「都合の良い世界の朝」





※時間軸の都合上、この話の作中時間は9月5日としています。
(一昨日の話=柚が爆発した話と、昨日の話=柚が加蓮の家にいた話は、どちらも作中時間を9月4日としています)

※ここからしばらく、5の倍数の日に掲載した話以外にも地の文が入ります。ご了承ください。

――北条加蓮の部屋(朝)――
喜多見柚「ぅゆ……」
柚「……うん…………」ゴシゴシ
柚「…………」
柚「ここどこ!?」バッ!
北条加蓮「ふー、シャワー浴びてすっきり」ガチャ
加蓮「お、柚。起きたんだ」
柚「加蓮サン!?」
加蓮「おはよ、柚」
柚「お、おはよ。……ええっ加蓮サン!? え、え、なんでアタシ加蓮サンの家!?」
柚「えーっと……きっと加蓮サンに誘拐されたんだっ。どうしよどうしよ!」
加蓮「言うに事欠いて誘拐と来たか。アンタ、昨日なにやったか覚えてない?」
柚「昨日……えっと…………」
柚「…………あっ」
加蓮「すぐに忘れられるのは柚のいいところだね。私はほら、昔のことにねちっこいから」
柚「…………」シュン
加蓮「ほら、顔を上げて。それとももうひと暴れする? 私はいつでも、何だって付き合うよ」
柚「…………みんなに、謝らなきゃ」
加蓮「え?」
柚「みんなに謝って、アイドルやらなきゃ。Pさんがあたしにアイドルになって欲しいって言うんだ。あたし、やらなきゃ――」スマフォトリダシ
加蓮「えい」スマフォツカミ
柚「え?」
加蓮「はい、ぽーい」スマフォナゲル
柚「わわっ加蓮さん!? だめ、だめだよ、あたし、みんなに謝らないといけないのに!」
加蓮「こら」ペチ
柚「いたっ」
加蓮「あのね、今の柚を見て、はいそうですかじゃあ頑張ってね、なんて言える訳がないでしょ?」
柚「……でも、アタシ」
加蓮「いーから。ちゃんと道を見つけるまでずっとここにいなさい。誰がアンタの敵になっても、私ができる限りのことをしてあげる」
加蓮「私1人で足りないなら味方を増やす。誰が欲しい? さ、言ってみて?」
柚「……ううん、いい。加蓮サンだけでいい」
加蓮「そう?」
柚「アタシ……もうちょっと、ここにいてもいい?」
加蓮「どーぞ。三食おやつ付きだよ。って、柚用のお菓子を買ってこなきゃね。何が好きなんだっけ。チョコスティック? ピョッキー?」
柚「……加蓮サンが食べてるのが欲しい」
加蓮「えー、何それ。合わないからやめときなさいよー」
柚「…………」
加蓮「はいはい。ついでに買ってきてあげるから。じゃあ柚。私はちょっと出てくるけど、絶対にここにいること。余計なこと考えちゃ駄目だよ?」
柚「……うん」
加蓮「もしどうしても変なこと考えちゃいそうになったら、私の部屋の物、なんでも使っていいから」
加蓮「マンガはそこの棚。あとそっちのクローゼット、けっこう服を入れてるからファッションショーごっこも面白いよ」
加蓮「そこの机の引き出しに日記帳があるけど……これはできれば読んで欲しくないなぁ」
加蓮「とにかく、暇つぶしの道具は山程あるから。それでも使ってゆっくりしてなさい。あ、スマホは没収しとくね」
柚「…………」
加蓮「いい?」
柚「……うん」
加蓮「ふふっ。じゃ、行って来ます。昼前には戻るけど、お腹が空いたらお母さんに言ってね」ガチャ
柚「…………」

――事務所前――
加蓮(…………さて)
加蓮(ここが、正念場)
加蓮(今の柚が、ちゃんと道を探すことができるように)
加蓮(あとは、私がちゃんとアイドルを続けられるように)
加蓮(ふふっ……難題だなぁ)
加蓮(…………)
加蓮「…………せめて、藍子と菜々さんがいませんように!」ガチャ

――事務所 仕事部屋――
女性P(フリルドスクエア担当)「! ……ああ、加蓮ちゃん!」ガシッ
加蓮「わ」
女性P「ねえ加蓮ちゃん柚のこと知らない!? 柚のこと! あの子どれだけ連絡しても電話にも出てくれなくて、昨日のことは聞いてるけどあれからどこに行ったのか誰も知らなくて、ねえ、加蓮ちゃん――」
加蓮「お、落ち着いてよ。柚のことでちょっと話が――」
女性P「知ってるの!?」
加蓮「ん……」
加蓮(部屋には、柚のプロデューサーさんだけ……でも書類があるから、たぶんうちのPさんもいる、か)
加蓮「プロデューサーさん。落ち着いてよ。……まず、柚は今、私の家にいるよ」
女性P「!! ……良かったぁ」ヘタッ
加蓮「え、ちょっ」
女性P「加蓮ちゃんが見つけてくれたのね……。よかったぁ……。もう、あの子に何かあったらって、もういっぱいいっぱいで……ずっと探してもぜんぜんで……でもよかった、変なとこに行かないで、加蓮ちゃんのところに居てくれて……。よかったぁ……!」
加蓮「私が見つけたんじゃなくて柚の方から――ま、いっか」
女性P「ふうっ……あ、あはは、ごめんなさいね。おねーさんもうホントに心配で心配で」
女性P「こんなんだから忍からも笑われるしあずきからも笑われるのよね、あはは……」
加蓮(……目の下のクマ。化粧で誤魔化してるみたいだけど)
加蓮(想いが伝わっていないだけで、柚のことは大切にしてるみたい)
加蓮(……だからこそ)
女性P「ホントによかったぁ……あ……そうだ、柚のことで話があるのよね。どうしたの加蓮ちゃん。教えて?」
加蓮「ん……。ねえプロデューサーさん。えっとね――」
女性P「うん」
加蓮「…………」
加蓮「……柚さ。しばらく、アイドルを休むってことできる?」
女性P「!」
加蓮「なんていうか……あの子、今、何になりたいのか分かってない感じでさ。それでもプロデューサーさんの為にって言ってるけど……言ってるけど、でもいろいろと溜まってたみたいで」
加蓮「昨日、それが爆発した感じ」
女性P「…………」
加蓮「少し、休ませてあげることってできないかな。少しだけでいいんだ……」
女性P「…………柚のことは……でも、フリルドスクエアは今が踏ん張りどころなの。大規模なイベントを終え、ピークが去った今だからこそ、盛り上がるか盛り下がるかのターニングポイントなの」
加蓮「……やっぱりそうよね」
女性P「でも私は、フリルドスクエアの担当プロデューサーで、柚の担当プロデューサーだから……」
女性P「……ねえ。柚って今、加蓮ちゃんの家にいるのよね。話させてくれない? 今の柚の悩みを少しでも――」
加蓮「ごめん。……私の判断で、それは断らせて。余計に追い詰めることになる」
女性P「っ……」
加蓮「プロデューサーさんなら知ってると思うけど、柚、ずっとプロデューサーさんの為にって頑張ってきてる」
加蓮「今日も……あれだけボロボロになった後なのに、起きるなりここに来なきゃって言ってた。プロデューサーさんが、アイドルをやって欲しい、っていうから。ひどい顔でね」
加蓮「今は少しだけ、そっとしておいてあげて。柚の大切な人達が誰もいない場所で――柚が誰にも、気を遣わなくて済む場所で」
加蓮「……私は、柚とは何の関係もないし、うっすい付き合いだから」
女性P(……そういえば伝えていなかった。柚が加蓮ちゃんに懐いている理由)
女性P(加蓮ちゃんは勘違いしている。加蓮ちゃんだって、柚にとっては――)
女性P(でも、それでも)
女性P「……………………やっぱりおねーさん、プロデューサー失格なのかな」
加蓮「そんなことっ……! こんなの私のワガママで! だからっ」
女性P「忍のことだってあれだけ思ってくれた加蓮ちゃんだもん。もうホント、冗談じゃなくて、担当を加蓮ちゃんに譲っちゃおうかな……」
加蓮「駄目だって! 柚、アンタの為にアイドルやってるって今でさえ言ってるから、そんなこと言ったら――あの子、ホントのホントにアイドルやる理由がなくなるよ!?」
女性P「…………」
加蓮「…………っ……ちょっとだけ、回復させてあげてって、ホントにそれだけだから……!」
女性P「それなら……しょうがないっか」
加蓮「だから――……って、え?」
女性P「いいオンナは待つのが得意なのよん♪ 今は加蓮ちゃんに任せましょ。そうよね、プロデューサーだからできることがあって、プロデューサーだからできないことがあるのよね」
女性P「加蓮ちゃんの担当のアイツが聞いたら、絶対に違うって言いそうだけど、そこら辺はほら、おねーさん弁えてますから」
加蓮「プロデューサーさん……」
女性P「ただ、期間を設けさせて。まずは5日。5日経ったら、報告して。ちょっとでも回復してたらLIVEに出てもらう」
女性P「5日で深刻な状態なら、もっと早急的な手を打つ。次回のLIVEはなんとか欠席ってことにして……それ以降も回復しないようなら……場合によってはフリルドスクエアってユニット自体をちょっと考えなおす。言っている意味は分かるよね、加蓮ちゃん?」
加蓮「……勿論」
女性P「あ、柚が回復したらすぐに知らせて。加蓮ちゃん判断でいいから。そしたら私、加蓮ちゃんの家にすっ飛んで行くから」
加蓮「勿論!」
女性P「それまでは……あーあ、ホントに悔しいけど、加蓮ちゃんにお願いするわ」
女性P「……柚、あの子ね、私の最初の担当の子なの。確かに、何をやりたいか見つけられてないのは知ってたけど――」
女性P「どこへ行くか、そのうち決めればいいやって。柚が言い出すまで、ずっと面倒を見ようって決めてたのに」
女性P「あの子のこと、もうずっと見てきても、分かんなかったんだな、私……」
加蓮「…………絶対、すぐ回復させて、アンタと会えるようにするから」
女性P「お願いね、加蓮ちゃん。……お願いします」
加蓮「ん。じゃあね。さっさと帰らないと昼ごはんを1人にさせちゃうし――そうだ、Pさんに会ったら言っといて。遅くても明日には顔を出すから、その時に話しさせてって。昨日の件はPさんにも伝わってるでしょ?」
女性P「はいはーい。でもいいの? また加蓮ちゃんか! なんて言われちゃうかもしれないわよ?」
加蓮「そう言わせるのが私の目的だから。じゃあお願――」

<ガチャ

高森藍子「おはようございま――……加蓮ちゃん!」

加蓮「っ!」
女性P「あらま……」
藍子「あ、あの、私……そうだっ、加蓮ちゃん、今日、誕――」
加蓮「プロデューサーさん、あとはお願いね。じゃ!」タタッ
女性P「え、あ、りょ、了解!」
藍子「え? ……加蓮ちゃん! あの、」
加蓮「っ……!」タタタッ

<バタン!

藍子「あ……」
女性P「…………」
藍子「…………柚ちゃんのプロデューサーさん。あの、加蓮ちゃんはさっき何を――って」
女性P「……はー……これでもずっと、柚のこと見続けたプロデューサーなんだけどなぁ……」
藍子「プロデューサーさん……?」
女性P「あはは……駄目だな、私」

――北条加蓮の部屋(昼)――
加蓮「ただい――」
柚「…………」
加蓮「ま…………」

部屋が、まるで強盗に入られたように散らかっていた。

加蓮「…………」
柚「…………加蓮サン……アタシ…………」
加蓮「…………色々と甘く見過ぎてたか」
柚「ごめんなさい……その、じっとしてて、そしたら、ぶわあって何かが湧き上がってきて、我慢できなくて……」
加蓮「ん。まあしょうがないよ。暴れたくなる時くらいあるよね」ジャリ
加蓮「ジャリ?」チラッ
加蓮「…………」

足元にあったのは、形がバラバラの木片がいくつか。
それから、プラスチックの細かい欠片。

加蓮「…………」ヒロイアゲ

破壊された写真立てが転がっていた。人の顔も確認できないくらいにひしゃげた写真立てが。
けれど加蓮は知っている。そこに映っていたのは、昨日の1件から未だ連絡の1つも取っていない2人。

柚「……………………アタシ……」
加蓮「いいよ。写真なんてまた撮り直せばいい。……ふふっ、もう。別に今日明日で死んじゃう訳じゃないんだから。ね?」
柚「でも…………」
加蓮「それより柚、怪我とかしてない? ……わっ、手が切り傷だらけ。あのねぇ、アンタ、アイドル休憩っていっても引退するんじゃないでしょ? お肌を傷つけてどーすんのよ、もう」ニギッ
柚「……休憩、って、じゃあ」
加蓮「話はつけてきたよ。ゆっくり休みなさい、ってさ」

5日という猶予のことは、伝えないことにした。

加蓮「それより……もう。包帯なんてどこに置いてたかな……」ガチャ
加蓮「ねー、おかーさーん! 包帯ってどこにあったっけー! うん、昨日の子がちょっと怪我しちゃってー!」
加蓮「薬箱の横? ……って、持ってきてくれたんだ。ありがとうお母さん」
加蓮「……え? あ、あはは、まあその、ね? 私は大丈夫だから」
柚「…………」
加蓮「はい、柚。手を出して。……さすがに包帯は巻き慣れてないけど、こんな感じで大丈夫でしょ」
柚「…………ごめんなさい」
加蓮「いいから。そろそろお昼だけど、お腹すいてる?」
柚「…………食べたくない」
加蓮「じゃ、ゆっくりゴロゴロしよっか。ほらベッドにダーイブ」
柚「きゃ」
加蓮「って、その前に片付けからかー……めんどくさー。軍手とか探さなきゃ。ふふっ、包帯以上にどこにあるんだか」
柚「…………ごめんなさい」
加蓮「いいって」ナデナデ
柚「…………」
加蓮「ね?」ナデナデ
柚「…………」


掲載日:2015年9月6日

 

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