「ノー・シー、ノー・アイズ」





――北条加蓮の部屋(朝)――

<リリリリリリリ!

北条加蓮「ん……」ムクッ
加蓮「ふわあああ……日曜日だっけぇ…………ん?」チラッ
喜多見柚「…………」

柚が、部屋の隅で丸くなっている。
起きているみたいだけど、反応も示さない。

加蓮「おはよー、柚。どしたの? なんか面白い物でもあった?」
柚「…………」
加蓮「んー?」ノゾキコミ
加蓮「あ。ほっぺたにご飯粒」ヒョイパク
加蓮「そっか。朝ごはんを食べた後なんだね。柚って意外と早起きなんだ」
柚「…………」
加蓮「どうかした? そんなに朝ごはんが美味しくなかった? もう、お母さん、張り切りすぎて空回りしちゃったんだ」
加蓮「それとも朝はパン派? ふふっ、ごめん、それだけは無理かも。うちはみんなご飯派だから。柚も、ちょっとは慣れてみてね」
柚「…………」
加蓮「…………柚」
加蓮「大丈夫だよ。ここには、柚のことを見ない人なんて誰もいない」
加蓮「もし、何もないからって言っても。ううん、むしろ、嫌だって言っても、ずっと柚のことは見てるから」
柚「…………」
加蓮「っていうか何かあったなら叩き起こしてよ。私が寝てる間にって言う方がムカつくんだけど――」
柚「加蓮さんのお母さん、柚のこと、すっごく心配してた」
加蓮「あ、喋った。おはよ、柚」
柚「…………おはよ」
加蓮「お母さんが? あー……ごめんね。あはは、私がほら、私だからさ。過保護なの。私のPさんと同じで」
加蓮「ウザいよねー。もうほっといてくれーっていつも言ってるのに。何回も言っても聞いてくれないんだからっ」
柚「……加蓮さんのお話も聞いたよ」
加蓮「げぇ。釘を刺し忘れてた。あんにゃろ、なんか変なこと言ったんじゃないだろうな」
柚「加蓮さんのこと、すっごく大切だって言ってた……なんだか、それが羨ましいな」
加蓮「ふーん……あんなのが? じゃあもううちの子になっちゃいなよ。私は柚の部屋を借りるから――」
加蓮「ってか柚って実家だっけ? それとも学生寮?」
柚「家」
加蓮「そっか。そういえば秋物を見に行った時も、学生寮とは違う方に帰ってったもんね。ね、どこにあるの? 柚の家」
加蓮「……そういえば、実家なら連絡しなくていいの? 心配してるんじゃ」
柚「しないよ」
加蓮「…………うん?」
柚「しないよ。あたしの家族、あたしの心配なんてしない」
加蓮「そう……なの?」
柚「あたしの家族なんて、あたしのこと、見てないから」
加蓮「はあ……」
柚「……あたし、クリスマスの夜に面白い物ないかなーって探してて、Pさんに出会ったんだ。アイドルにならないか、って」
柚「なる、って言って、その後に家族に言ったら、なんにも言わなかった」
柚「いつもそうだよ。あたしのやることに、なんにも言わない」
柚「あたしのことなんて、誰も見てないから」
加蓮「…………そっか」
柚「あたしのことなんて、どうでもいいって思ってるから」
加蓮「そっか」
加蓮「ああ、それであの時に微妙な顔をしたんだね。えっと……いつだったかな。フリルドスクエアのLIVEの合間に、柚と話した時……3週間くらい前かな?」
加蓮「ほら、打ち上げしないのかって私が聞いたら、あずきちゃんが親と外食に行くからしないって。あの時、柚、なんだかすごく辛そうに言ったからさ」
加蓮「気のせいかなーって思ってたけど、気のせいじゃなかったんだ」
柚「…………」
加蓮「……もっと早く気付けたらよかったな。柚のこと。私の方こそごめんね?」
柚「ううん。見るなって言ってたの、あたしの方だもん」
加蓮「あははっ、よく言われたね。……ホントは、見て欲しかったんだ」
柚「…………うん」
加蓮「私と同じだ」
柚「加蓮さんと?」

柚が、顔を上げた。
陰りの奥に、一欠片の好奇心。
この会話が少しでも光明になればいい。私にできることは、そう多くないのだから。

加蓮「私もちっちゃい頃、誰も見てくれてないって思ってさ。あ、でもごめん、お母さんとお父さんはちゃんと私のこと見てたから……柚よりはマシなのかも」
柚「…………」
加蓮「でも、病院の人とかさ。だーれも私のことなんて見てくれない。私はただの子供の入院患者。大変だねって気遣われて同情の目を向けられて」
加蓮「そんなのばっかりでさ。ちゃんと私のことを見ろ! なんて怒鳴っちゃったこともあったっけ。何にも変わらなかったけどね」
柚「……変わらないんだね。あたし、台本の子みたいに、なんにもできないんだ」
加蓮「台本? ああ、ドラマの。いやいやそんなことないよ。私だってほら、アイドルになってから、色んな人が見てくれるようになったし」
加蓮「私は柚と違って、ちゃんと見ろってPさんに言ったけどなー?」
柚「…………」
加蓮「あの事務所で柚のことを邪魔に思うのなんて誰もいない。それと同じだよ。柚を見てる人は、ちゃんといるんだから」
柚「……やだ」
加蓮「え?」
柚「やだ……何もないあたしなんて見ないでよ。忍ちゃんよりも穂乃香ちゃんよりもあずきちゃんよりも何も持ってないあたしなんて」
柚「見ないでよ……」
加蓮「…………」

自分を見て欲しいという気持ち。
自分を見て欲しくないという気持ち。
矛盾しているように思われるかもしれない。
けれど、どちらも喜多見柚という女の子の「本音」。

加蓮「あるじゃん。みんなに見てもらってるってことが。柚だって持ってるじゃん」
柚「…………」
加蓮「柚のことがホントにどーでもいい人だったら、誰も見ないよ。そうじゃないでしょ? 度合いの違いはあっても、みんな柚を見てる」
加蓮「柚にだってあるんだよ。見てもらえるもの」
柚「ないよ」
加蓮「…………」
柚「あたし、なんにも持ってない」
柚「なんにも、持ってない」
加蓮「…………そう」

理論を傘に喋る人間だと自己分析している。
それが今、求められている役割ではないことも。
分かったところで、何ができるというのだろうか。
分かったところで、北条加蓮という人間の本質は、何も変わりはしないのだから。

柚「…………Pさん、また柚かって言ってなかった?」
加蓮「また加蓮ちゃんかって言われるかもよ? とは釘を刺された。上等だって返しといたよ」
柚「そうなんだ」
加蓮「ふふっ。さ、今日は何をしよっか。お昼まではオフだからゆっくりできるよ」
柚「お昼まで?」
加蓮「うん。ごめん、Pさん……うちのPさんに今後のことを話さないと。少しオフの時間を増やしてもらわないとね」
加蓮「まあ長期ロケの類は入れてないし、なんとか融通は利くかな……Pさんに無理させちゃうことになっちゃうか」
柚「あたしのせいだ……」
加蓮「え? あ、あはは、心配しないで。私は私のやりたいようにやってるだけだから。昔も今も、アイドルもプライベートも」
加蓮「ほら、そんなところで丸くなってると体にも悪いよ? 横になるならベッドの上っ」グイッ
加蓮「それともバトミントンでもする? あんまり体力ないから手加減してね」
柚「…………」
柚「…………いい。もうちょっと、ごろごろしてる」
加蓮「ん、じゃあ私も宿題でもやろっと。何かあったらすぐ言ってね?」
柚「……ごめんなさい」
加蓮「いーからいーから」

時間が解決する出来事だとは思う。でも今は、タイムリミットがある。
そして、今の私のままでは、為す術もなく期間を迎えるだけだろう。
そこに柚の幸せが待っているとは思えない。
――ふと、頭をよぎった言葉がある。
私は意外と頑固なんだ、という宣言じみた物。
自分だってそうだ。
自分だって、相当に頑固で、1度やり始めたら捻じ曲げないタイプだ。

じゃあ、やろう。
できる限りのこと以上に、できないことをやろう。


掲載日:2015年9月7日

 

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