緒にいてもいいんだけど、ほら、柚のこと、待ってる人がいるんだから」 柚「あいあいさー!」 加蓮「くすっ。それ、久々に聞いた」 柚「でも今はっ、アタシの場所、加蓮サンの隣っ」 加蓮「しょうがないなぁ」 ぐ、と身を寄せてくる柚。かけられた体重を、そのまま受け止めてあげた。 柚「エト……それでね。LIVEの動画、見てみたいなっ。いい?」 加蓮「ん。じゃあ今度、柚の担当さんからもらってくるね」 柚「へへっ。お願いします、加蓮サンっ♪」 加蓮「お願いされました、柚」 |
掲載日:2015年9月14日
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